第30話 vs無限神ウロボロス⑦ ―禁断ワード―




 顔を持ち上げる。

 フェイのはるか頭上にそびえ立つウロボロスの尾を、瞬きも惜しんで凝視した。


 ……そう、やっぱり注目すべきはこの尾だ。

 ……反撃してくる仕掛けギミツクがあるのはわかったけど、一つ疑問がある。



 



 自分フェイとレーシェ以外は『即死』。神呪アライズを受けた超人や魔法士であっても耐えきれないどころか過剰殺戮オーバーキルにも程がある。


 さしずめ、羽虫に向かって大砲を撃つようなものだろう。

 逆算して――


「あの超巨大な閃光に、過剰殺戮オーバーキル以外の意味があるとしたら?」


 閃光が灼き貫いたのは使徒四人。

 それ以外は、この澄んだ青空と無限に広がる雲海だ。それをじっと見渡して。


「…………なるほどね」


 拳を握りしめる。

 その場で大きく頷き、フェイは無言で立ち上がった。


「っ、ど、どうしたんですフェイさん? 急に!」


 そのパールの声掛けには答えぬまま。

 フェイが目を向けたのは、今も煮えきらない表情でいる華炎光インフェルノの面々だ。


「隊長、先に謝っておきます。たぶんさっき以上の犠牲が出る」


「……何?」


 振りかえる隊長オーヴァンへ。

 フェイは、溜めていた息を吐きだした。


ウロボロスをもう一度怒らせる」


「バカなっ!?」


「そのかわり必ず勝つ。俺とレーシェとパールで。だから誰が脱落しても、現実世界の生放送ストリームで最後まで見ていてほしいんだ」


「ど、どういうことだ。おいフェイ!?」

「レーシェ!」


 炎燈色ヴァーミリオンの髪の少女に向かってフェイは声を張り上げた。

 銀色にそびえ立つウロボロスの尻尾を指さして。


「もう一度だ。思うぞんぶん殴ってやれ!」

「なっ、何を――」


「どかんとね!」


 目を爛々と輝かせたレーシェが、その拳をウロボロスの尻尾めがけ叩きこんだ。


 衝撃。


 竜神レーシェの拳を受けた神の背が大きく揺れる。

 パールが殴った時の何百倍であろう輝きが尾に満ちて、次の瞬間、何千本という極大の光がその棘から膨れ上がった。


 ウロボロスの反撃。


 放たれる閃光。

 背中に乗っていた華炎光インフェルノの使徒たちを一瞬でかき消して、無限に続く雲海を貫いて、そこに泳ぐ天空鯨リヴァイアサンたちをも撃ち落とす。


 残るは三人。

 光線を弾いたレーシェと、そのレーシェに守られたフェイとパールの二人のみ。


「い、いったい何を!? あたしたち以外みんな脱落して……」


「やっぱりそうか」


 金切り声を上げるパールの隣で。

 フェイは、眼前に起きつつある光景に身を震わせていた。


「パールあそこだ。雲海の切れ目」

「っ!? な、なんで……!」


 金髪の少女が目を剥いた。

 信じられないという面持ちで、その驚愕に同じく声を震わせながら。




「なんで天空鯨リヴァイアサンたちがウロボロスを攻撃してるんですか!?」




 そう。

 雲海から浮上してきた天空鯨リヴァイアサンたちが、次々とウロボロスに襲いかかっていたのだ。


 噛みつかれたウロボロスは無傷だが、それでも天空鯨リヴァイアサンたちは血走らせた眼で攻撃を続けている。


「神の配下だったはずなのに……」

「おー、そういうこと」


 ぽんと手を打ったのはレーシェだ。




だったのね」




 神にもヒトにも属さない第三者ギミツク

 

 配下ではなかった。

 ウロボロス天空鯨リヴァイアサンは、この空でただ共存していただけに過ぎなかったのだ。


「え!? そ、そんな事って……」


「だから言っただろ。過去の常識データをあてにするなって。神のゲームは自分の力で一つ一つ検証していくしかないんだよ」


 そう言うフェイ自身、内心の昂ぶりに全身のふるえが止まらない。


「なあパール。天空鯨リヴァイアサンが神の配下だなんて、ウロボロス

 

