都市交流戦 vs聖泉都市マル=ラ編

第47話 魂の戦いを


 神秘法院マル=ラ支部。

 ビル十二階、ゲストルームで。


「……あれ、もう朝か?」


 窓から差しこむ光にまぶたを灼かれ、フェイはあくびを噛みつぶして起き上がった。


 トランプを握ったまま床にうつ伏せ。

 どうやら自分は、徹夜でゲームの途中に寝落ちしたらしい。


「レーシェ? パール?」


 振り返る。

 部屋の隅にあるベッドの上には、仰向けで寝入る少女二人の姿が。こちらも自分とまったく同じタイミングで寝落ちしたのだろう。


「ああそっか。俺たちマル=ラに来たんだもんな。二日目きようは……向こうの支部との親善試合だっけ? 起きろ二人とも。試合に間に合わないぞ」


「んー……」

「……すやぁ」


 起きない。

 二人とも実に幸せそうな笑顔で熟睡中。


「……もう食べられないですぅ」

「……よーし……もう一勝負よ……」


「どんな夢を見ているのか丸わかりだな。おいレーシェ、起きろってば」


 なにせ三千年寝過ごした過去のあるレーシェである。

 ここで起こさなければ余裕で数十年は寝入ってしまうかもしれない。


「レーシェ」

「ん……」


 レーシェがぴくりと動いた。

 まだ瞼を閉じたまま、うつ伏せにひっくり返り、そして右手をゆっくり伸ばして。


「まだよ……まだポーカーは終わってない……」


「夢の中でか」

「じゃあ上乗せレイズ!」


 夢の中でコインを賭けたのだろう。

 そしてレーシェが掴んだものはコインの山――ではなく、隣で寝ているパールの何とも立派にそびえたつ豊かな胸だった。


「んー……このコインの山は……?」


「ひぃぃやぁぁぁぁっっっ!?」


 パールが起きた。

 寝ぼけたレーシェに胸の片方を鷲づかみにされて、その全身がビクンっと痙攣。


「あれぇ。このコインの山やわらかい」

「レ、レーシェさん!? それはコインの山では……んっ……あ、ありませんっっっ!」


「……じゃあこっちー」

「そ、そっちも違いますぅぅぅぅっっ!?」」


 左右の胸を同時に鷲づかみにされて、パールがいよいよ涙目に。


「助けてフェイさん!? 乙女の危機がすぐそこに!」


「さー俺一人で準備してくるか」

「見てないフリして逃げないでくださいいいいいいいっっっっ!」

  

     

