第29話 vs無限神ウロボロス⑥ ―禁断ワード―


 ウロボロスの背中で――

 自分たちは何かが出来るようになっているはずなのだ。


 真っ先にフェイが思いついたのは「神呪アライズを強化できる」こと。


「たとえば俺たちの神呪アライズが強化されて、その力でウロボロスに攻撃することで効果があるとすれば? どうかなレーシェ」


「それなら一番可能性があるのがパールよね。こっちこっち」


「は、はい!? 何でしょうレーシェさん」


 レーシェの呟きを耳ざとく聞きつけて、金髪の少女が勢いよく顔を上げた。


「あたしに何か?」

「それを今から確かめるのよ」


 レーシェが颯爽と動いた。

 きょとんとするパールの顔を両手でおさえ、そのほっぺを優しくつまむ。


 ぷにっ、と。

 その感触を確かめるように何度も摘まんだり離したり。


「むむっ。この霊的上位世界でありながらも確かな触感。肌はもちもちと弾力があって、表面はしっかり水分が潤ってるわね」


「……あ、あのぉ。あたしのほっぺ摘まんで何してるんです?」


「最高のゲームプレイは最高の体調で実現されるわ。この肌のしっとり柔らかい触感から察するにあなたの今日の体調は……合格っ! 合格よパール、今後もよりいっそうゲーム道を究めるために精進なさい!」


「…………あのぉ」

、と」


 パールの頬から手を離したレーシェが、真顔へ。


「隠しルール1を達成したのはパールだから、何か変化はないかなって」

「? どういうことです?」


「フェイが言ったでしょ、ウロボロスの尻尾を攻撃して反撃をもらうのが正しい攻略ルートじゃないかって。そうすると次が『ルール1達成時、■■を■■できる』だから、何かが『できる』ようになってるはずでしょ?」


「……そう言われても」


 パールが、自分の掌をまじまじを見つめる仕草。


「あたし何も変わりないですが……」


「よく確かめて。突然に空が飛べるようになったとか時速三百キロで走れるようになったとか。一日十五時間は昼寝できそうとか何でもいいわ」


「最後明らかに適当ですよね!?」

「何かない?」

「ないですっ」


 そんな二人のやりとりを見守りながら。


「パール、じゃあ試しに実力テストだ」


 座った姿勢のまま金髪の少女を見上げて、フェイは足下を指さした。

 ウロボロスの背中をだ。


「さっき尻尾を殴った要領で、次は背中コイツを殴ってみてくれ。蹴ってもいい」

「……はい?」


「隠しルール1を達成したご褒美に、ウロボロスにダメージを与えられるようになってるかもしれない。それで『痛い』って言わせりゃ俺たちの勝利だ」


「おお! それは可能性がありそうですね!」


 パールが身を屈めた。

 表情を引き締め、拳をゆっくりと握り固める。


「フェイさん見ていてください、不肖パール、今度こそウロボロスを撃破してみせましょう!」


「頑張れ。今回は確度高いはず」

「たあっ!」


 みしっ。鋼鉄より硬い鱗に拳を打ちつけた結果、パールの手首から何とも嫌な音が響きわたった。


「――――」


 その顔がみるみる青ざめていって。


「いったぁぁぁぁぁ!?」


「あー、ダメか。今回は〇・二パーセントくらい可能性があったと思ったけど、やっぱりそう簡単に攻略させちゃくれないよなぁ」


「あたしの手が真っ赤になっただけですが!?」


「そりゃあ硬い鱗を殴ったんだから腫れるのも仕方ない」

「せめて先に言ってください!」


「俺がさっき鱗を蹴って痛がったの覚えてるだろ。とにかくこれで一つ前進だ、また考えりゃいいさ」


 座りこみ、フェイはその場で目を閉じた。


「……何してるんです?」


「考えてる。この雲海くもも見飽きたし、しばらく目を閉じた方が気分転換になるかなって」


 隠しルール1――ウロボロスの尾を攻撃すると、反撃。   

 隠しルール2――1達成時、一定時間のみ■■を■■できる。


 何が「」?


