第73話 vs太陽神マアトマ2世⑩ ~太陽争奪リレー~



 再び噴きだす汗。


 猛烈な熱波が舞う大砂漠に放り出される。


「あれ!? フェイさん、も、もうオアシスに後戻りできないみたいです!」


 パールが手を伸ばしても壁に阻まれる。

 オアシスという安全地帯に逃げ込めるのは、このゲーム中一度という制約なのだろう。


 ということは――


『にゃあ!』

『にゃあ!』『にゃあ!』『にゃあ!』『にゃあ!』


 被造獣ビーストたちの雄叫びが轟いた。


 臭いか気配か。人間側がオアシスを出た途端、砂丘の上にいた何百体という神の軍勢が一斉に振り向いた。


「見つかった!? 全員、ピラミッドまで走るわよ!」


 巨大ピラミッドを指さすカミィラ。


 その場の全員が走りだすが、背後で轟く被造獣ビーストたちの雄叫びと足音がみるみる迫ってきている。それも先ほどより強く。


「な、なんか猫ゴーレムの足が速くなってませんかフェイさん!」


「……後半戦突入ってことか」


 オアシス到達が中継地点。

 ゲーム難易度が一段引き上がり、神の軍勢が加速したのだ。


「パールこっちだ!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいってば!」


 最後尾のパールが慌てて空間転移。


 この場でもっとも走るのが遅いパールは、三十メートルの空間転移を駆使してようやくフェイたちに追いつくのが精一杯だ。


 ……本当は緊急回避にとっておきたいけど。

 ……そんな余裕はないな。


 被造獣ビーストたちが雪崩のごとく押し寄せてくる。


 そのとてつもない重圧感に、フェイさえ背筋がぞっと冷たくなるほどだ。 


「パール、再発動までの時間は!」

「あ、あと二十七秒は使えませんっっ!」


 逃げきれない。

 地平線にいたはずの被造獣ビーストが、もう荒々しい吐息が首筋に触れるほどのの距離まで迫ってきていて――


「レーシェ、もう一回いけるか」

「割ればいいのね」


 レーシェの拳が砂漠に突き刺さる。


 先と同じ。天地がひっくり返るほどの鳴動と共に、砂の大海原にぱっくりと巨大な亀裂が広がっていく。それを前に――


 神の軍勢が加速した。


 急停止するどころか、亀裂に向かってみるみる速度を上げて。


『にゃあ!』


 走り幅跳びさながらに、崖のように深い亀裂を飛び越えたのだ。


「うそぉっ!?」


 レーシェもさすがに想定外だ。

 こちら側の崖に着地する何百体という被造獣ビーストを前に、慌てて跳びさがる。


 警戒。神の軍勢たちがまだ隠し能力を秘めている可能性がある以上、レーシェが直接の攻防を避けたのは正しい選択だろう。


『我が軍勢よ、進め』


 響きわたるマアトマ2世。

 神の声に従って、亀裂を飛び越えた被造獣ビーストたちが突撃してくる。


「くそっ、離れろ!」


 使徒の一人が手を突き出した。火の粉が渦を巻くように凝縮。炎の弾丸と化し、突撃してくる被造獣ビーストたちに向かって射出。


 ――ぱしゅっ。


 その炎が、掻き消えた。

 被造獣ビーストたちが一斉に構えた砂の盾に防がれて。


『盾にゃっ!』


「魔法封じの盾だと!?」


『突撃にゃっ!』/『花を渡すにゃ!』


 何十体という砂のゴーレムによって組み伏せられていく『大天使アークエンジェル』の仲間たち。


 花を奪われた者は脱落。

 大砂漠から、次々と現実世界へと送り返されていく。


「ちょ、ちょっと離しなさい! この……っ!」


 襟首を掴まれて悲鳴を上げたのは、眼鏡をかけたチームリーダーの女使徒だ。


 フェイたちが振り返った時にはもう――

