第35話 神々のゲームへようこそ


 神秘法院ビル。


 午後の日射しがそそぐ五階のカフェで。


「――この通りだ」

「も、もういいですってば隊長!……半年前の失敗で謝るのはあたしの方ですし」


 パール・ダイアモンドは、テーブル向こうの男に慌てて手を振った。

 

自分より年上の男。それも元所属チーム『華炎光インフェルノ』の隊長オーヴァンに頭を下げられるなんて、数日前までは考えられなかったことだ。


「お昼ご飯もご馳走して頂きましたし……あたしとしてはもう十分過ぎです……」

「う、うむ」


 バツの悪そうな表情で隊長が顔を上げた。


「この日まで部下とずっと話をした。チームの皆もお前に謝りたいと言っていた」

「だから十分ですってば!?」


「お前がそういうと思ったから、今日は私一人で話にきた」


 コップの水を勢いよく飲み干す隊長。

 ちなみにこれで四杯目である。


「……都合のいいことはわかっているが、これだけは伝えておきたい。お前のあの失敗ミスでチームが敗北したこと、私は仕方ないことだったと思っている」


「……そうなんですか?」


「あの翌日にそう伝えようとしても、お前、女子寮にこもって出てこなかったじゃないか。電話にも出ないし」


「ごめんなさいっっ!?」


 今度はパールが謝る番だった。


「だ、だってあたし……もう合わせる顔がなくて、てっきり隊長にも八つ裂きにされるくらい恨まれてるんじゃないかって……」


「お前のその思いこみ癖はどうにかならんのか」


 隊長が小さく苦笑い。


「そして一応伝えておく。私は、お前が去っていった後の席をまだ空けている」

「…………」


「お前にその気があるのなら、いつでも復帰は――」

「ありがとうございます隊長」


 穏やかに遮って。

 パールは、元上司に深々と頭を下げた。


「隊長にだから誤魔化さずに伝えますね。あたしもう、一緒にやってみたい人たちを見つけちゃったんです」


「そうだな」


 元上司がふっと微苦笑。

 わかっていた――そう断られることもわかっていたし、パールが入りたいというチームも最初から見当が付いていた。


「何かあったらいつでも相談に来い。心配はしていないが」

「ありがとうございます」


 立ち上がり、再び一礼。

 隊長オーヴァンの微笑に見送られて、パールはカフェを後にした。




 神秘法院ビル。


 広大な敷地に、燦々と照りつける陽がそそぎこむ。

 この都市エインは、北の大寒波地域からも近い。その冷気と太陽の熱波がいりまじる、冷たくも暖かい陽気――


 そんな中庭で。


「レーシェ」

「んー?」


 芝生に寝転んで雲を眺めていた少女に、フェイは歩きながら声をかけた。


「ミランダ事務長が許可くれた。とりあえず俺たちとパールの三人でいいってさ。本当はあと数人はチームに欲しいけどって」


「よしよし。ミランダも話がわかるじゃない」


 レーシェが上半身を起こした。

 芝生の上に直接寝転んでいたせいで、燃え上がるような炎燈色ヴァーミリオンの髪が草だらけだ。あいにく本人はそんなことにも無頓着なのだが。


「さあ! そうと決まったら神々の遊びに挑みましょう!」

「だめ」

「なんでっ!?」


「巨神像の口が開いてない。二日前に一つ開いたけどすぐ定員一杯になったんだってさ。ミランダ事務長いわく、他のチームもやる気なんだって」


 最高の刺激剤だったのだ。


 神々の遊びに挑む世界中の使徒たちが、無限神ウロボロスを撃破するフェイたちを見て奮い立ったと聞かされた。


「じゃあどうするの!」


「予約入れて待つしかないだろ。どうせチーム名も申請しろって言われてるし」

「……むぅ」


 レーシェが膝を抱えて座りこむ。

 不満たっぷりな子供のような仕草、とフェイが思ったそばから、すぐにパッと表情を明るくしてみせた。


「まあいいわ。今なら待つのも楽しいし。ねえフェイ、巨神像が開くまでは毎日わたしの部屋で遊びましょう。パールもね」


「毎朝九時に集合とか?」


「もちろん泊まりこみよ。一日二時間だけ仮眠を許すわ。カフェイン錠剤と栄養ドリンク各種はわたしが用意しておくから」


「怖っ!?」 

「……わたしね、これから先がすごく楽しみ」


 無邪気な笑顔を湛えて。

 元神さまの少女は、燦々と輝く陽を見上げてそう言った。


「わたしは前にこう言ったわ。『この時代で一番遊戯ゲームの上手いヒトを連れてきて』って。どんな人間が来るんだろうって待ち続けて、それで呼ばれたのがキミだった」


「…………」


「期待以上に、期待どおりだった」


 空を見上げながら。

 炎燈色ヴァーミリオンの髪の少女が、横目だけをちらりとこちらに向けてくる。


「それと、もう一人――」

「ん?」


「キミが探してるっていう女の子。キミがそこまで言うくらしだし。さぞかし遊戯ゲームが好きで好きでたまらない人間なんだろうね。わたしも会ってみたい」


「見つけた時には紹介するよ。間違いなく気は合うと思うし」


 ただ、なぜだろう。


 自分フェイのなかで、その未来がふしぎと思い描けないのだ。


 炎燈色ヴァーミリオンの髪の「お姉ちゃん」とレオレーシェ。二人が出会う光景を考えようとしても、おぼろげに霞んでしまう。


 別人だ。

 別人以外ありえないはずなのに。


「………」

「フェイ?」


「あ、いや何でもないよ。ちょっと考えごと」


 レーシェに覗きこまれて慌てて手をふってみせる。


「……まあいいんだ。どのみち、そっちはすべてが終わった後だし」

「?」


「俺たち、始まったばかりだろ?」


 芝生に寝転ぶレーシェに、フェイは手を差しだした。


「まずは楽しまなきゃ勿体ないさ。至高の神さまとの究極の知略戦ゲームを」

「――――」


「次はどんな神さまがどんなゲームを用意してくるのか。楽しみだろ?」

「もちろんっ」


 鮮やかな炎燈色ヴァーミリオンの髪のなびかせて。


 フェイの手を握り返したレーシェが、さっとその場に立ち上がった。こちらに振り向き、そして両手を胸いっぱいに広げてみせた。




「さあフェイ、思いっきり遊びましょう!」







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