第28話 vs無限神ウロボロス⑤ ―禁断ワード―



「……え? あ、あれ。ゲームクリアは?」


「あー。やっぱりそうか」


 後ろに後ずさりながら、フェイは大きく息を吐きだした。


「パールさ、自分がいきなり他人から頭を殴られたらどう思う?」

「? そりゃ怒りますが」


「なら神さまだって当然怒る。そして神さまを怒らせると何が起きるか――」


 光が、ウロボロスの尾の先端に集まっていく。

 それが意味するものは。


「パール、屈んだ方がいいわよ」

「ひゃぁっ?」


 レーシェがパールの頭を抑えて、強引に伏せさせる。


 ウロボロスの反撃――


 何百本におよぶ光線が、ウロボロスの尻尾から撃ちだされた。


 背中に乗っている使徒たちを無差別に焼きはらい、雲海を真っ二つに切り裂いて、そこにいた天空鯨リヴァイアサンもろとも薙ぎ払う。


 もしも――

 もしもこの熱線が現実世界で放たれたら、高層ビルの壁面がバターのように焼き溶けて真っ二つに倒壊していただろう。


 では、それを人間が浴びれば?


「お前たち!?」


耐えられるわけがない。

 隊長オーヴァンの眼前で、ウロボロスの光線を浴びた部下たちが悲鳴さえ上げずに消滅。光となって現実世界に強制送還されていく。


 四人脱落。

  華炎光インフェルノの残り十人。フェイたち残り三人。


 光と熱波が収まったそこには、無傷のままのウロボロスの尻尾。


「……な……なんで……」

だ」

 

 頬に擦り傷ができた隊長オーヴァンの、押し殺した声音。


 幸いにして隊長は光線が頬をかすめたに留まったが、直撃していれば部下と同じく一瞬で消滅していたに違いない。


「過去に挑んだ者たちが散々試した。ウロボロスの尻尾はあえて人間に攻撃させるようになっている。触れた瞬間にあの光線で全滅だ」


「……ち、違うんです……あ、あたしは……」


 ふるふると首をふるパールは、目の端に涙をにじませて。


「あたしは悪気があったわけじゃなくて、今度こそみんなの役に立ちたくて。そ、そうですよねフェイさん?」


「――――」

「フェイさん?」


「よしわかった。この尻尾はやっぱり特異性がある。ウロボロスが意図的に組み込んだ仕掛けギミツクだとしたら、今の光線はもしや――」


「真面目な顔してる場合ですかぁぁぁぁあっっっっ!」


 怒られた。

 眉をつり上げたパールが、起き上がるなり飛びつくように迫ってきて。


「フェイさん!」

「な、何だよ。今もう少しで何か閃きそうだったのに」


「まさかこの尻尾に触ったら反撃されるって気づいてたんですか」

「うん」


「なぁぁぁぁんで、そ、れ、を、先に言わなかったんですか! おかげで――」

「落ちつけパール」


 ふるえる少女の肩を両手で掴む。

 真っ赤にした顔をじっと覗きこみ、フェイはゆっくりと口を開いた。 


「お前がやらなくても俺が試してた」

「全然嬉しくないですが!?」


「大事な検証なんだよ。これは俺の持論だけど、神々の遊びに過去のデータなんて意味がない。過去の使徒が試した? そんなの信じちゃいけない」


「……何でですか」

だからだよ」


 暇を持て余した霊的上位存在たち――

 人間では測りきれない思考の神々が、律儀に同じ遊戯ゲームを仕掛けてくるわけがない。

 巨神タイタンの前例ない『神ごっこ』がいい例だ。


「どんなルールでどんな勝利条件か。その駆け引きこそが知略戦ゲームだろ? 自分で一つ一つ検証していくしかないんだよ。そもそも一度も勝ててない神の過去データが正しいなんて保証がどこにある?」


