第70話 vs太陽神マアトマ2世⑦ ~太陽争奪リレー~




「これが俺の力だ!」





「ダークス・ハリケーン!」





 …………

 …………


 その数秒間。

 フェイは、この窮地も忘れて頭が真っ白になるのを禁じ得なかった。


 ……ダークス・ハリケーン?


 つい二日前の『Mind Arena』で、パールファイアに対抗してダークスサンダーなるカード名が登場した気もするが。


「……あのさダークス、それはすごろくの技名じゃ」


 フェイが言いかけた矢先。


 轟ッ!

 鎌鼬のごとく鋭い突風が、飛びかかってきた被造獣ビーストたちを次々と薙ぎ払った。


「本当にその名前なのかよ!?」


 ダークス・ギア・シミター。


 彼が一流の『風』の魔法使いであることは神秘法院のデータに記載があるし、フェイもそこまでは当然に確認済みである。


 が。

 魔法名にまさかそんな名前をつけていたとは。


「な、なんて美しい……!」


 ただ一人パールだけが、わなわなと肩をふるわせて。


「威力、ネーミングセンス共に申し分なしです! これは嫉妬ジェラシーものですよ!」


「感心してる場合かっての、上だパール!」

「ふぇ?」


 ぽかんと空を見上げるパール。


 ダークスハリケーンの突風から逃れた一体が、砂を蹴って空高く飛び上がっていたのだ。猫さながらの瞬発力で。


「お、押しつぶされるのは勘弁です!」


 パールが慌てて後退。だが極めて足場の悪い砂漠だ。全力でジャンプしてもせいぜい数十センチの跳躍が精一杯。


 被造獣ビーストの手が、パールめがけて伸びてきて――


 びりっ。

 破けた。


 被造獣ビーストの爪が襟首を掠った衝撃で、パールの服の首元から肩にかけてが。


「あ…………」


 生地が破れて、胸のボタンまで勢いよく弾け飛ぶ。  


 陽光のもと――

 さながら完熟した椰子の実ココナツツのように豊かな二つの膨らみと、その間に挟まれた深い深い谷間があらわになって。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?」


