Chapter2 都市ツアー編

第36話 レーシェは遊戯に飢えている


 地平線から茜色の陽が差しこむ夜明け――


 神秘法院ルイン支部。

 まだ多くの事務員が出勤前のビルに、なんとも騒々しい声が響きわたった。


「おーいミランダーーーーー、ミランダってば!」


「痛ぁ!? い、痛い痛い痛いですレーシェさんーーーーっ!? あたしのお尻が廊下の摩擦で擦りきれちゃいますってば!」


「く……首が……絞まっ……」


 黒髪の少年フェイと、金髪の少女パールを引きずりながら、ほぼ無人の廊下を爆走していく「元神さま」がいた。


 竜神レオレーシェ――

 燃える炎のように煌めく炎燈色ヴァーミリオンの髪をした少女だ。


 いかにも好奇心旺盛そうな琥珀色の瞳は爛々と輝いていて、上気した頬には可愛らしい色気を感じさせる。


 その正体は、かつて霊的上位世界から降りてきた本物の竜神である。


「……ま、待った……レーシェ!」


 そんな元神さまへ、黒髪の少年フェイは擦れた声を振り絞った。

 窒息寸前。

 なにしろ襟首を掴まれながら廊下を引きずられているのだ。


「俺の首が絞まってるんだけど!?」


「あ、あたしのお尻が擦りきれて真っ平らにぃぃぃっ!?」


 同じく悲鳴を上げているのが金髪の少女パールだ。

 こちらも襟首を掴まれて廊下を引きずられているのだが、発育豊かなお尻が、床を引きずられる摩擦で大変なことになっているらしい。


 そして――


「さあ来たわよミランダ!」


 ミシッ。

 鍵がかかっている機械扉をいともたやすく腕力でこじ開けて、レーシェが突撃したのは事務長の執務室だった。


「おはようございますレーシェ様」


 珈琲カップを手にした女性が、大きくお辞儀。

 この執務室の主である事務長ミランダ。キャリアウーマンの雰囲気をした切れ長の瞳に、知的そうな面立ちが特徴である。


「ちなみに私、夜勤明けでそろそろ寝ようかと思っ――」

「約束は果たしたわよ!」


 そんなミランダの主張を吹き飛ばし、レーシェが左側を指さした。

 涙目でお尻をさすっているパールをだ。


「あいたた……」


「このパールを! わたしとフェイの正式なチーム員にすることにしたわ」


「ええ。これで三人ですね」


 神秘法院に所属するチーム。

 これは神々の遊びが「神VSヒト多数」という仕様上、チームも最低三人からが最小編成となっている。


 三人集めるまでは神に挑むことができないのだ。


「我がルイン支部としても最期待のチームです。なにせあのウロボロスに勝利したのですから。神秘法院の本部も注目していることでしょうね」


「誰に注目されてるとかはどうでもいいの。わたしは早く遊びたいだけだもん」


 そう答えるレーシェが早くも椅子から立ち上がった。


「じゃ。チーム結成できたし、さっそく神々の遊びに行ってこようっと」


「ダメです」

「なんでっ!?」


 執務室の机に身を乗りだすレーシェ。

 すぐ目の前で、のんびりノンカフェイン珈琲をすするミランダ事務長へ。


「チームを揃えれば神々の遊びに参加していいって、そう言ったのはミランダよね?」


「はい。ただしレーシェ様のチームは最小編成の三人です。神々の遊びへの挑戦ダイヴは他チームと合わせて合計十人以上にして頂く必要があります」


「それくらいなら余裕よ!」


 自分フェイたちのチームは現在三人。

 だが水面下では、無限神ウロボロスの撃破後、「神々の遊びでぜひ協力プレイを」と、他チームからの依頼が山ほど来ているのだ。


 他チームとの合計で十人なら決して難しくない。


「話はわかったわ」


 ふふん、と自信満々にレーシェが腕組み。


「十人集めれば、すぐにでも神々の遊びに参加できるのね!」


「ダメです」

「なんでっ!?」


 悲鳴、再び。


「ミランダ!」

「……フェイ君さー、こういう時にレーシェ様をなだめるのが君の役目だろう?」


「俺はなだめましたよ。そこまではやりました」


 溜息をつく事務長に、フェイはソファーに座ったまま頷いた。


「レーシェが地下のダイブセンターに直行するのを止めました。でも事務長の方が説明は上手そうだなって」


「はー……なるほど。それでこんな明け方にやってきたと」


 ミランダ事務長が苦笑い。

 部屋の壁に内蔵された巨大モニターを点けて、画面を操作して。


「ではレーシェ様、まずはこちらをご覧ください」

「……何これ?」


「我が支部が保管している巨神像のダイヴ申請状況です。全部で五つあります。一つは使えないので四つがフル稼働中なのですが」


 

