第40話 心理戦にならないババ抜き
ババ抜き――
パールがフェイの手札からカードを引いた直後、一瞬、身震いしたその仕草をレーシェは見逃さなかった。
「ねえパール?」
「は、はい!? 何でしょうレーシェさん!」
「今日はいい天気ね」
「は、はぁ……」
「ほら向こう。とても快晴だからサボテンが枯れかけてるわ」
「快晴ってレベルじゃないですよ!? 人間が外に出たら三十分で倒れちゃいます……で、でもどうしたんですか。そんな突然に」
「ううん、ちょっとね」
口元を微笑ませるレーシェ。
だがその目は笑ってない。笑ってないどころか、パールの顔をじーっと見つめて。
「こんなにもいい天気なのに、どうして表情が曇っているの?」
「ちょ、超笑顔ですよ!?」
「どうして声が引き攣ってるの?」
「あ、ああああたしの声の、ど、どど、どこが引き攣っているとっ!?」
「カードを持つ指先も――」
「震えてませんってば!」
パールが吼えた。
それこそ離れた席の親子連れが振り返るくらいの、焦った声で。
「レーシェさん! そうやってあたしに
「これだけの証拠があるのに?」
「ええ! あたしがフェイさんから引いたカードは、何でもないただの――」
「
「フェイさんっっっっ!?」
パールの悲鳴。
「な、なな何で暴露するんですか! ババ抜きで、誰が何のカードを引いたのか教えたらルール違反ですよ!」
「いや……もう丸わかりだし。いいかなって」
今は三人でババ抜きだ。
パールが引いた
ちなみにレーシェもわかっている。なぜかといえば、フェイが持っていた
「俺、レーシェから引いた
見てなかったのはパールだけ。
なぜかと言うと――
〝パール、手が止まってるわよ〟
〝わっ……ごめんなさい〟
自分の太ももに乗せていた三枚の手札を、パールが拾い上げた。
その瞬間の出来事だったからだ。
「パールさ、
「……へ?」
「さっきまでの五ゲームで、三十九回引いて二十三回そうだった。だいたい二回に一回以上そうだし、ここに置けば引いてくれるかなって」
「そ、そんな癖が……だからあたしがさっきからビリだったんですか……」
実はもう一つ。
強ばった表情をほぐそうとする無意識下の癖があるのだが。
……こっちは、もうちょっと秘密でいいかな。
……見てて楽しいし。
と。
「そういえばフェイさん、あたし一つ聞きたかったことが」
何かを思いだしたらしく、パールがふと顔を上げた。
「あたしたちが招待された都市ツアーって、聖泉都市マル=ラですよね。そこでみんなの見てる前で『神々の遊び』に挑む……」
「ああ。俺らがゲスト扱いで、だから巨神像も優先的に入れてくれるらしいし」
「あたしたち三人で、でしょうか……」
「多分、向こうの支部から使徒チームも一緒かなって。俺もまだわかんないけど」
神々の遊びは、神vsヒト多数で成り立つゲームだ。
自分たち三人だけで挑んでも、そもそも人数不足でゲームが始まらない可能性さえある。その分の追加要員がいるだろう。
「そこはほら。向こうで、俺たちと一緒にゲームするっていう有志を集める最中だと思う。ミランダ事務長は何も言ってなかったけど」
「……あの。その件ですが……」
「俺たちも、もっとチームメイトが必要ってことだろ? まあな。毎回他のチームと合同ってわけにもいかないし」
理想は、自分たちのチーム単独で神々の遊びに挑めることだ。
おおよそ十人前後。
ただし手当たり次第に仲間を集めればいいというわけでもない。
「俺たちとぴったり息があって、協調性があって。あと前にレーシェと話したけど頼れる
「おおっ!? 頼れる!……お世辞でも嬉しい言葉です」
「俺は本気で言ってるよ」
パール・ダイアモンドは
パール自らが「気まぐれな
――①「瞬間転移」。
半径三十メートル内に
空間転移の代表的とも言えるだろう。
――②「
こちらは、人と人、物と物の現在地を入れ替える。
ただしその対象が動いていないこと。
かつ能力発動の30分以内に、対象が①の
複雑な制約を伴うが、この②の能力も使い方次第で無限の可能性をもつ。
……普通はどっちか片方ってことが多いもんな。
……でもパールは二つ使える。
使い方次第では、神々の遊びの局面すらひっくり返す。
裏を返せば。
ここまで優秀なパールがいる以上、新たにチームメイトとして加える使徒のハードルも自然に上がると言えるだろう。
「ちなみにパールの希望は? どんな仲間がいいとか、こういうのは嫌だとか」
「え? あ、あたしの希望ですか。悩ましいですね」
パールがむぅっと腕組み。
そのせいで手札が丸見えなのだが、それには気づいてないらしい。
「……あたし怖がりなので、怖い顔の人とか、やたら声が大きい人とかはちょっと苦手かも。レーシェさんは?」
「わたし? ゲームを愛してるなら誰でも歓迎よ。ただ、そうね」
レーシェが目の前をじっと凝視。
対面の席に座っているのはもちろんパールなのだが、レーシェの貫くような視線が注いでいるのはパールの表情ではなかった。
腕組みするパールの腕に、ずっしりと乗った巨大な二つの膨らみを凝視して――
「……ごく一部の部位が大きい女は、許せないわね」
「あたしのどこ見てるんですかっ!?」
「大胸筋よ」
「まさかの筋肉でしたか!?」
「とにかく! わたしより胸とお尻の大きい女がこれ以上増えるのだけは認められないわ。むしろ小さい女を連れてきて! 別に男でもいいけど」
レーシェの宣言が、列車の中に響きわたる。
「そうよねフェイ?」
なんとも愛らしくて可憐なまなざし――
なのに、なぜか寒気が止まらないその笑顔を向けられて。
「……善処します」
フェイは怖々と頷いたのだった。
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