『にゃあ!』


 悲鳴を上げるパール。


 そこに神の軍勢が雪崩れ込む。被造獣ビーストたちは懐に隠された花を狙っているだけなのだが、なんとも色っぽい絵面の雰囲気である。


「……パール、お前まさか狙ってやってる?」


「アタシが何を狙ってるって言うんですかぁぁぁぁっっっ!?」


 はだけた胸元を片手で押さえつつ、涙目のパールがもう片手を宙へと向けて。


「『気まぐれな旅人ザ・ワンダリング』!」


 黄金色の転移門ワープポータルを生成。

 慌ててそこに飛びこむことで、三十メートル先に生成した転移門ワープポータルまで瞬間転移。


 が――


 パールは失念していた。

 服を破かれた衝撃で頭が真っ白になっていたゆえの失態だが、この場で、いま自分たちは千体以上もの軍勢に追われている身だ。


 つまり何処に逃げても被造獣ビーストが。


『にゃあ!』


「ここにも猫ゴーレムさん!?」


 転移先にも被造獣ビーストたち。


 そしてパールの『気まぐれな旅人ザ・ワンダリング』は、強力であるぶん充填時間クールダウンも三十秒と極めて長い。つまりもう逃げられない。


「た、助けてぇ!」 

『にゃあ!』


 被造獣ビーストによってパールを羽交い締めに。


 はだけた服の内ポケットから花が覗いて、それと同時に、羽交い締めにされたパール本人が胸の下着まであらわになった状態だ。


「アタシいろんな意味で絶対絶命ですぅっぅぅっぅっっっっ!?」

『にゃあ!』


 そんなパールの豊かな胸元へ、もう一体の被造獣ビーストが目を輝かせて手を伸ばして――


「エロ猫は嫌いです」


 被造獣ビーストが弾け飛んだ。

 パールを庇って飛びだした褐色の少女が、その拳で砂の巨体を吹き飛ばした。


「……ケルリッチさん!?」


被造獣ビーストから花を奪うのも策ですが、いっそ壊してしまった方が早そうですね」


 神呪発動。


 ケルリッチ・シーに宿る力は『練気集中オーラ・ドライブ』。


 四肢に衝撃波を纏わせることで殴打と蹴撃を強化する。ほぼ遊闘技バトルゲーム特化の力だが、このゲームでは極めて強い。


「私、プロボクサーの公認ライセンス所持者です」


「はいっ!?」

「似合わないとよく言われます」


 リング上のボクサーさながらに身を屈め、パールを羽交い締めにした被造獣ビーストの至近距離まで一呼吸で潜りこむ。


『にゃあ!?』

「消えなさいエロ猫」


 ケルリッチのアッパーが被造獣ビーストを吹き飛ばした。『にゃああっ』と悲鳴を上げて地面に倒れたゴーレムがさらさらと砂へと還っていく。


「け……けほ……あ、ありがとうございます!」


 その場に倒れこんだパールが、よろめきながらも立ち上がって。


「……これが『コズミックインパクト』!」


「そんな名前を付けた記憶はありません。今は合同チームですから、手を差し伸べるのは必要でしょう。あと単純に、乙女に徒なす破廉恥な猫を撃退する意味もありました」


 いつもの無表情のケルリッチ。

 と。


 そのまなざしが、パールのはだけた胸元あたりでピタリと静止した。片手で隠そうにも隠しきれない圧倒的な二つの果実をじーっと見つめて。


「ど、どうかしましたか?」

「何でもありません」


 素知らぬ面持ちで顔を背けるケルリッチ。


「……助けるんじゃなかった」


「どういう意味です!?」


 悲鳴と怒号。


 パールとケルリッチが振り返った先で、チーム『大天使アークエンジェル』の面々が被造獣ビーストの群れに取り囲まれたのは、その時だった。


 有名人に群がるファンのごとく。

 人間チームが持っている花を奪おうと、被造獣ビーストが次々とのしかかり、そして隠していた花を奪われていく。


「エルフェン!? ジーク!?」


 叫ぶカミィラの目の前で、光の中に消えていく男女の使徒。その脱落を悔やむ間もなく、神の軍勢が砂埃を上げて飛びかかってくる。


「ちっ」


 ダークスの舌打ち。


 魔法士型のもう一つの弱点だ。強力な魔法を撃てるかわりに、この状況で放てば味方を巻きこんでしまう。


「カミィラ、お前の魔法は?」

「……だめ、間に合わない!」


 リーダーのカミィラが唇を噛みしめる。


 こちらは充填時間クールダウン中。リーダーとして最前線に立って片っ端から被造獣ビーストを凍らせているが、強い魔法ほど長い充填時間クールダウンを必要とする。


「とにかく数が多すぎるのよ! こんなんじゃ私たち――――」


「伏せろ!」

「え?」


「いま残ってる奴、全員、衝撃に備えて身を屈め!」


 声を嗄らしてフェイは叫んだ。


 最後尾にいた炎燈色ヴァーミリオンの髪の少女が、そわそわと目を輝かせていたからだ。


「しょうがないなぁ」


 声を弾ませて。

 その口の端に、愛らしい牙のようなものまで覗かせて。


「力任せの曲芸って好きじゃないんだけど、こんだけ駒数に差があるんだもんね。仕方ないわよね。いやー、暴れるの好きじゃないんだけどなぁ」


 嘘つけ。


 自分フェイとパールと、遠きルイン支部のミランダ事務長が一斉にそう突っ込むなか――  





 竜神レオレーシェの拳が、砂漠を割った。




 砂の大海原が真っ二つに。


 天地がひっくり返るような地鳴りに続いて、ビルさえなぎ倒しかねない衝撃波が地平線まで広がって――


『にゃあ!?』

『にゃにゃにゃーーー!?』


 巨大な地割れクレバス


 底の見えない裂け目に、何百体という被造獣ビーストたちが次々と滑り落ちていく。


「さ。逃げましょ」


 何事もなかったかのように走りだすレーシェ。


 数キロ先まで続く大地の裂け目を拳一発で生みだしておきながら、本人はいたって当然の表情だ。


「……もしや彼女、怒らせると人間界が危ういレベルですか」


「しっ、聞こえるぞ」


 唖然とするケルリッチにそう告げて、フェイはレーシェを追って走りだした。









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