第31話 vs無限神ウロボロス⑧ ―禁断ワード―




です! あ……あそこに真っ赤な二つの眼が!」


 頭上を指さすパールが、声を擦れさせながら絶叫した。


 ウロボロスの眼。


 それは現実世界でいえば、この世でもっとも巨大な「宝石」と呼べる代物だった。

 紅玉ルビー色の巨大な球体が二つ、神の腹面に存在していたのだ。


 それが「眼」であると判断できたのは、フェイたちの乗る天空鯨リヴァイアサンが近づくことで、この巨大な球体がギョロリと動いたからだ。


 見下ろしている。

 人間が近づいてくる一部始終を観察していたのだ。


「……ようやくご対面ってわけか」


 目が合った瞬間から、喩えようのない圧力によって喉がカラカラに渇いていく。


 人間とは何から何まで違う高次元存在。

 それが今、まさしく隠す気のない敵意を放っているのだから。 


「フェイさん! こ、この天空鯨リヴァイアサンたち、あの眼めがけて近づいていってませんか!?」


「眼を狙えってことだろ。今度こそ間違いなくな」


 神からの黙示ヒント

無限に広がる雲海に何百体という天空鯨リヴァイアサンを配置したのは、すべてこの為だったのだ。神の弱点へと導くための。


「じゃ、じゃあ……いよいよ!」


「ああ。この禁断ワード、『ウロボロスに痛いと言わせる』には、あのド派手な眼を壊せってわけだ」


 何十体という天空鯨リヴァイアサンが、渡り鳥のように群れをなす。

 高速で旋回しながらウロボロスの眼へと徐々に距離を詰めていく。そして勢いをつけ、深紅の結晶体へと一直線に上昇。


「ま、眩し……」

「やばい、止まれ!」


 光が瞬いたのは、その瞬間だった。

 

 真っ赤な眼が二つ。

 それぞれが太陽のごとく燦々と輝いたと同時に、フェイは自分たちの乗る天空鯨リヴァイアサンにそう命じていた。


 閃光。

 対の赤眼から放たれた深紅の閃光が、蒼穹を焼き貫いた。


 接近していた天空鯨リヴァイアサンを数体まとめて蒸発させ、その余波を受けた数体もなぎ払われて空の下に落下していく。


 フェイたちの眼前で、だ。


「なっっっな、何で!?」


「そう簡単に勝たせちゃくれないよな。あの二つの眼、どちらも防衛システムだ。互いに互いを防衛してる」


 右目に近づく敵は、左目が迎撃する。

 左目に近づく敵は、右目が迎撃する。


「レーシェそっちは?」

「んー……回りこんでもダメ。ちゃんと眼が感知してくる」


 フェイ・パールの天空鯨リヴァイアサンから離れた位置で、ウロボロスの巨体の陰から近づこうとしたレーシェが慌てて旋回。


「しかも接近できた後も苦労しそうね」


 レーシェが見上げるのは、眼に向かって襲撃を続ける他の天空鯨リヴァイアサンたちだ。


 三方向からの接近は二つの眼では追いきれない。深紅の閃光をすり抜けて通った一体が、右の眼に体当たり。

 さらに後続の二体が、次は左目に食らいつく。


 だが効かない。

 弱点であるはずの眼が、天空鯨リヴァイアサンがどれだけ攻撃しても傷一つついていないのだ。


「つくづく難易度高いな……」


 頭上の光景を見つめ、フェイは息を吐きだした。


天空鯨リヴァイアサンの攻撃じゃアイツの目を砕けない。魔法士にしろ超人にしろ、強力な使徒が直接叩けってわけだ」


「ど、どうするんですかフェイさん!? あたしたちどっちの神呪アライズも攻撃向きじゃないし、レーシェさんに任せるしかないですってば!」


「レーシェに任せるにしても事は単純じゃない。神の眼に感知させない方法がいる」


「……あるんですか?」

「無い、わけじゃない」


 奥歯を噛みしめる。

 一つだけ。針の穴を通すような精度で、奇跡にも近いタイミングによって実現する手段がある。


 ……だけどこの作戦は、失敗時のリスクが半端じゃない。

 ……失敗すれば三人仲良く全滅するぞ。


 他に手段は?

 焦るな、最適解を導きだせ。

 

 フェイが自らにそう言い聞かせるのを裏切るかのように、自分たちを乗せた天空鯨リヴァイアサンが突如として吼えた。

 暴れ馬のごとく、身体を上下左右に振り乱す。


「い、言うこと聞いてくれません! フェイさん、もしかしてこれが例の『一定時間』って奴じゃないですか!? あの隠しルールその2の……」


「こんな時に時間切れか!」


 使役できる時間が終わるのだ。

 神にもヒトにも属さない第三者ギミツクゆえに、再び完全な中立モンスターに戻れば、自分たちは空に振り落とされる。


 もう時間がない。


「フェイ、先いくよ」


 まず決したのはレーシェだ。


 天空鯨リヴァイアサンの頭を蹴って空中へ。さらに次々と別の天空鯨リヴァイアサンへ。

 空の階段を登るように。


 天空鯨リヴァイアサンを踏み台にして飛び移ることで、ウロボロスの閃光をかいくぐりながら眼へと向かっていく。


「ああくそっ、考える時間は無しってわけだ。やるぞパール」


「な、何をです!?」

「よく聞け。


 最後の作戦。


 一秒さえ惜しい時間のなか、フェイがパールに伝えた僅かな言葉は、自我を取りもどしつつある天空鯨リヴァイアサンたちの咆吼によって掻き消された。


「ほ、本気ですか!?」


「やらなきゃダメなんだよ。それも完璧なタイミングでだ。なにせ相手が相手だからな」


 知恵を尽くし、技巧を尽くしてもまだ足りない。

 これはそういう相手なのだから。


「神は、自ら奇蹟をひらく者にこそ微笑む。そうだろウロボロス!」




 これが――

 勝者と敗者を分かつ、最後の40秒――――







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