 一番可能性が高かったのがウロボロスを「攻撃できる」。パールの攻撃が届いて「痛い」と言わせることで勝利と思ったが。


 ……パールが殴ってもウロボロスは無傷。

 ……つまり隠しルール2は、まったく別の「できる」ってことになる。


 それらしいものが見つからない。

 無限神ウロボロスは延々と雲海をたゆたうだけ。神々の遊び場エレメンツは見渡すかぎりの雲海で、天空鯨リヴァイアサンが泳いでいるだけ。


 ……そもそも『一定時間のみ』ってのが妙なんだよな。

 ……なんで制限時間つきなんだ? 


 この遊戯ゲームに制限時間は無いはず。

 にもかかわらず、隠しルール2のみ「一定時間」という制約があるのはなぜだ?


 考えろ。

 まぶたを閉じて思考にのみ集中する。


 ……ウロボロスは、この遊び場に人間おれたちを招いて何をさせたがってるんだ?

 ……まだ俺たちが試してない選択は、何だ?


 ウロボロスの背をここまで歩き続けてきた。

 ウロボロスの尻尾を攻撃して反撃を受けた。


 他に何がある? 

 神さまの背中の上にだけの人間に、どんな選択肢が残っている?


 模索し続ける。


 新たな選択肢を見つけ、そして消す。時間がどれだけ経過したのかもわからない。目をつむって頭だけを全力で回転し続けて。


 一つ。

 たった一つだけ、フェイの脳裏に留まり続けた可能性があった。



 口を開きかけた、その矢先。

 

「……もうやめだ」


 ぼそっと。

 男の使徒が吐き捨てた呟きに、華炎光インフェルノのメンバーがざわめいた。


「何が遊戯ゲームだ。こんなの人間を弄ぶだけの一方的な虐殺同然じゃないか……」

「私もそう思います」


 さらに別の少女も。


「隊長、この空間に突入して十時間が経過しました。既に、神々の遊びの平均攻略時間を上回っています……ですがまだ私たち、犠牲を出しただけです……」


「俺も同感です。これ以上の進展は望めないかと」

「隊長、降参を考えるべき時間じゃ……」


 堰が切れた。   

 あまりに理不尽な遊戯ゲームに対して、精神力が限界に到達したのだろう。


「隊長!」

「だ、だが……」


 部下に見つめられた隊長オーヴァンの歯切れは悪い。

 彼の後ろにいる数名の部下――そう、ここには『二敗』のメンバーもいるのだ。


 使徒は『三敗』によって神々の遊びの資格を失う。そうなれば退役。何より隊長自身が、既に二敗でもう後がない。


 ここでの降参は、自殺も同然。


「なんで……私たちがこんな神をひかなきゃいけないの……」


 使徒の一人が唇を噛みしめた。

 なぜ自分たちがこんな不運を? 神々の遊びを攻略したいと願っているのに、無敗の神を引いてしまう絶望を味わわなければならないのか?


