神の遊戯その3 「太陽争奪リレー」

第60話 敗因はパールファイア




 交流戦の翌日――


 使徒ダークス、ケルリッチとの親善試合プライドマッチを終えて。

 聖泉都市マル=ラで過ごすフェイたちの三日目は、自由見学である。



「フェイ、こっちこっち!」


 マル=ラの大通りで、目を輝かせたのはレーシェだ。


 ショッピングモールにある一画。古風なボードゲームから最新ゲーム機まで取りそろえたゲームショップに駆けこんで。


「ああ素晴らしいわ……ルインのゲームショップもいいけど、都市が違えば品揃えもまた違うのね。わたしの知らないゲームがこんなにたくさん!」


「おやお嬢ちゃん、若いのにお目が高いね」


 店内から出てきたのは、杖をついた高齢の老店主だ。


 まわりの客はレーシェの来店に驚いているが、この老人だけは目の前の少女が元神さまだとわかっていないらしい。


「お嬢ちゃんが手にしてるのは、ワシが競売で競り落とした伝説のボートゲームじゃよ。全世界限定で五百個しか発売されておらん」


「買うわ!」


「その意気は良し。じゃが、お嬢ちゃんのお小遣いにはちと高いぞ?」  

「お小遣いならあるわ!」


 レーシェが、何ともかわいらしい猫の財布を握りしめた。


 そして取りだしたのは漆黒のカードだ。

 神秘法院が発行したプラチナクレジットカード。使用上限額「無限」という、元神だけに与えられた究極の一枚である。


「このカードで! 使いすぎちゃだめってミランダから言われてるけど!」


「ほう? ところでお嬢ちゃん、つい昨日、最新ゲーム機『Cwitch』が限定三台だけ入荷したのじゃが――」


「それも頂くわ!」


「十年前の『The Game Award』に輝いたカードゲームが――」

「それもよ!」


「ワシが四十年前に作った手作りのゲームが――」

「全部頂くわ!」


 レーシェが、クレジットカードを店主に押しつける。


「このお店の商品ありったけ、まとめて秘蹟都市ルインに輸送してちょうだい!」


「……おーいレーシェ、もういいか」

「満足したわ!」


 目をきらきらさせてレーシェが振り返る。

 その肌艶がいつにも増して照り輝いて見えるのは、自分フェイの気のせいではないだろう。


「フェイは新しいゲーム買わないの?」


「……買おうと思ったゲームごと、レーシェがありったけ買い占めたじゃん」


 引っ越し用のトラックにゲームが次々と詰め込まれていく。

 店内の商品丸ごとである。

 あの数々のゲームで、軽く三年は遊び尽くせるに違いない。


 と。


 フェイとレーシェの右手側から、パールが交差点を渡って歩いてきた。

 左手に焼き芋の入った紙袋、右手にケバブサンドを握りしめて。


「パール?」


「あ、フェイさんレーシェさん! この焼き芋すごく美味しいですよ!」


「それより焼き芋とケバブサンドの食べ合わせはどうなんだ……」


 そして食べきれるのか?


 自分フェイの記憶では、朝ご飯を食べたのが一時間ちょっと前。その時にも生クリームと蜂蜜がたっぷり乗ったフレンチトーストを嬉しそうに頬張っていたはずだが。


「これは自分へのご褒美なのです!」


 満面の笑みの、パール。


「昨日の熱き激闘を乗り越えた自分に、感謝とおめでとうの意をこめて!」


「いや昨日は昨日で祝勝会だとか言っ――」


「というわけで行きますしょう! 隣のショッピングモールでたこ焼きの名店があるという情報を、バレッガ事務長さんに教えてもらいました!」


 パールが大股で歩きだす。

 それをフェイとレーシェも追いかけようとした、その交差点で。


「あ、あの……竜神さま!」

「レオレーシェ様! お待ちください!」 


「――わたし?」


 レーシェが振り返る。

 そこにいたのはマル=ラ支部の服を着た男の使徒たちだった。なぜか全員がカメラと色紙とサインペンを手に持って。


「お写真撮らせてください!」


「つ、次は俺と2ショットを……!」

「サインもお願いします! 俺とチームの分、十七枚!」


 あっという間に囲まれてしまった。


 当のレーシェ本人は「?」と狐に摘ままれたような表情だ。周りにいる男の使徒たちが、まさか自分のファンであることもまだ理解できていないのだろう。


 そんな光景に――

 フェイとパールは顔を見合わせていた。


「あれ? そういえばレーシェって今までこんなことあったっけ? 元神さまだし、こういうファンがいて当たり前なのに」


「フェイさん、ほら、あたしたちの都市じゃ逆に怖がられてましたから……」

「あ……そっか」


 この地の住民はレーシェの怖さを知らないのだ。


 神々の遊びを馬鹿にした使徒たちが集中治療室送りにされた『血染めの神さま』事件。軽い遊びのつもりの遊闘技バトルゲームで隊長一人が生死の境をさまようなど、レーシェの危険な面を見ていない。


「レーシェさん、見た目はめちゃくちゃ可愛いですからねぇ……」

「その本人は戸惑ってるけどな」


 なにせ未経験の体験だ。


 男性ファンに囲まれて、レーシェが珍しく困惑気味なのが伝わってくる。

 いまも男二人に挟まれて写真を撮っているのだが、その表情がなんともぎこちない。


「まあいいか。しばらく待っ――――」

「あ、あのぉ! フェイさんですよね!」


「……え?」


 気づけば。


 交差点の前に立っている自分フェイのすぐ後ろに、三人組の少女たち。服装からして使徒ではなく一般人に違いない。


「俺に何か?」


「あ、あの! 私たち昨日のゲームをスタジアムで観戦してました!」

「フェイさんのプレイが格好よくて……ぜひサインが欲しいんです!」

「お金を払うので握手もお願いできますか!」


「お金っ!? いや、全然そんなのお金なんか……」

 

 そう言っている間に。

 サイン色紙を抱えた少女たちがさらに二人、交差点を渡って近づいてくるではないか。


「……いや嘘だろ!? 俺こんなのルインでだって経験ないぞ!?」

「こ、これが都市ツアー効果ですか!」


 パールがごくりと喉を鳴らす。


 他都市からの有名なゲスト。

 この地の住民からすれば、まさに世界的歌手やスターがやってきたような大ニュース扱いなのだろう。


 つまり――


「はっ!? ということはあたしも大人気に!?」


 思わずパールが拳を握りしめて。


「昨日の戦いの立役者はあたし! ならば昨日の戦いもさぞ大反響だったことでしょう。あたしも遂に……人気テーマパークのアトラクションばりに、サイン待ちで三時間は並ぶ大行列ができるのですよ。さあ来るのです、あたしのファンたち!」


 しんと静まる交差点。


 両手を広げて「さあおいで」ポーズを取るパールの前に、近づいてくる者はいなかった。むしろ「何をしてるんだろあの女の子」と不審がられる視線ばかり。


「……あれ? あたしのファンは……?」

「――――」


「フェイさん? なんであたしのところに誰もこないんでしょう」


「……考えられる理由は、そうだな。昨日の戦いが原因だ」


 押し殺した声で、フェイはパールに優しく告げた。




「やっぱさ、あのパールファイアが良くなかったんじゃないか?」




「格好いい名前じゃないですかぁぁぁっっっ!?」


 聖泉都市マル=ラの交差点で。

 パールの悲しい悲鳴が響きわたったのだった。







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