 ◇



 滞在二日目。


 聖泉都市マル=ラの神秘法院から、徒歩わずか十分。


 フェイたちが着いたのは都市のスタジアム、その控え室だ。普段ならスポーツチームが使う広々とした部屋を、今は三人で貸し切りである。


「す、すごい歓声ですね……」


 ベンチに座るパールが、缶ジュースを手にしながら。


「もう一万人以上の観客でスタジアムが埋まってて、その歓声がここまで聞こえてきてますよ。ど、どうしましょう!」


「ねえフェイ、時間よ。早く早く!」

「わかってるって」


 レーシェに急かされて立ち上がり、フェイは壁掛け時計をちらりと見上げた。


 昼11時45分。

 正午からのゲームスタートに合わせて会場入りだ。


「えっと、こっちのスタッフ専用通路だっけ」


 無人の通路を歩きだす。

 はるか向こうから差しこむ光が、舞台グラウンドに続く出口だろう。


「フェイさん? こんなすごい会場で、あたしたちどんなゲームをするんでしょう」


「そりゃこんだけ広いスタジアムが会場だし。思うぞんぶん走り回れるサッカーとかラグビーとか。あ、でも人数が――」


 人数が足りないか。

 そう言いかけたフェイは、無意識のうちに足を止めていた。


 無人のスタッフ専用通路。その角から、見覚えある黒髪の少女が突如として猛スピードで走ってきたからだ。


「……ネル?」


「はぁ……っ、はぁ……ま、間に合った……!」


 肩で息を切らせて、ネルが大きく深呼吸。

 フェイ、パールそしてレーシェがぽかんと見つめるなか。


「……フェイ殿」


 ネルが顔を上げた。


「今からフェイ殿が戦う親善試合の相手は、ダークスだ」

「……ああ。ダークスってもしかして昨日の」


 出会い頭に「俺のチームに入れ」と誘ってきた男だ。


 事務長バレッガ曰く、親善試合の相手はぎりぎりまで決まっていなかった。マル=ラ支部内で意見が真っ二つに割れたらしい。


 ――フェイや竜神レーシェとの試合など恐れ多いといって辞退した者。

 ――むしろ是非戦いたい進みでてきた志願者。


 後者だけで二百人近く。

 そこから一組を選ぶために、事務局で検討会を開いたという。


「アイツに決まったのか。俺たちの相手」


「奴は優秀な新入りルーキーだ。少々鼻につくプライドの高さはあるが、ゲームに関する天性の嗅覚は間違いなく本物。たとえフェイ殿でも苦戦は免れないだろう。だが……」


 ネルが、拳を握りしめた。


「だが勝ってくれ! そうでないと――――」


「ん?」

「っ……もう時間か。と、とにかく頼んだから! 私も観客席で応援させてもらう!」


 踵を返す。

 フェイが声をかけるより早く、ネルはその場から走り去っていった。


「あのネルって人間」


 レーシェがぽつりと呟いて。


「わたしたちを応援しに来たの?」

「かもな。相変わらず口下手っぽいけど」


 去っていった曲がり角を一瞥し、フェイは苦笑した。


「俺たちはよそ者だし、こういう親睦試合じゃ敵扱いされても仕方ないって思ってたけど、やっぱり応援がいてくれるのは嬉しいな」


「……そうね」


 レーシェがクスッと微笑。

 鮮やかな炎燈色ヴァーミリオンの髪をふわりとなびかせて、スタジアムの舞台グラウンドへ足を踏みだした。


「さ、どんなゲームかしら」


 視界が一瞬で移り変わり――


 そこには割れんばかりの歓声と、そして観客席を埋めつくす観客たち。


 三百六十度、ぐるりと全方位を囲む観客席。

 一万人以上の観衆に見つめられるというのは、さすがのフェイも未体験だ。


「ゲームへの緊張ってのは無いけど、これだけの数の人に見つめられるってのは、確かに重圧感プレツシヤーがあるなぁ」


「ど、同感ですぅ……!」


 膝を震わせるパール。


「こ、こんな凄いフィールドで何をするんでしょう」

「そりゃ直接聞いてみりゃいいだろ」


 舞台グラウンドの中心へと進んでいく。

 黒の儀礼衣をはためかせる、銀髪の男が待つ場所へ。


「待ちわびたぞ、フェイ」


  舞台グラウンドの中央で。

 滝のような喝采を浴びながら、ダークスが腕組みをといた。


「これより行われるのは聖泉都市と秘蹟都市の代表による親善試合プライドマツチ。賭けるものは文字どおり互いのプライド……と思われがちだが、それだけではない。これはゲームの競技者アスリートとしての、俺とお前の魂を賭けた決闘デユエルだ!」


「…………」

「何だ」


「……いや、何て言うか。これは褒め言葉のつもりで聞いてほしいけど」


 問うダークスに、フェイは苦笑を禁じ得なかった。


 印象を読み間違えていた。観衆から絶大な人気を誇り、映画俳優さながらの凜々しい風貌を持ち合わせながら――


「熱いんだな。もっと物静かクールな奴かなって」

「相手次第だ」


 ダークスの不敵な笑み。


「さあフェイよ、俺の魂を燃やすプレイを見せてもらおう!」


 そして指を打ち鳴らした。


運営オペレーター、ゲームを起動しろ!」


 直後。

 ヴォン、という電子音と共に、フェイたちの足下が


「……AR(拡張現実)映像?」


 現実世界に仮想映像を映しだす技術だ。

 この舞台グラウンドに入った時から気になっていた。


 サッカーや野球といったスタジアムなら、この足下のグラウンドは芝生や砂地のはず。だがここは真っ白いコンクリート状の土台なのだ。


「ああそっか。この舞台グラウンドそのものが映像スクリーンだったのか」


 フェイたちの足下で――

 地面だけが、AR映像によって仮想のものに塗り替えられていく。


 現れたのは、何百という数のマス目だ。

 それがすべて青、金色、紫の三色いずれかに塗り分けられている。


 その映像に、フェイの脳裏を「あるゲーム」が過っていった。



 もしや。これは――――



「すごろくか!」








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