第61話 潔すぎる脱落者


 サインと握手を求めるファンたちに囲まれて――


 フェイは十五人。

 レーシェはなんと四十七人。


 こんな大勢から色紙サインと記念写真を求められたのは、もちろんフェイもレーシェも初体験だ。


「……疲れた……緊張した……」

「……わたしも……こんな多くの人間に囲まれるの久しぶり……」


「むぅ。ずるいですよ二人とも。なんて贅沢な経験……」


 街中をよろよろと歩くフェイとレーシェ。


 唯一ファンに囲まれなかったパールが不満げに頬を膨らませているのだが。ふと、そんなパールが足を止めた。


「あれ? ねえフェイさん、あそこの大通りにすごい人集りです」

「ん? ああ本当だ」


 自分フェイやレーシェに集まった人だかりが、霞むほどの――


 何百人いるのだろう。

 まるで有名歌手のゲリラライブでも開催されたかのように、道の真ん中を人集りが埋めつくしていたのだ。


 しかも、ほとんどが女性ファン。


 耳を澄ますまでもなく、「ダークス様!」「こちらを向いてダークス様!」という黄色い歓声がここまで轟いてきて――


「ってダークス!?」


 女性ファンに囲まれていたのは、黒の儀礼衣をまとう使徒だった。


 切れ長で鋭いまなざし。

 モデルのように端正な相貌をした青年が、コートを大きくなびかせて通りを歩いていく姿がある。


「ダークス様! スタジアムの二列目で応援していたのが私ですわ!」

「ダークス様! 昨日の戦いも素敵でした。昨日の戦いはちょっと運がなかっただけで、プレイ内容は圧勝でした!」


「ダークス様……きゃあ、こちらを向かれたわ!」

「何言ってるのよ、ダークス様は私を見たんだから!」


「…………何だあの集団」


 ダークスが一歩歩くごとに湧き上がる喝采。

 当のダークス本人はそんなファンなどお構いなしに、肩で風を切るように進んでいく。


 そんな彼が向かった先は、いかにも高級そうなレストラン。


「まさかアレは!?」


 パールが叫んだ。


「今はお昼の十二時十五分……フェイさん、間違いありません!」

「何がだ?」


「あたし……この都市のランチマップを見ていた時に偶然知ってしまったのです。あれは『ダークス・ランチ』の撮影に違いありません!」


「…………う、うん?」


 ダークス・ランチ。気のせいだろうか。昨日の戦いでもダークスサンダーなる必殺技が繰りだされた覚えがあるのだが。


「なあパール、何だそれ?」


「彼がお昼ご飯を食べるだけの配信です」


「そのままだな!?」


「いいえフェイさん! 彼がお昼ご飯を食べるあの配信を、リアルタイムで何万人というファンが見守っているらしいのです。噂では……その配信収入だけでもあたしたち使徒のお給料の二倍は稼いでいるとか……!」


「理不尽にも程があるだろ!?」


「――人気者ですから」


 そう言ったのは。

 フェイでもパールでもレーシェでもなく、フェイの真横に現れた少女だ。


「昨日のスタジアムの歓声でわかったでしょう。ダークスの人気ぶり」


「わっっ!?……ええとケルリッチ」

「昨日はお疲れ様でした」


 褐色の少女が、礼儀正しくぺこりとお辞儀。

 ただし表情はいつもどおり涼やかだ。


「頭脳明晰、運動神経抜群、甘いマスクに長身、気前もよくて仲間思いな超一流ゲームプレイヤー。人気が出ないわけありません」


「……褒めるなぁ」


「私以外の女の評判です。私にとってダークスはただの業務ビジネス上の仲間で、それ以外の感情は持ち合わせておりません。それではご機嫌よう」


 去っていくケルリッチ。

 どこへ行くかと思えば、どうやら女性ファンに囲まれたダークスをこっそり見守っているらしい。


 ……ダークスのことが気になって尾行してるようにしか見えないけど。

 ……その本人が違うって言ってるんだよな?


 深入りはやめておこう。

 そう自らに言い聞かせる。


「ま、だけどこの都市の使徒ってみんな一癖あるんだな」


 パール、レーシェと顔を見合わせて。

 フェイは静かに振り向いた。


「そう思わないかネル?」

「~~~~~~~~っ!?」


 ビルの物陰で。


 こちらを覗っていた黒髪の少女が、声を上げて飛び跳ねた。

 その勢いのまま逃げだそうとして。


「……っ!」


 ネルが、その場で踏みとどまった。

 意を決したまなざしでこちらを見返してきて。


「……フェイ殿! き、昨日の戦いは見事だった……そして私は、やはりあなたの力にないたいと改めて思ったのだ!」


 自らの胸に手をあてて、彼女が続ける。


「頼む。……私は神々に敗れてもはや戦うことはできないが、チームの解析班アナリストとして力を尽くしたい」


「――――」


「フェイ殿!」



「っ!」


 正面のネルが一瞬我を忘れて呆然と立ちつくすのを前に、フェイは今一度、その言葉を繰り返した。


「その提案受け入れられない」


「……な、なら!」


 拳を握りしめ、ネルが再び声を振り絞った。


「な、ならば家政婦として。掃除も洗濯も食事も、全部私が……!」


「お断りよ」


 続くレーシェが、ぴしゃりとネルの口上を遮った。

 一切の情け容赦なく。


「――――」


 濁っていくネルのまなざし。

 うつむいて、唇を噛みしめて。


「…………そうか…………」


 黒髪の少女は、足下を向いたまま背を向けた。


「……時間を取らせてすまなかった。私は……見苦しいにも程があったな……」


 ふらり、と。

 今にも膝からくずおれそうな足取りで、昼の大通りを引き返していく。


 ――なるほど。


 まだ彼女は察しきれてないらしい。自分とレーシェが


 見苦しいのではない。

 潔すぎるのだ。





「ネル、あんた本当にそれで満足なのか?」





「……っ!?」


解析班アナリストだの家政婦だの、掃除とか洗濯とか食事の支度とかさ――」


 溜息まじりに、フェイは後ろ頭を掻いてみせた。

 弾かれたように振り返った彼女へ。


「そうじゃないんだろ? あんたが


「な、なんのことだフェイ殿!?」


「……ま、いいさ。自分の口からは言いにくいだろうし」


 レーシェとパールに目配せ。

 そのまま神秘法院ビルのある方角を指さして。


「明日の午後一時、集合だから。地下一階のダイヴセンターで」


「え? ちょっとフェイ殿!? いったいどういう……!」


 困惑を隠そうともしないネルへ。 


「じゃ。俺たちまだ観光の予定が入ってるから。明日しっかり来てくれよ?」


 フェイは、目の前の交差点を歩きだした。





 明日――

 彼女も言えない彼女の本心に、決着をつけるゲームが始まる。










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