第58話 vs遊戯の貴公子ダークス⑪ ―Mind Arena―




いま――


宣言しよう。




。最高のプレイだったぜパール」 

「はい!」




「何っ!?」

「なっ!?」


 ダークス、ケルリッチ。

 二人だけではない。スタジアムの何万人という観客たちが、その言葉に我が耳を疑ったことだろう。


「な、何を言っているのですあなたたち!」


 ケルリッチが慌てて叫んだ。


「パール! あなたはすべての攻撃カードと回復カードを使い切ったはずです。ターン終了を宣言したのが証拠ではないですか!」


 パールの敗北なのだ。


 このフェイズ3の終了宣言と共に、『死亡遊戯ラストダンス』の代償ペナルティーを受けてライフが尽きる。


「……


 鋭い剣幕で迫るケルリッチへ。

 パールは、最後に残った一枚の手札にそっと触れた。


「確かに攻撃でも魔法でもありません。これは……」


 そして空を見上げる。

 遠い過去を思いだす、そんな仕草で。


「これはカードを呼び戻すカードです」

「っ!?」


「高速魔法『再来の縁アンコール』を詠唱。あたしはこの効果で、封印庫ハンガーに捨てられていたカードから一枚を手札に加えます!」


 封印庫ハンガー――


 それは使用後のカードが積まれた共通置き場だ。そこから裏返しの一枚が浮かび上がり、パールの手元へと引き寄せられていく。


「あたしが選んだカードは、『愛と痛みの天秤ハートエツク』!」 


「……バカな!?」


 ダークスが吼えた。



秘奥ラスト! なぜ封印庫ハンガーに落ちている!?」



 会場中がざわめいた。

 誰一人として理解が追いつかない。


 パールの『再来の縁アンコール』、これは当初から切り札として温存していたに違いない。


 だが治癒士の秘奥ラストスペルを引くには、まず大前提としてそのカードが封印庫ハンガーに落ちていなければならない。


「ありえません!」


 ケルリッチの目にうかぶ、動揺。


「治癒士の秘奥ラストスペル『愛と痛みの天秤ハートエツク』は、このゲーム中一度も使われていないカードです。封印庫ハンガーに落ちているわけがない。もし落ちていたとしても、あなたがそれを知る機がないはずです!」


