第72話 vs太陽神マアトマ2世⑨ ~太陽争奪リレー~
小さな小瓶を抱えた
『このオアシスを見つけた皆さまに特別ドリンクの提供です。このドリンクを飲むことで、熱射ゲージの上昇を抑えられます。蜂蜜ジュース、ココナッツジュース、林檎ジュース、オレンジジュース、水。お好きなものをお選びください』
「アタシは蜂蜜ジュースです!」
一切の疑いなくパールが飛びついた。
小瓶の蓋を開けて、興味津々に中のジュースを口にして。
「こ……これは美味しいです!」
金髪の少女が目をみひらいた。
「まろやかでありながらコクがあり、そして甘過ぎず、口当たりも優しい! これは……クローバー蜂蜜ですね!」
『大正解!』
その後ろでは。
「……ココナッツジュース。いえ王道の林檎ジュースも捨てがたいですが、蜂蜜ジュースも美味しいと評判ならば考慮の余地はある。ダークス、あなたはどうします?」
「俺はプロテインジュースだ」
『…………』
「どうした」
ダークスの目の前で、
『……ありません』
「何だと!? なぜプロティンジュースを用意していない!」
『……想定外でした』
「まあいい。ならば俺は林檎ジュースだ。林檎こそがジュースの王道にふさわしい」
どうやらドリンクにも妥協しない男らしい。
その奥では――
ダークス以上に鋭いまなざしで、
「…………」
「どうしたレーシェ?」
「ねえフェイ。わたし……これ飲まなきゃだめ?」
ココナッツジュースの小瓶を手にするレーシェ。
どんなゲームでも好奇心旺盛な元神さまが、珍しく自信なさげに縮こまっている。
「……うーん」
「好きな飲み物がないなら無理しなくてもいいだろうけど」
「……わたし、飲み物とか食べ物とか必要ないの」
「あっ、そうか」
レーシェの肉体は、神が受肉用に創ったもの。水分補給も食事もなくゲームし続けることが可能なように設計されている。
レーシェは飲み物を飲んだことがない。
「……理屈上は平気なはずなのよ。この程度の液体ごとき、わたしの体内に入れたところで何も影響はないはずだし」
そう言いながらもレーシェは神妙な面持ちだ。
初めて水たまりを見た子猫のように、恐る恐る、その唇をジュースの小瓶に近づけて。
「ぶぅっっっっっ!」
噴きだした。
わずか数ミリリットル口に含んだだけで、レーシェはそれを盛大に噴きだした。
「うわっ、ちょ、ちょっと俺にかけてどうすんだよ!?」
「無理よ! なんか無理!」
レーシェがぶんぶんと首を横にふる。
「わたしの身体が、この不純物を否定してるわ!」
「……いや不純物って。まあわかるけどさ」
神の肉体にとってはそうなのだろう。
水分補給を必要としない完璧な肉体に、無駄なものを加える必要などないからだ。
「別にいいんじゃないか?」
「嫌よ」
レーシェが悔しげに唇を噛みしめた。
「ゲーム中のギミックは全て達成する、それがプレイヤーの礼儀でしょ!」
「ならどうするのさ」
「……任せたわ」
ずいっ、と。
持っていたジュースの小瓶を、なぜかレーシェから押しつけられた。
「俺に飲めと?」
「違うわ」
「じゃあ何さ」
「……フェイ」
初めて聴くようなか細い声。
大きな瞳を潤ませて、レーシェにじっと見つめられた。
「……飲ませて」
「――――」
「……わたし……こういうの慣れてないから……」
宝玉のように綺麗な瞳に見つめられて。
「……お願いね」
「やだ」
「なんでっ!?」
「雰囲気がなんか怪しいし。とりあえず飲めなかったら捨てていいだろ」
「むーっ」
「そんな頬を膨らまされてもなぁ……」
大きく溜息。
そんなフェイが目をやったのは、蜂蜜ジュースを飲みおえた金髪の少女だ。
「ああそうだパール、一つ大事な話が」
パールを手招き。
念のため
「いいか。他の奴らには言うなよ」
「はい」
「太陽の花を持ってるのはレーシェじゃない」
「はひっ!?」
金髪の少女が、その場で小さく飛び跳ねた。
「ど、どどどういうことです!?……ってことはええと。ゲームが始まる前にフェイさんとレーシェさんが同時にあの
「そういうことだから。じゃあ任せた」
パールにそう告げて、フェイはくるりと踵を返した。
盛大に溜息をつくレーシェ。そして彼女が持っていた小瓶は空っぽになっている。
「あれ。空になってる」
「……向こうの茂みに捨ててきたわ」
なんとも残念そうなレーシェの口ぶり。
「……わたしとしたことが、ゲームギミックを攻略できずに諦めるなんて」
ジリリリリッッ、と。
目覚まし時計のように甲高い警報がオアシスに鳴り響いたのは、その時だった。
「な、何よっ!? 何よこの音!?」
水辺を偵察していたカミィラが駆けてくる。
「誰かが何かしたの!?」
『あ、言い忘れてました』
空から降りてくる
『このオアシス、全員がジュースを飲み終えると休憩が終わったものとみなされます。皆さん、強制的に追い出されちゃいますね』
「だから先に言えぇぇぇぇっっっ!?」
見えない腕に突き飛ばされたように、フェイたちは強制的にオアシスの外へ追い出された。
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