「…………」


「だから実証が必要なんだ。たとえば今の攻撃で巻きぞえを食うのが俺だったとしても、俺はお前に責任を押しつけない」

「っ!」


 パールが息を呑む。

 フェイのその言葉は自分パールにではなく、後ろにいる華炎光インフェルノの使徒たちに向けたものだと気づいたからだ。


「神さまとのゲームで人間の完全勝利なんてありえない。罠かもしれない? それを承知の上で進むしかないんだよ。だからこそ、ゲームで一番大事な約束は『ミスした仲間を責めないこと』だ」


「…………」


 顔をしかめる華炎光インフェルノの使徒。

 そんな彼らにも伝わるよう、フェイはウロボロスの尾を見上げてみせた。


「隊長、さっきアンタたちはこれを罠と言いました。人間側に攻撃させるようわざと銀色の鱗を目立たせて、反撃する罠だって」


「……そうだ」


「俺は別意見です」


「何っ?」


「ウロボロスがそんな罠を楽しむのかな。だってそうだろ。こんなにも規格外の神さまが、たかだか人間数人を罠にはめて喜ぶ? 


 意味があるはずなのだ。

 無限神ウロボロスが、この尻尾にだけ明らかに仰々しい仕掛けギミツクを用意した。


 使

 そう言ってきているのだ。 


「罠じゃない。ならば何だと?」


「正当な攻略手順ですよ。このゲームの内容を思いだしてください」


 ゲーム内容『禁断ワード』


【勝利条件】ウロボロスに「痛い」と言わせること

【敗北条件】参加者全員の脱落


【隠しルール1】?????  

【隠しルール2】ルール1達成時、一定時間のみ■■を■■できる。


 自分フェイが注目したのは『隠しルール1』だ。


「俺の考えはこうです。『ウロボロスのすると、』。これは罠じゃない。俺たちは、ウロボロスが設定した攻略ルートを正しく進んでる」


「冗談じゃない!」


 叫んだのは、腕に裂傷を負った使徒の一人だ。


「俺の傷を見ろ、あの何百って閃光を見てそう言えるのか!? 一歩間違えれば全滅するところだったんだぞ!」


「四人だけど」

「……何?」


「退場した四人は確かに気の毒だ。でもウロボロスが本気で狙った発砲ならもっと犠牲が出てなきゃおかしいと俺は思う」


 罠ではない。

 光線の威力こそ桁外れだが、その狙いは人間を巧妙に外していた。


 ……何百もの光線が全部外れたらいかにも怪しいもんな。

 ……攻略ステップその一だって丸わかりだ。


 だから「罠」のように取り繕って、数人にだけは直撃させたのだ。そのアタリを引いた使徒は不運という他ないが。


「あなた正気……?」


 使徒の少女の、唖然とした目つき。

 他のメンバーも同じような雰囲気だ。


「これがウロボロスの設定した攻略ルートだなんて、本気で考えてるの? そこのパールを庇うために適当なこと言ってるんじゃないでしょうね」


「俺はごくごく真剣に考えてる」

「――フェイ」


 苦々しい面持ちで、華炎光インフェルノの隊長が口を開いた。


「この尾を攻撃することが攻略手順だとしても、ここから何をする気だ」


「当然、次は隠しルール2の検討ですよ」

「そこまで言いきるなら目星がついていると思っていいな?」


「いえ全然」

「っ!? そんな悠長な……!」


「悠長でいいんですよ。これは制限時間付きの遊戯ゲームじゃない。こっちから攻撃しないかぎり尻尾からの光線もなさそうなんで」


 飄々とそう答え、フェイはウロボロスの背中の上で座りこんだ。

 片足を胡座座りに、もう片足の膝を立てて。


 ……さあ考えろ。ウロボロスの尻尾を攻撃するのが隠しルール1だとすれば。

 ……当然、隠しルール2が次の行動指針になるはずなんだ。


 隠しルール2――

 隠しルール1達成時に『一定時間のみ■■を■■できる』。


「いったい何が『』かだ……」






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