 そう。

 誰もがケルリッチと同じ心境だろう。パールのプレイ根拠を説明できない。


 たった一人を除き――



「答え合わせが必要かしら?」



 煌めく炎燈色ヴァーミリオンの髪を指で梳って――

 観客席の最前列に座るレーシェが、くすっと楽しげに微笑んだ。


「みんな忘れちゃった? フェイのカードが、封印庫ハンガーに落ちるタイミングが第二フェイズに一度だけあったでしょ?」


「……あっ!」


 レーシェの隣。

 黒髪の少女ネルが思わず立ち上がった。


「あの時か! フェイ殿が大魔法『魂の犠牲』を使った時……!」




〝俺の手札から一枚を捨てる〟

〝『魂の犠牲』と合わせて二枚を封印庫ハンガーに格納することで、対象のプレイヤーのライフを7回復させる〟




 そう。

 治癒士の秘奥ラストスペル『愛と痛みの天秤ハートエツク』を持っていたのは、フェイだったのだ。



自分フェイの手札は――〟



 うちの一枚が天軍の剣。

 もう一枚こそが――


 クラスが旅人である自分フェイには「死に手」のカード。

 だからどうにかして、パールにこの切り札を渡す必要があった。


「……まさか……」


 褐色の少女ケルリッチが、はっと目をみひらいた。


「フェイ! 第一フェイズでのあなたの質問は、これを見越して……!」

「ああ。当然に狙ってやってたぜ?」



〝俺とパールは一蓮托生だ。互いの手札を交換するのはありなのか?〟



 すべてが虚実ブラフ

 フェイの質問を受けたケルリッチは、この時点である認識が発生していた。


 ――フェイには、


 手札を交換できる手段カードがあるなら、あんな質問をする必要がないからだ。


 だが実際はあった。

 フェイとパール双方で、封印庫ハンガーを経由したカード交換があったのだ。


「私は……あの時点で、あなたの言葉に錯覚させられていた!?」


「そこまで大げさじゃない。油断さえしてくれりゃ良かった」

「~~~~~っ!」


 手札を捨てる行為。


 ダークスやケルリッチほどの熟練者エキスパートなら、封印庫ハンガーを経由したカード交換も当然に警戒していただろう。フェイが捨てた秘奥カードにも気づいていたはず。


 だが、二人は見過ごした。

 心の奥底で警戒を緩めていたのだ。


 相手チームには手札交換を可能にする手段が無い、とタカをくくっていた。

 すべてはフェイのあの一言で。


「言っておくと、その直前に『天軍の剣』を使ったのもダメージ目的じゃない。手札を封印庫ハンガーを落とす前に、そっちに意識を向けさせたかったからな」


「…………信じられない……!」


 ケルリッチがその身を戦かせた。


「この第三フェイズを見透かして第二フェイズで秘奥カードを捨てておく。その第二フェイズの伏線として、第一フェイズであんな虚実ブラフを吐いていたのですか!」


「見透かしてたわけじゃない。俺は、俺たちの作戦をがむしゃらに進んだだけさ」

「え?」


「第二フェイズで言わなかったか? ってね」

「――――――――っ!」








〝だから絶対勘づかれちゃいけない〟

〝旅人と治癒士のクラスを選んだ時から、既に覚悟はできている〟



 フェイとパール。ダークスとケルリッチ。

 双方の勝利ルートは同じだったのだ。


 だが「魔法使い」という最善解を選んだ後者に対して、自分フェイたちはクラスを選ぶ時から徹底的に戦術を隠すことを選んだ。


「……で、ですがなぜです! なぜそんな回りくどい真似を!」


 ケルリッチが声を振り絞る。


「ダメージ狙いならば、あなた方も『魔法使い』を選べば良いのに……!」


「そしたら勝てないだろ」

「……え?」


「俺らまで『魔法使い』を選んだら四人全員が同じ職になる。そうなったら勝負は戦術差ではなくゲーム熟練度で決まり、負けるのは初心者ビギナーの俺たちだ。熟練度以外の心理戦マインドゲームで出し抜くしかなかったんだよ。定石セオリー以外の方法でな」


 ダメージ勝負レースならクラスは魔法使い一択。


 ただし自分フェイやパールが魔法使いを選んでいれば、こちらの戦術はすぐさま見破られていただろう。定石セオリーで勝てないことは明白だった。


 それゆえの旅人と治癒士。

 すべての攻防を、この切り札に賭けたのだ。




 秘奥ラストスペル『愛と痛みの天秤ハートエツク』。

 プレイヤーが受けるダメージを、敵チームへと反射する。



 すべてが布石。

 パールの『死亡遊戯ラストダンス』さえもそう――

 

 この追加ターンは、ダークスたちのライフを削りきるものではない。ダークスたちの手札を枯渇させ、この秘奥カードを確実に通すことが真の狙い。


「だから、これで決着です!」


 パールの手札が光り輝いた。


 『死亡遊戯ラストダンス』からの20点ダメージ。

 その光を――



 秘奥カード『愛と痛みの天秤ハートエツク』が、あたかも巨大な鏡のごとくパールの前に展開し、そして跳ね返した。



「なるほど。俺の相手はフェイ一人……それが誤りだったか」


 黒いコートを羽織った、長身の青年へ。


「撤回しよう。俺はまだ侮っていたのかもしれん。見事だパール・ダイアモンド」


 舞台グラウンドに光が満ちて。

 あまりの眩しさに観客の誰もが目を閉じて……その光が収まった後に。


 

 運営のアナウンスが響き割った。




『ゲーム終了』

『ダークスのライフ0。これによりフェイ・パールの勝利です』












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