第39話 まさか見逃すとでも?


 都市を一歩離れれば――。


 そこは人間にとって未知の大地が広がっている。


 ――わずか二パーセント。

 この世界大陸に占める、人類の全都市を合わせた面積割合だ。各都市が開拓を進めている途上面積を足し合わせても七パーセント。


 では、残り九十三パーセントは?


 それが秘境。

 恐竜レツクスと呼ばれる巨大原生生物が闊歩する草原に、人間が一時間と経たずに倒れる灼熱の砂地獄、さらには船をも丸呑みにする巨大水棲生物の棲む海。


 人間は、決して地上の支配者ではない。


 フェイたちの住む秘蹟都市ルインや、その他の都市も、都市エリアを鋼鉄の壁で覆っていなければ恐竜レツクスの群れに襲われて一晩で壊滅してしまう。

 

 つまるところ。

 別の都市へ移動するのは、それくらい命がけの行為なのだ。


「……昔の使徒たちには頭が下がりますよねぇ」


 大陸鉄道。

 都市と都市とを繋ぐ道を走る特急列車で、金髪の少女パールが窓ガラスの向こうをちらりと見やった。


 その手に、トランプのカードを四枚手にして。


「使徒を退役した後のことです。手にした神呪アライズの力をいかして都市を警備して、さらに都市の外を少しずつ開拓していったんだそうです」


「へぇ」


 相づちを打つレーシェが、パールの手札から裏返しのカードを一枚引き抜く。

 ババ抜きである。


「開拓って、秘境の探検ってこと?」


「はい。使徒あたしたちって神々から神呪アライズを授かるじゃないですか。あたしは転移能力者テレポーターだから秘境探検の役に立ちにくい力ですが、超人型や攻撃魔法の使える魔法士は、物騒な秘境の探検に大活躍できるんです」


 人間には「力」が要る。

 過酷な大自然を生き残るために、この世界を開拓するための力。神々からもたらされる神呪アライズは、まさに人間が求めている恩恵と言えるだろう。



 神々の遊び七箇条ルール


 ルール1――神々から神呪アライズを受けたヒトは、使徒となる。


 ルール2――神呪アライズを授かった者は超人型・魔法士型どちらかの力を得る。


 ルール5――神々の遊びで勝利したご褒美に、神呪アライズの力の一部をで使えるようになる。

 

 恐竜レツクスからも逃げられる脚力をほこる超人。

 灼熱の風をやわらげる氷の魔法士や、海の巨大水棲生物を吹き飛ばす風の魔法士もいる。


 もとは『神々の遊び』のための力だが――


「人間と神々とで、お互い利害が一致してるんだよな」


 パールの言葉を継いだのは、フェイだ。

 レーシェが広げる手札から一番右端を引き抜きつつ――


「人間に神呪アライズを与えることで、神々は暇つぶしに思いきり遊戯ゲームを楽しむことができると。一方の人間側も、その力で外界を探検することができるようになる」


 それが神々の遊び――

 人類にとって最高の興業エンターテインメントであり、外界に挑む力を得るための場でもある。


「そういえばパールって、どうするつもりだったんだ? ほら俺たちとチーム組む前は、使徒やめますって言ってたじゃん。開拓チームに入る気で?」


「い、いえいえ! あたしじゃ無理ですよ!」


 パールが、左手を大きく横に振ってみせた。


「秘境開拓チームは皆さん超優秀エリートなんです。そもそもあたし怖がりだし、荒野で恐竜レツクスと遭遇したら足が竦んじゃいますよ……だってほら……」


 パールがちらりと見やったのは、外の景色。


 真っ青な蒼穹の下に――

 地平線まで続く、漠々とした真っ赤な荒野が広がっていた。


 大地に吹く熱波は実に六十度以上。ラクダでさえ泡を吹く殺人的な直射日光下で、砂上を徘徊するのは褐色の甲皮で身を包んだサソリや土蟹だ。


 どれもが猛毒を持っている。


 荒野の気候も、そこに棲む生物たちも、人間にとっては危険すぎる代物だ。


「あんな暑い外に出て、あんな危険な生き物がうじゃうじゃいる秘境に出て開拓だなんて、命がいくつあっても足りないですし……」


「あ、それそれ」


 レーシェが興味深そうに顔を上げた。

 力説するパールを見つめて。


「わたしもね、最初にそれ聞いてびっくりしたの。わたしの知ってる魔法文明時代と全然違うんだって。フェイ知ってる?」


「……古代魔法文明のことなら、おとぎ話程度だよ」


 三千年前。

 なにしろ地上の人類が、まだ文明らしき文明が無かった時代。空に浮かぶ魔法の都市があったという。


 ……秘境の開拓チームがごくごく稀に、その痕跡を発掘してたけど。

 ……誰も本気で信じちゃいなかった。


 生きる証人。

 竜神レオレーシェが氷壁から発掘されるまでは、だ。


「魔法士たちが魔法都市を空に浮かべて、人間はそこで生活してたわ。地上は危険だから空の方が安全だって」


「……都市のスケールが桁違いですねぇ」


 パールが思わず苦笑い。

 珍しい話を聞いて驚くはずのところだが、あまりに現在文明と乖離しすぎているせいで、逆に反応に困ってしまったような面持ちだ。


「あの。そういえばレーシェさん?」

「なに?」


「すごく失礼な質問かもしれませんけど、空に都市を浮かべてるくらい安全で繁栄してたのに……なんで現代までそれが継承されなかったのかなって」


「ううん知らない」

「……へ?」


「わたしってば隠れんぼの最中に、海の底でうっかり寝過ごしちゃったのよね。うっかり三千年くらい眠ってる間に文明も無くなってたし」


「あんまりです!?」


「だから現代も人間が生きてて良かったわ。こうして楽しくゲームできてるし」


 レーシェが身を乗りだした。

 そうして指さしたのは、パールの太ももに乗せてあった三枚の手札だ。


「パール、手が止まってるわよ」

「わっ……ごめんなさい。ついお喋りの方に夢中になっちゃって……あ、あたしの番ですよね!」


 パールが慌てて手を伸ばす。

 おそらくは直感だろう。


 何の迷いもなく、フェイが握った三枚の手札から右端にあったカードをさっと引き抜いて。


「――――」


 一瞬。


 ピクリ、とパールの眉がほんの数ミリ痙攣したその瞬間を、フェイとレーシェは見逃さなかった。










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