 数体の被造獣ビーストたちに羽交い締めにされたカミィラの姿が。


「カミィラさん!?」

「来るなっっ!」


 手を伸ばしかけたパールが、ビクッと身を震わせた。


 被造獣ビーストたちに囲まれたカミィラが、鬼気迫る表情でこちらを見つめていたからだ。


「私が持ってるのは砂の花。奪われたって負けじゃない!」


「……で、でも……!」

「ピラミッドに走って! そして私に群がったことを後悔なさいエロ猫ども!」


 カミィラの両手に灯る青い光。


「一切合切凍りつけ!」


 氷の大壁アイスウォール


 今まさにフェイたちへと飛びかかろうとした被造獣ビーストの軍勢が、地中から衝きだした氷の壁に次々と弾かれた。


 物理的な障害物だ。

 いかに魔法封じの盾をもっていようと、そびえたつ氷の壁は無効化できない。


「行って! 私たちに構わずに!」


「……ああ、悪い!」


 氷の壁の向こう――


 被造獣ビーストの軍勢に取り押さえられたチーム『大天使アークエンジェル』に向かって叫び、フェイは身をひるがえした。


 ピラミッドまで目算六百メートル。

 鋭利な三角形のシルエットがもう肉眼でもはっきりと見て取れる。



 ――人間側、残り5人。(太陽1,毒1,砂3)


 ――神の軍勢、神を含めて体(太陽1,毒1,砂1985)



「進むぞ!」


 先頭を往くダークス。


 黒のコートを激しくなびかせて、その手に自分の花を握りしめて砂を蹴る。そんな彼の後ろ姿を見つめるケルリッチ。


「ダークス、花を隠しておくべきでは?」


「奴らに捕まればいずれにせよ終わりだ。隠す意味がないなら、花を投げ渡せるよう手に持っておく方がいい」


「……正論ですね」


 褐色の少女が小さく嘆息。


「ピラミッドまであと五百メートルほどです。私が太陽の花を持っていたら、いっそ全力で走りきるのですが」


「お前の花は違うと?」

「ダークスこそ」


「俺のは砂だ。奪われようと何にもならん」 


「……なるほど」


 ケルリッチがこちらに振り返る。


 彼女からすれば、これで太陽の花は自分フェイ、レーシェ、パールの三人に絞られた。


 その刹那。

 ケルリッチが後方に振り返った、その一秒にも満たない「隙」に。


 ――ざぁぁっ。 


 流砂さながらに、ケルリッチの足下で砂が蠢いた。


「……なっ!?」


 砂の中から飛びだす被造獣ビースト


 隠れていたのか、それとも新たに生成されたゴーレムか。追いつかれるまでまだ距離があると信じきっていたケルリッチが、一瞬、反応が遅れる。


『にゃあ!』


「ダークス・ウィンド!」


 ダークスの風魔法。威力と効果をぎりぎりまで絞った旋風を引き起こし、ケルリッチに襲いかかった砂のゴーレムを弾き飛ばす。


 が。


「――――神罰にゃ!」


 はるか背後。


 カミィラが脱落寸前に残した氷の大壁アイスウォールの向こう、フェイは、大きな三角帽子をかぶった被造獣ビーストが杖を振り上げたのを確かに見た。


 神の裁き。

 その狙いが黒コートの青年であることを察知し、ケルリッチが青ざめる。


「ダークス!?」


「さ、させません! 『気まぐれな旅人ザ・ワンダリング』!」


 パールが吼えた。

 黄金色の転移門ワープポータルがダークスの目の前に出現。


「ダークスさん飛びこんで!」


 瞬間転移ならば砂嵐からも逃れられる。

 転移門ワープポータルに飛びこもうとするダークスの指先が、黄金の輪っかに一瞬触れて――――






 吹き荒れる神の砂嵐が、ダークスを呑みこんだ。











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