第74話 vs太陽神マアトマ2世⑪ ~太陽争奪リレー~



「ダークス!」


 空を衝くほどに吹き荒れる砂嵐へ、フェイは叫んだ。


 強制的なプレイヤー脱落。

 レーシェという例外中の例外でなければ、ダークスとはいえ生身の人間だ。あの直撃を浴びて耐えられることはない。





 ――ダークス・ギア・シミター脱落。





 人間側残り四名(フェイ、レーシェ、パール、ケルリッチ)。


「……この……砂人形がぁぁぁぁぁぁっ!」


 咆吼が、大気を切り裂いた。


 魔法使い型のゴーレムへ、ケルリッチが怒髪天を衝く勢いで走りだす。

 ピラミッドから逆走する咆吼へ。


「待てケルリッチ!」


「……私は冷静ですよフェイ」


 振り向きもしないケルリッチ。


「あなたは知っているはず。


 拳を握りしめて。  


「フェイ、パール、レオレーシェ様。太陽の花を持っているのはあなたがた三人の誰か。ならば私はここで足止めです。残り四人となった今、あなた方が一秒でも早くピラミッドに着くのが最適解です」


「――気が合うわね」


「え?」


。足止めしよっかな」 


 ざっ……

 砂を蹴散らして。


 レーシェとケルリッチの二人が、神の軍勢に向かって突っ込んだ。




 ◇ ◇ ◇ 



 

 神秘法院マル=ラ支部。


 地下ダイブセンターは、埃の舞う音すら煩わしいほど冷たく静まりかえっていた。


 誰一人喋らない。

 呼吸さえ忘れてモニターを見上げている。そんな極限の緊迫状態のなか―― 


「あいたっ!?」


 人間が落ちてきた。


 精霊ウンディーネを模した巨神像の水瓶から、女の使徒が滑り落ちてきたのだ。 


「……神って脱落者には容赦ないわね」


 ウェーブのかかった茶髪の女性だ。

 落下してきた衝撃でズレた眼鏡を直して、その場にいる面々を見回して。


「……申し訳ありませんバレッガ事務長」


「いや、ご苦労だったカミィラ」


 厳めしい事務長が、パイプ椅子に座ったまま首肯。


 神々の遊びで脱落したプレイヤーは現実世界に送り返される。チーム『大天使アークエンジェル』の十人はこれで全員が帰還済みである。


「カミィラ、聞きたいことがある」


 戻ってきたばかりの女使徒を、サングラス越しに見やる事務長。


「このゲーム、状況が芳しくないことは観衆おれたちにもわかる。人間側は残り四人。対して神側は千なのか二千なのかもわからぬ大軍勢だ」


「はい」


「率直に聞くぞ。太陽の花を持っているのは誰だ?」


 ホールがしんと静まりかえる。

 何十万人という観戦者たちが、今まさに同じ疑問を抱いていることだろう。


「……私にもさっぱり」


 カミィラが、弱った微苦笑で肩をすくめてみせた。


「花を配ったのはフェイです。私たちも誰がどの花を持っているのやら。……現状、チーム『大天使アークエンジェル』に配られたのが全部砂の花だったのは間違いないですが」


「太陽と毒はどちらも残っていると?」


「……はい。でも実質、太陽を持ってるのはほぼ二択です」


 カミィラが大スクリーンに振り返った。

 そこに映る人物たちを見上げて。


「これは目的地ピラミツドまで太陽の花を運ぶゲーム。にもかかわらず、レーシェ様とケルリッチが目的地ピラミツド到達を放棄して足止めを選んだ。この時点で、二人が太陽の花を持っていないことは明らかです」


「太陽の花を持っているのは、目的地ピラミツドに走っている二人だな」


 押し殺した声音で応じる事務長。


「つまりフェイ殿かパールのどちらかだ。翻せば、片方が太陽の花を持ち、その対となるもう一人が毒の花を持っているというのが妥当だな」



 フェイ:太陽あるいは毒。(目的地ピラミツドを目指す)

 パール:太陽あるいは毒。(目的地ピラミツドを目指す)


 竜神レオレーシェ:砂。(目的地ピラミツドを放棄して、神の軍勢を足止め中)

 ケルリッチ   :砂。(目的地ピラミツドを放棄して、神の軍勢を足止め中)



 ここまでは観客視点でも見える。


 一つ懸念があるとすれば、この花の内訳が、神マアトマ2世からも容易に見透かされてしまっているということだが。


 ……コツッ。


 硬い靴音が、地下ホールに響いたのはその時だ。


「ダークスッ!?」


 巨神像から転送されてきた黒コートの青年が、軽やかにその場に着地した。

 ダイヴセンターに集う事務員と使徒を一望して。


「ネルよ」

「っ!」


 その呼びかけに。

 ホールの端でじっと口をつぐんでいたネルは、ハッと顔を持ち上げた。


「お前への『負け分』は、これで終いだ」


 三日前のこと。

 ここ神秘法院ビルの片隅で、自分ネルとダークスは一つの賭けを実行した。

 

〝親善試合。フェイのチームと俺のチームで。俺が負ければ、お前の言うことを何でも一つ聞く。だが俺がフェイに勝った時は〟

〝……私が、お前の傘下に入れと〟


 親善試合の勝者はフェイだった。


 その賭けに則り、自分ネルは、ダークスに要求したのだ。


「この『神々の遊び』で、。それがお前の要求だったな」


「……そうだ」


「じきゲームも終盤だ」


 脱落したばかりのプレーヤーとは思えぬほどの、勇猛なるまなざしで。

 筆頭使徒ダークスは言葉を続けた。



「見届けるがいい。お前が選んだ男のプレイを」









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る