第51話 vs遊戯の貴公子ダークス④ ―Mind Arena―




「さあ集中するかパール。なぜか背中に殺意を感じるけど」


「は、はい! ですがあの……フェイさん、あたしたちの体力なのですが」


 パールの歯切れが悪い。

 なにせ一ターン目で、いきなりライフの2割を失ったのだから。


「まだライフに余裕ありますが、これひょっとして……あたしたちゲーム序盤からすごく不利になっちゃいましたか?」


「ゲーム序盤じゃない」

「え?」


「下手するともう中盤だ。この火力、三ターンキルくらいで俺ら全滅するな」

「まったく嬉しくないです!?」


「俺もそういや確認し損ねてたなぁってさ。今さらだけどゴール遠いし」


 スタジアムの舞台グラウンドを丸ごと使った広大なすごろく盤。

 フェイが見つめるのは、はるか奥だ。


「ゴールまで俺が38マスでパールが40マス。ってことは毎ターン6を出してもゴール到達まで7ターンかかる。……あ、これは厳しい」


「ちょっとぉぉぉ!?」


「まあしょうがないか。向こうが二人とも魔法使いで、しかも秘奥カードまで切ってきた以上、ライフを削られる戦いになるのは当然だ」


 一方で。

 そうさせない戦い方に持ちこむのが、自分たちのクラスだ。


 ……パールのクラスは治癒士だ。この能力で大ダメージを和らげて延命できるし。

 ……俺の旅人は、すごろく盤を高速で動くことを可能にする。


 治癒士でライフを温存しつつ。

 その間に、旅人の能力でマスを高速で進んでゴールを目指す。その狙いを――


?」


 見透かしたかのごとく、褐色の少女ケルリッチがそう呟いた。

 まだ彼女のターンは終わっていない。


「ゴールなんて夢のまた夢。私は結界魔法『怨嗟の鎖』を詠唱します」




 怨嗟の鎖――プレイヤーは、手札を消費するごとに1点のダメージを受ける。  




「さ、さらに結界魔法!? なぜ魔法カードで直接攻撃してこないんですか!?」


 パールが目をみひらいた。

 明らかにおかしい。


 魔法使いの能力は、敵に魔法ダメージを与えた時に1点の追加ダメージを与えるもの。いま見たように『熱情の律動』と重ねるだけで大ダメージになる。


 だが、選ばれたのは結界魔法の重ねがけ。

 異様な不穏さを感じさせる選択だ。


「すぐにわかります。私は五枚の手札を残してターン終了です」




 第一フェイズ、終了。 


 フェイ  :ライフ16点、手札5枚、現在地6(ゴールまで38マス)。

 パール  :ライフ16点、手札6枚、現在地4

 ダークス :ライフ20点、手札4枚、現在地6

 ケルリッチ:ライフ20点、手札5枚、現在地1




 ……トータルライフで8点差ね。

 ……だけど手札は俺とパールで計十一枚、向こうが九枚。そこは強みか。


 こちらは手札を温存できている。


 このゲームは、手札の数が戦略の幅に直結する。まだ一枚もカードを使っていない以上、相手もこちらの狙いを完璧には絞り切れていないはず。 


 ……このゲームに運の要素はほぼ介在しない。

 ……勝負をわけるのは戦術差だ。戦術の優劣がそっくりライフ差になって現れる。


 ならば、その戦術の優劣は何で決まるか?


 答えは「読み合いリーディング」だ。


 手札の数と賽子ダイスの目から、どちらがより正確に相手の狙いを推測し、より高度な対策を用意できるかで決まる。


 ……だから絶対勘づかれちゃいけない。

 ……


 たった一つの戦術。

 旅人と治癒士のクラスを選んだ時から、既に覚悟はできている。


「パール」


 隣に立つ少女へ、そっと小声で話しかける。


「どんなカードゲームにも共通する究極のテクニックがある。知ってるか?」


「え? な、何です?」


使。役に立たないカードでもいいから、使いきらずに一枚は残しておけ。ハッタリ用にだ」


 切り札は残しておくもの。


 どんな窮地でも最後の一枚で大逆転の可能性がある――という心理を逆手に取った虚実ブラフを成立させるために、手札は必ず残しておく。


「逆に言えば一枚以外なら躊躇わず使っていけ。魔法使い二人相手に温存してたら俺らのライフが先に燃えつきる」


「が、合点です!」

「……さ、これで第一フェイズ終了だろ?」


 ダークス、ケルリッチへと振り返る。


「ゲームの大枠は理解した。俺もパールもここからが本番だ」

「いいだろう」


 ダークスがにやりと口の端を吊り上げる。

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、意気揚々とした口ぶりで。


「見てのとおり俺とケルリッチが狙うのは、最大火力を以ての最速撃破。だがフェイよ、この遊戯ゲーム


「カード戦略系すごろく『Mind Arena』。これはもともと『神々の遊び』が発祥元ですが、今では神秘法院の支部交流戦でもっとも人気のあるゲームの一つです。しかし何千試合を経て、定石こそ見つかれど、いまだに最適解が解明されていません」


 二の句を継ぐケルリッチ。


「常に戦略が進化しつづける遊戯ゲーム。それがこの『Mind Arena』なのです」


「ゆえにフェイ、お前の新たな攻略を見せてみろ!」





『第2フェイズへ移行します。賽子ダイスカードを選んでください』




アナウンスが響きわたるなか。


4人の選んだ賽子ダイスカードに、会場がどよめいた。










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