「……あっ!?」


 過去敗北していった使徒たちは、空を泳ぐこの巨大モンスターを一目見て、誰もがウロボロスの配下と思い込んだ。


 だが違う。


 天空鯨リヴァイアサンが雲海に落ちた人間を襲うのは、ただただ単純に、それが自分たちの領土侵入と見なしたから。


 今はその逆――

 ウロボロスの閃光の巻きぞえとなったことで、天空鯨リヴァイアサンは神を敵と見なしたのだ。


「俺たちさっきは気づきもしなかった。まず閃光に大慌てだったし、華炎光インフェルノの脱落者が出たってことにしか目が向いてなかったからな」


「……そ、そうだったんですね」


 パールが唇を噛みしめる。

 気づいたのだ。フェイが自ら恨まれ役を買って出たことを。


ウロボロスの閃光を誘発させれば再び被害が出てしまう……でも誰かがやらなきゃいけない。それでフェイさんが……」


「それはどうでもいいんだよ」


 パールの肩をぽんと叩いて、フェイは雲海した天空鯨リヴァイアサンを指さした。


「あの天空鯨リヴァイアサンまでざっと二十メートルってとこか。いよいよお前の出番だ」


「な、何がです?」


「敵の敵は味方って理屈知ってるか? ってわけでアイツらまで跳ぶぞ!」

「ちょ、ちょっと――――っ!?」


 パールの手を握り、フェイは全力でウロボロスの背を走りだした。

 崖から飛び降りるように。


 ウロボロスの背からパールと二人で跳躍。


 もちろん真下は何もない。無限の雲海が広がっているだけだ。


「パール、お前の力の見せどころだ!」


「あまりに無茶苦茶ですってばぁぁぁっっ……『気まぐれな旅人ザ・ワンダリング』、発動します!」


 パール・ダイアモンド。

 転移能力者テレポーターの力をもつ少女が叫んだ瞬間、虚空に黄金色のが出現した。


 瞬間転移――

 半径三十メートル以内の任意地点に転移門ワープポータルAとBを生成。Aを通過した者をB地点に転移させる。


 Aはフェイたちの目の前に。

 そしてBは、天空鯨リヴァイアサンの背中の上に。


「転移します!」


 視界がブレた。

 そう思った時にはフェイとパールは、二十メートル以上も離れた天空鯨リヴァイアサンの背中の上に転移していた。


 ただしウロボロスと違って激しく動くせいで足下は不安体極まりない。


「わわっ、落ちる落ちます!?」

「掴まっとけよ。こっからもっと激しくなるぞ、レーシェ!」


「お待たせ」


 続いてレーシェも別の天空鯨リヴァイアサンに着地。

 転移ではなく、こちらは悠々と単純に二十メートルを跳躍してだ。


「フェイさん、ウロボロスが!」

「ああ、いよいよだ」


 変化が起きた。


 フェイたちが天空鯨リヴァイアサンに飛び乗った途端に、今まで泰山のごとく不動だったウロボロスが大きく旋回を始めたのだ。


 


 これこそが神の定めし攻略手順であると、そう告げているのだ。


「…………すごい。フェイさん、本当にすごいです!」


 その光景にパールが身震い。

 興奮と昂ぶりを抑えきれない、そんな口ぶりで。


「あたしたち、ウロボロスの遊戯ゲームの全貌を解けたんですね!」




ゲーム内容『禁断ワード』


【勝利条件】ウロボロスに「痛い」と言わせること

【敗北条件】参加者全員が脱落すること


【隠しルール1】ウロボロスの尾を攻撃することで、「反撃」   

【隠しルール2】ルール1達成時、一定時間のみ天空鯨リヴァイアサンを使役できる。




「ここまで攻略を進められたの、間違いなくあたしたちが世界で初ですよ!」

「ああ。だけど感動するのは後だ」


 天空鯨リヴァイアサンにしがみつく。


 ウロボロスが動きだし、天空鯨リヴァイアサンたちがそれを追って飛翔する。あたかも雲海を舞台にしたカーチェイスのごとく。


「ようやく前哨戦チユートリアルが終わったところか」


前哨戦チユートリアル!? これだけやってもまだやることがあるんですか!?」


「どうやって『痛い』と言わせるか」

「あ……」


 金髪の少女が息を呑んだ。

 そう。これだけの攻略手順を重ねてなお、無限神ウロボロスの遊戯ゲームには依然として終わりが見えていないのだ。

 


 1:高度七百メートルからの自由落下に耐える。

 2:背中はいくら攻撃しても無駄。


 3:ウロボロスの尾の反撃システムを発見する。

 4:ウロボロスの尾の反撃システムが「罠」ではないことに気づく。


 5:その反撃で天空鯨リヴァイアサンが巻きぞえになる。

 6:怒った天空鯨リヴァイアサンたちが神に向かって攻撃開始。


 7:この天空鯨リヴァイアサンは神の仲間ではなく中立モンスター。

  (ここに気づくことが重要)

 8:天空鯨リヴァイアサンに飛び乗って「共闘」へ。



 ここまでさえも、おそらく人類未到。


 なのにまだ前哨戦チユートリアル。このウロボロスという神は、どれだけ難題な遊戯ゲームを人類に用意したことだろう。


 が。


「楽しそうですね……」

「最高だね」


 雲海を泳ぐウロボロスを追いかけながら。

 フェイは、隣のパールに向かって頷いてみせた。


「パールもわかっただろ。神さまの遊戯ゲームってのはどんなに難解でも不可能はない。これもそうさ。巧妙に手がかりヒントが隠されて、注意深く観察すれば攻略が進むカラクリになってる。完璧に計算された謎解きゲームだ。つまり――」


「こっからさらに楽しませてくれるのよね」


 隣を滑空する天空鯨リヴァイアサンの上で、レーシェがウィンクしてみせた。


「まずは本当の弱点探しね。あれだけ派手な尻尾がこのための仕掛けギミツクなら、別の弱点があるって言ってるようなものよ」 


「ああ。じゃあどこを探すかだけど」

「もちろん一番怪しい場所からよ」


 レーシェが頷く間に、天空鯨リヴァイアサンたちがみるみると高度を下げていく。

 雲海の中へ潜っていく。


「『背に腹はかえられぬ』って言い習わしが人間にはあるんでしょ? わたしたちがいたのは神の背中。なら、その裏側にあるお腹かしら」


「いくぞ、ウロボロスの下に潜りこむ」


 雲海の下へ。


 息すら詰まるほどに濃い雲を突き抜けて、浮遊する無限神ウロボロスを真下から見上げたフェイたちは、一斉に目をみひらいた。


 そこで見たものは――――












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