第48話 vs遊戯の貴公子ダークス① ―Mind Arena― 

「すごろくか!」

「すごろくね!」


舞台グラウンドに描かれたマス目を前にして、フェイとレーシェはほぼ同時に叫んでいた。


それから、ややあって。


「……あっ!? そ、そうです。これは……このスタジアムの舞台グラウンド丸ごとを、すごろくの舞台に描き変えたんですね!」


 パールもようやく気づいたらしい。


「……ふぅ。我ながら大した洞察力です。フェイさんレーシェさんとほぼ同時。あたしってばいつの間にか、お二人と同じ高みにたどり着いてしまったようですね」


「いや、どう見ても俺たちの答え聞いてから喋っただろ」


「――察したようだな」


 しんと静まりかえる観客席。

 ゲームの始まりを感じさせる緊張感のなか、ダークスが両手を広げてみせた。


 巨大なすごろく盤と化した舞台グラウンドを指し示して。


「今回の親善試合プライドマツチは、『神々の遊び』で実際に行われた遊戯の一つを限りなく忠実に再現したものだ。この最新AR(拡張現実)映像でな。もちろん対人用に少々カスタマイズした上でだが」


 ダークスの言葉どおり。

 周りの観客席こそあれど、自分たちが立っている地面は、仮想世界のように美しく描かれた超巨大すごろく盤の上だ。


「都市交流戦は世界中で行われているが、これはその代表とも言える遊戯ゲームだ」


「それが、このすごろくか?」

通常ただのすごろくではない」


 再び不敵に笑むダークスが、斜め上空を指さした。


「これはカード戦略型すごろくだ」


 フェイたちが見上げる虚空――

 AR映像で生みだされた電子ボードに、光の文字が刻まれていく。




 完全意思決定型カードすごろく『Mind Arena』――




【基本ルール】


 ①基本ルールは『すごろく』のチーム戦。


 ②勝利条件は二つ。どちらかを満たせばゲームに勝利する。

  勝利A:ゴールにたどり着くこと

  勝利B:罠か魔法カードで、敵チームのライフをゼロにすること。


 ③初期ライフは各自20。4枚の魔法カードを所持。

 

 ④プレイヤーは、ゲーム開始時に自分の「クラス」を選択する。

  選べるクラスは四つ。


  魔法使い:「攻撃」魔法を使用時、追加で+1ダメージ。


  旅人  :賽子ダイスで進む時、+1マスを選んでもいい。


  罠細工士:罠マス無効。かつ、自分が踏んだ罠を強化できる。


  治癒士 :「回復」魔法を使用時、「+1点」の効果を得る。さらに罠マスの

       被ダメージを軽減できる。





「……へえ、これわたし初めて見るかも」


 電子ボードを凝視するレーシェ。


「すごろくだけどゴール以外にも勝利パターンがあるのね。ゴールするか相手のライフを削りきるか。どちらが最適ルートかっていうのは状況次第でしょうけど、たぶん選んだクラスに左右されるのかしら?」


「その通り」


 満足げに頷くダークス。


「さすが元神、ゲーム理解が極めて早い。推察のとおり、このゲームはクラスの選択が極めて重要だ。そこまでわかっているのなら速やかにターン説明に移らせてもらおう」


 そして指を打ち鳴らす。

 基本ルールが描かれた文字が消えて、次に浮かび上がってきた文字群は――



【ターン説明】


 ①ターン開始時、全プレイヤーで、1~6までの数を選択する。


 ②その数の大きい順に行動ターンを得る。

  行動ターンでは二つの行動ができる。


  A:①で選択した数だけ進み、止まったマス色に応じて効果を受ける。

    青マス :魔法カードを一枚引く。

    金色マス:魔法カードを二枚引く。

    紫マス :罠につき、ここで止まったプレイヤーは大ダメージ。

   ただし青と黄金マスは、二人以上が止まってしまうとカードは引けない。 


  B:魔法カードを使う。

    高速魔法:いつでも使えるが威力は低い

    大魔法 :自ターンにしか使えないかわりに威力が大きい

    秘奥  :適合するクラスにしか使えない切り札。


 ③自ターンが終わったら次のプレイヤーへ。


 ④全員のターンが終了したら①に戻り、これを繰り返して勝利する。




「最後に一つ!」


 割れんばかりの歓声が轟くなか、ダークスが声を張り上げた。


「このゲームは最大8人まで参戦可能だが、今回は未経験者ビギナーのお前たちに合わせ、シンプルな2VS2で執り行う。俺も、我がチーム『この世界の嵐の中心テンペスト・クルーザー』から相方パートナーを一人選ばせてもらった」