 そして、そんな不満の行きつく先は――――


 責任転嫁。

 往々にして、弱い立場の者に責任を押しつける「憂さ晴らし」に至る。  



 ざわり、と。

 華炎光インフェルノのまなざしが射貫いたのは、背後に立つ元チームメイト――パールだった。


「半年前、誰かさんが足を引っ張ったせいで」

「あの全滅がなかったら、私だってまだ一敗だったのよね。ここでウロボロスに負けてもまだ余裕があったのに」


「……あ、あの!……そんな、あたし……っ……それは……」


「謝れば俺らの負けが取り消されるのか?」

「っ!」


 パールが息を呑む。

 元チームメイトの刺々しい言葉を浴びて、その表情にみるみると陰が落ちていく。


「ウロボロスを引いたのも誰かさんの呪いだな。なんでわざわざ俺たちの行く手について回るんだか」


「…………」


 声にならない。

 ここで口答えしても火に油を注ぐだけ。それがわかっているからパールは目を逸らし、ただ無言で耐え忍ぶだけ。


 そしてパールから反論がないからこそ、さらに口撃は増していく。


「お前が」



「――――――――――



 その全てが。

 元神の少女レーシェの放った言霊に、蹴散らされたかのごとく静まりかえった。


「さっきから見ていれば」


 愛らしい少女の面影はもはやない。

 そこに立っているのは、直視を許さない竜の眼光で華炎光インフェルノを睨みつける「神」。その全身に、炎燈色ヴァーミリオンの髪と同色の炎がうっすらと燃え上がっていく。


 おそらくは――

 この火の粉一つでも触れたら、どんな強力な使徒も消し炭だろう。


「貴様ら、この女を嬲るのがそんなにも心地いいか?」

「っ!」


 パールが、弾かれたように顔を上げた。


 元神レーシェのあまりに強烈な激昂にパール自身が怯えてしまい、今まで気づきもしなかった。レーシェは、自分のために怒ってくれていたのだ。


「目障りだ。そんなにも嫌ならばここから去れ。我が、貴様らを現実世界に返してやってもいいのだぞ」


「……ぅ……ぐっ!?」


「どうする?」

「ま、待てよ! 元神さまがそんな人間を庇い立てするなんて卑怯じゃねえか!」


 吹っ切れた。

 そんな苦笑いを浮かべた使徒の一人が、パールを指さした。


「俺らとパールの関係はアンタに関係ないはずだ。そこのパールのせいで俺らが全滅したのは事実だろうが!」


「…………」


「それを庇うのは不自然で――」

「ばか」


 レーシェの応えは、呆れ果てた溜息だった。


「はー、もういいわ。あんまり的外れで怒る気力も失せちゃった」


 声も目つきも元通りに。

 その全身を覆っていた炎と共に、レーシェから怒気が抜けていく。


「勘違いしないでほしいけど、パールとはまだチームも組んでないもん。情なんてないわ。そもそもよ」


 いまだ困惑中のパールを指さして。


「この人間をよくご覧なさい」

「……あたし?」


「わたしが、わたしより胸の大っきい女を庇うわけがないでしょう!」

「胸の大きさは余計ですっ!?」


「脱げばさらにすごいんだから。服の下にとんでもないモノを隠してるのよこの子は!」

「やめてやめてやめてぇぇぇっっっ!?」


「――と言っているの」


 レーシェが、炎燈色ヴァーミリオンの髪を指先で梳る。


「パールと華炎光あなたたちの確執とかどうでもいい。わたしが怒ったのは、真剣にやってるゲームに雑な感情を持ちこんで台無しにするその態度」


「…………」


「こんなワクワクするゲームなんだから、もっと楽しそうにしたら?」

「……楽しいだって?」


 耳を疑うように使徒たちの口が半開きに。


「これが楽しいだなんて嘘だろ、だって何一つ攻略の糸口もわかってないんだぞ。一方的に脱落者が出てるだけじゃないか!」


「そう?」


「ああそうとも。この場の誰が、アンタ以外で諦めてないだなんて言える……」


「いるんだよね」


 レーシェが自信満々に頷いた。

 その言葉を待っていたと言わんばかりに。


「神々の遊びを本気で楽しんでる人間を、わたしは一人知ってるよ。ね。フェイ?」


「……あと少し」


 ウロボロスの背に座りこんで――

 その場で唯一目を閉じていたフェイは、レーシェの言葉に片目を開けた。


 パールが華炎光インフェルノに口撃されている間も黙っていたのは、そこに割って入るのを躊躇したからではない。


 聞こえていなかった。


 外部情報のすべてを遮断。意識のすべてをこの遊戯ゲームの追究に割いていた。


「もう少しで閃きそうなんだ」


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