 巨神像「Ⅰ」:予約チーム数13(計241人)、ダイブ可能まで、推定29日


 巨神像「Ⅱ」:予約チーム数17(計277人)、ダイブ可能まで、推定34日


 巨神像「Ⅲ」:予約チーム数14(計201人)、ダイブ可能まで、推定64日


 巨神像「Ⅳ」:予約チーム数19(計283人)、ダイブ可能まで、推定33日



 巨神像とは――

 一言でいうなら異次元への扉だ。


 古代魔法文明時代の遺産で、神々の姿を象った巨大な石像である。この石像に発生する光の扉をくぐることで、人間は「神々の遊び場エレメンツ」に突入ダイヴできる。


「……ねえミランダ? これどういう状況なの?」


 ミランダ事務長が、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。


「遊園地の人気アトラクションで三時間待ちとかザラにあるでしょう? それと同じです。うちの神秘法院にある巨神像で、ダイブ可能なものがどれも予約で埋まってしまっているのです」


「……へ!? どうして!」


 レーシェが目を丸くした。

 巨神タイタンや無限神ウロボロスとの遊戯では、自分たちはすぐに巨神像を使うことができた。


「……なんでこんな急に予約でいっぱいなの?」


「真に申し上げにくいのですが、あえて理由を挙げるなら、それはフェイ君やレーシェ様ご自身です」


 肩をすくめてみせる事務長ミランダ。


「ほら、レーシェ様たちが無限神ウロボロスとのゲームに勝ったじゃないですか。人類史上初の偉業だったわけです」


「うん。それで?」


「最高の刺激薬だったんですよ。使徒なかまが神に勝利する。その姿に勇気づけられたチーム、逆に競争心を煽られたチームもたくさんありまして」


 神秘法院エイン支部の使徒は、総勢一二〇〇人。

 彼らの所属するチームのほとんどが、一斉に「神々の遊び」へのダイブ申請を出してしまったというわけだ。


「あのぉ事務長……?」


 まだお尻をさすっていたパールが、ようやくソファーに腰を下ろして。


「あたしたちが今すぐダイブ申請して、順番待ちになるとどれくらい待てば……」


「モニターの通り、一番早いので巨神像Ⅰだね。ただこれは過去のゲームプレイ時間からの推測だから、ゲームが長引いたらその分遅れるけど」


「へぇ……でも推定一月くらいですね」


 パールがほっと胸をなでおろす。


「あたし半年は待つのかなと思ってました。一月くらいなら、ちょっと長いお休みのつもりで――」


「なるほどわかったわ」


 レーシェがにっこりと頷いた。


「行くわよパール。ダイブセンターはこのビルの地下一階よね」

「へ? どうしてです?」


「巨神像を盗むのよ」


「せめて『借りる』とか言ってください!?」


「わたしが囮になるから、パールが巨神像を盗む役ね」

「無理ですぅぅぅぅっっ!?」


「あ、ちょっとパール! なんでわたしの妨害してるのよ!」


 意気揚々と歩いて行こうとする竜神レーシェ。

 その背中にパールがしがみついて必死に止めようとしている間に。


「……ってわけでミランダ事務長」


 フェイは、事務長に向けて肩をすくめてみせた。


「このままだと危険ですよ。ゲーム禁断症状の出たレーシェが暴れるかも」

「……うーん」


「何か良い案ないですか。他の順番待ちしてる使徒に迷惑かけず、事務方の手間も無く、すぐにでも俺たちが神々の遊びに挑戦できるような方法」


「あるんだよね」


「あるんだ!?」


 今度はフェイが叫ぶ番だった。


 自分がふっかけたのはどう考えても無茶ぶりだ。最初からレーシェを諦めさせるための質問のつもりだったのだが。


 まさか「ある」が返ってくるとは。


「ちなみにどんな裏技です?」


「裏技どころか最高に真っ当だよ……ただ、ウチの支部としては断るつもりだったんだ。フェイ君にもレーシェ様にも秘密にしときたかったんだよねぇ」


 ミランダ事務長が、手にしていたカップを一気に煽る。

 中身の珈琲を一息で飲み干して――


「みんな、再びモニターに注目ね」


 画面が切り替わる。

 四体の巨神像が消えて、次に表示されたものは電子メールの一文だった。


 

 ――『都市遠征ライブのご案内』

 





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