「――お相手します」


 腕組みするダークスの隣に、一人の少女が並び立った。


 褐色の肌に、淡い青をなびかせた涼やかな少女だ。

 ゲームの競技者というよりは、知的で頭の切れる女性秘書官のような佇まいで。


「ケルリッチ・シーです。立場上はダークスの部下になります。なぜか『夫婦漫才コンビ』だの『早く結婚しろ』だの言われるのですが、私にとってのダークスは業務ビジネス上の仲間で、それ以外の感情は持ち合わせておりません。そのところ誤解のなきよう」


「うむ、行くぞケルリッチ」

「…………」


「どうしたケルリッチ?」

「……何でもありません」


 ケルリッチと名乗った少女が、なぜか溜息をついて首を横にふって。


「続きをどうぞダークス」

「さあフェイよ!」


 黒コートが跳ね上げたダークスがこちらを指さして。


「次はお前が、お前の相方パートナーを決めるがいい!」


「……相方パートナーか」


 こちらは二択だ。レーシェかパールか。


 フェイが振り返ったそこには、余裕の笑みを浮かべている炎燈色ヴァーミリオンの髪の少女と、この大観衆のなかで居心地悪そうにしている金髪の少女。


 なかなかに対照的な図だ。


「パールさ、すごい緊張して見えるけど」


「ひぁっ!? え、あ、あの! あたしは……今回は遠慮しておきます! だって2VS2だなんて、フェイさんとレーシェさんが組めば最強じゃないですか!」


 パールが慌てて手を振ってきた。


「これは支部同士の親善試合プライドマツチですし……そんな大事なものにあたしが出て、それで負けようものなら――――っ!」


「ねえパール」


 華奢な指先が、金髪の少女の肩にそっと触れた。


「……レーシェさん……?」

「――――」


 パールが振り返るまでもない。

 すぐ隣に、鮮やかに灯る炎燈色ヴァーミリオンの髪をなびかせるレーシェが立っていた。


 その横顔に――

 フェイが思わず息を呑むほどに、美しく大人びた微笑を湛えて。





「あなた、まだ遊戯ゲームが怖いかしら?」





「……っ!」


 パールが全身をうち振るわせる。

 気づいた。いや、思いだしたのだ。


 遊戯ゲームを前にして怖じ気づく――華炎光インフェルノでの失敗を悔やむあまり、また失敗して迷惑をかけるくらいならと、引退まで思い詰めていた頃の自分と同じ。


 ここで萎縮したら。


 自分は何一つ変われていない。


「まだ負けるのが怖い?」

「っ!」


 レーシェに見つめられて。

 愛らしげなパールの瞳に、光が宿った。



「――――――――そんなことありませんっ!」



「頑張れる?」

「頑張りますっ!」


「勝てる?」

「か、勝てるかわからないけど……頑張ります!」


「うん」


 レーシェがくるりと身を翻した。

 その一瞬――


 わずかな一瞬だけ、自分フェイに向かってウィンクする仕草を残して。


「わたしは応援ね。フェイとパールで頑張って」

「ああ」


「……は、はい!」


 握りこぶしでパールが返事。

「見ててくださいレーシェさん、あたし、絶対このゲームで活躍してみせますから!」


「……ほう?」


 対面に立つダークスが、その言葉に目を細めた。


「竜神レオレーシェ。神から人に受肉したものの、そのゲームプレイはまさに『神級』と。ここで相まみえるのを期待していたが……フェイと組むのはお前か」


「あ、あたしを甘く見てもらっては困ります!」


 そんなダークスを睨みつけ、パールが自らの胸に手をあてた。


「レーシェさんと比べて見劣りするのは認めます。でもあたしだってフェイさんのチームメイトです。それを証明してみせましょう!」


「よかろう。ならば、この俺たち四人で『Mind Arena』の勝負を行う」




 秘蹟都市ルイン代表・フェイ、相方パール。

 

 聖泉都市マル=ラ代表・ダークス、相方ケルリッチ。


 

 どちらか近年最高の新人ルーキーか。


 魂の決闘、開始――――







 

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