第27話 vs無限神ウロボロス④ ―禁断ワード―

   

 雲の水平線――


 人間の目では見通せないほど先まで延びたウロボロスの背中を、フェイが延々と歩き続けたその先で。


「あ、フェイだ。こっちこっち!」


「も……もう走れ……ません……っていうか結局フェイさんを待つことになるんじゃないですか。あたしが全力疾走した意味っていったい……」


 陽気に手を振るレーシェと、ぐったりと倒れたパールの姿。


「お待たせ。ここが最果てか?」

「うん。ねえ見てフェイ。!」


 レーシェが目を輝かせて後ろを指さした。


 ウロボロスの尻尾。

 その尻尾がほぼ直角に折れ曲がり、真上に向かって伸び上がっていた。見上げるフェイからすれば巨大な壁のようだ。


「しかも派手だな。尻尾にでかい棘まで生えてる」


 ウロボロスは全身が鱗で覆われている。

 それに加えて、この尻尾には巨大な棘が突きだしているのだ。


「いいじゃん」

「でしょ?」


「ああ。ようやく本番って感じがしてきた。あのでっかい棘も気になるけど、尻尾の色がっていうのが最高だ」


 今までフェイが歩いてきた鱗は、深紫色に照り輝いていた。


 なのに尻尾の鱗だけが銀色。

 見れば見るほど「ここだけ特別です」という意図メツセージにしか思えない。 


 ……ウロボロスからのヒントなのは確かだよな。

 ……たとえばこの尻尾が急所です、っていう可能性は?


 おまけに棘まで生えている。

 棘というものは、たとえばハリネズミや薔薇に棘があるように「触るな」という自衛の意味を持つものだ。


「レーシェ、この銀色の尻尾って調べたか? 触ったりよじ登ったり」

「ううんまだ。迷ってたの」


 レーシェがあっさりと首を横にふる。


「だって怪しすぎるもん」

「……俺もそこで悩んでる。ただ、そう見せかけて裏の裏の可能性もあるし」


「わかりましたぁぁぁっ!」


 フェイとレーシェが腕組みしているなか。

 全力疾走で疲れきっていたはずのパールが、大声とともに飛び起きた。


「フェイさん!」

「うわビックリした! どうしたんだよ」

「ふっふっふ……」


 さっきまでの弱気が嘘のように、パールが大股で迫ってきた。勝利を確信したと言わんばかりの勝ち気な微笑をにじませて。


「あたしは発見してしまったのですよ。無敗の神ウロボロスの攻略法を!」


「……発見だって?」


「教えてさし上げましょう。この尻尾にご注目です。ここだけが銀色に輝く鱗に覆われていて、ご丁寧に棘まで生えてる。いかにも怪しい!」


「あー……パール、嫌な予感がするからちょっと待っ――」

「そしてそして!」


 フェイの制止の声は届かなかった。

 直角にそびえ立つ尻尾を指さして、パールの声にますます力がこもる。


「これは『ウロボロスに痛いと言わせる』ゲーム。だとすれば鱗の色が違う尻尾こそ急所で、この棘はあたしたちを近寄らせないための牽制! いかがでしょう!」


 知っている。

 フェイとレーシェも尻尾を見るなり二秒で気づいたし、さらに言えば予想ができている。


 ……でもパールの自信は相当なものだ。

 ……俺やレーシェと同じ段階か、さらに先まで発見があったのか?


 ごくりと息を呑み、フェイは金髪の少女をまっすぐ見据えた。 


「ならば教えてくれ。この神の攻略法を」

「はい! それは……」


「それは?」

「この尻尾を攻撃することです! この急所を殴ることでウロボロスが痛くて悲鳴を上げて降参する。もう間違いありません!」


「…………なるほど」


 そう応じるフェイはいかにも疲れた返事なのだが、自らの発想に陶酔しきったパールが気づくわけもない。


「どうですかフェイさん、レーシェさん! このあたしの世紀の大発見!」


「パール、一つ聞いていいかな」

「何なりと」


「もしや思いこみが激しいって言われることないか?」

「え?」


 きょとんと、パールが目を丸くした。 


「なんでご存じなんです? よく両親とお姉ちゃんからそう言われます」

「……なるほど」


「あと近所のお婆さんたちやスーパーの店員さん、郵便配達のお兄さんからも、『パールちゃんって意外と頭が軽いよね』って心配されるんです。まったく失礼しちゃいますよね?あたしとしては心外です」


「どんだけ知れ渡ってるんだよ!?」


「子供の頃のあだ名が『全自動思いこみガール』ですよ? まったく失礼しちゃいますよね」


「それはピッタリ……いや何でもない」


 なるほど理解した。

 黙っていれば実におっとり大人しそうな見た目だが、このパール、実はレーシェ以上に「ノリと勢いで突き進む」型だったらしい。


 いま思えば――

 引退しかないと落ちこんでいた時の一直線ぶりも、確かにその片鱗はあった。


「何か思いついたら止まらないタイプか。ってことは説明より先に行動してもらった方が手っ取り早いかも」


「? フェイさん?」

「ああいや、こっちの話。それよりパールの意見を採用しよう」


 かぶりを振ってそう応じて、フェイはウロボロスを指さした。

 銀色に輝く鱗に覆われた尻尾を。


「ここがウロボロスの急所かもしれない。というわけでパール、俺とレーシェで見守ってるからコイツを倒してみせてくれ」


「お任せあれです!」


 さっと敬礼の仕草をとって、パールが身を翻した。

 銀色の壁のごとく聳え立つウロボロスの尻尾を見上げ、一人前の格闘家さながらに拳を構えてみせる。


「見ててくださいフェイさん、レーシェさん。不肖このパール・ダイアモンド十六歳が、無敗の神を撃破する記念的瞬間を! これはもう人類史上最高の偉業といっても過言ではないでしょう!」


「おう頑張れ」

「では!」


「あ。そうだパールに念のため俺から助言。

「……はい?」


「念のためだよ。ま、頭の片隅に覚えといてくれ」


 と――

 何人もの足音がけたたましく近づいてきたのは、その時だ。フェイの後をついてきた華炎光インフェルノのメンバー全員が顔を真っ青にして。


「オーヴァン隊長! や、やっぱりです!」

「あいつらウロボロスの尻尾に攻撃しようとしてやがる。しかもパールかよ!」


「おい待てパール!」

「あ! オーヴァン隊長……」


 パールが振り向いた。

 この空間に突入した時から露骨に避けられていた。隊長から名前を呼ばれたのもこれが初めてで、つい意識してしまったのだろう。


「オーヴァン隊長! あ、あの……見ててください。あたし半年前の失態ミスを今こそ償う時だと思うんです。ウロボロスの撃破という勝利でもって!」


「やめろぉぉぉぉっっっ!?」

「ご覧ください隊長、あたしの成長した姿を!」


 元チームメイトの制止は、間に合わなかった。

 急所と思われる尻尾めがけてパールが拳を突きだした。ポンッと可愛らしい打撃音。


 それから間もなく――

 ウロボロスの尻尾が輝きだした。


 銀色の鱗一枚一枚が大きな電灯のように光を放ちだし、その光が巨大な棘に収束されていく。


「あああああああっっっ」

「あのバカやっちまいやがった!?」


 華炎光インフェルノの使徒たちの悲鳴が、真っ青な空に響きわたった。






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