第26話 vs無限神ウロボロス③ ―禁断ワード―
「思いきり殴ってみたいの!」
そう言うなり、レーシェが拳を振りかぶった。
フェイとパール、そして
「お、おい待ったレーシェ!? お前が本気出したらまずいって!」
「こんだけ的が大きいと殴り甲斐もありそうなのよねぇ」
「そうじゃなくて俺たちがやば――」
間に合わなかった。
フェイが静止するよりも、パールが大慌てで
轟ッ!
レーシェの打ちつけた拳が、ウロボロスの背中で「爆発」した。
押しつぶされた大気が捻じ曲げられて竜巻のように渦を巻き、過剰なまでの力が衝撃波となって雲海の雲をも吹き飛ばしていく。
「ウロボロスが!?」
「す、すごいですが……やりすぎですぅぅぅっっっ!?」
まるで大波のように激しく波打って、その上に立つフェイたちもトランポリンで跳ねるような心地だ。
「た、助けてフェイさんっっ!?」
「パール、鱗にしがみつけ!」
転がり落ちないようにしがみつくフェイとパール。
そんな中で。
「あ……」
仲間の救助も間に合わずに
真っ逆さまに雲海へと落ちていって、獲物を待ち構えていた
数秒後。
一名脱落。
「……………………」
揺れが鎮まって。
フェイとパールを含む人間すべてが、無言で元神さまを見つめていた。
呆れ半分、怒り半分の形相で。
「ち、違うわ!?」
「わたしは悪くない、これは不可抗力。みんな騙されないで、悪いのはすべてウロボロスなのよ!」
「どうみても人災だろうが!」
「神災ですぅ!」
「私の部下をどうしてくれる!」
「う……うぅぅ……っ?」
取り囲まれて睨まれて、先に音を上げたのはレーシェの方だった。
「ごめんなさいぃぃ」
「……竜神さまからの直々の謝罪とあらば」
重たい空気のなか、オーヴァン隊長が大きな大きな溜息をついた。
まだ何か言いたげな部下たちに振り向いて。
「落ちていったナッシュは気の毒だが、レオレーシェ様からの謝罪もあった。いいな諸君、我々が向き合うべきはゲーム攻略だ」
「オーヴァン隊長」
口ごもる部下たちではなく――
そう声を上げたのはチーム外のフェイだった。
「ご覧のとおりです」
「……何がだ?」
「勝利条件です。レーシェが殴ることで
レーシェが殴っても言葉を発さないならば使徒では絶対不可能だろう。つまり力ずくで痛いと言わせる
「これは歴とした知略ゲームです。『神に痛いと言わせる』ことが何を意味するのか。
「そう、その通りよフェイ!」
長髪をさっと梳り、レーシェが意気揚々と。
「わたしもそれを確かめたかったの。ご理解いただけたかしら皆の衆……まあ、うっかり力加減は間違えたけど」
「そのせいであたしたち全滅寸前でしたけど!?」
「――パール。レーシェもこっちこっち」
騒ぐ二人を手招き。
パールとレーシェの前で、フェイは遙か雲海を指さした。
「このでっかい神さまの背中の最果て。どうなってるか気にならない?」
「気になる!」
「歩くんですか!?」
レーシェとパールの声が綺麗に重なった。
ただし両者の反応は正反対だ。
「この背中の端っこまで歩くんですか!? だ、だって背中の道だけで地平線ができてますよ。まだ先にも続いてたりして……」
「全長十キロなんだろ。仮にこの落下地点が真ん中なら、頭と尻尾まで歩いても五キロだ。一時間もありゃ着く」
「……あ。そうですね。そう考えれば意外と」
「だろ?」
パールを従えて歩きだす。
この方角が頭か尻尾かわからないが、どうせ両方調べるのなら同じことだ。
……時間はいくらかけてもいい。このゲームはおそらく時間制じゃない。
……俺らの気力がすり切れて降参するまで、永遠に続く。
二百七十八時間。
ウロボロスを相手にして、ある使徒が降参に至った際の経過時間である。
なぜフェイが覚えているかというと、神秘法院の記録にある「一回のゲームにかかった最長時間」だからだ。
「ま、俺らも長期戦覚悟だよなぁ」
「フェイさんフェイさん! あそこあそこ、あの雲海の
パールが雲海を指さした。
自分たちがウロボロスの背を移動するのに合わせて、
まるで、肉食獣が獲物を付け狙っているように。
「そりゃあ俺たち獲物だし」
「あたし美味しくないですよぉぉぉっ!」
涙をうかべるパールに力一杯しがみつかれた。
フェイの腕を掴んで離さない。それは構わないのだが、問題は、勢いあまったパールが無意識のうちに胸を押しつけてきていることだ。
「あ、あのパール……?」
ずっしりと。
見事なまでに実った二つの果実が、こんなにも強く押し当てられているのに柔らかい。そんな未体験の感覚に、思わずフェイの顔が熱くなる。
「パール落ちつけって。そんな怖がらなくてもウロボロスの背中にいれば襲われないってわかってるだろ。アイツらが狙うのは落っこちた時だけだ」
「で、ですけどぉ……」
離れてくれない。
ちなみに隣のレーシェが、それはそれは怖い形相になりつつあるのだが、フェイにしがみついているパールは気づかない。
「うぅ怖いぃぃ! フェイさん、絶対あたしから離れないで下さいねっ!」
「あ、あのパール? 後ろに
「……ふぅん」
レーシェの呟き。
それはとても無味乾燥な、感情の欠落した声だった。
「フェイ、キミもやっぱりそうなのね」
「……何でしょう」
「若い男って発育のいい女子が好きなのね。わたしの知る古代魔法時代もそうだったわ。若き乙女の立派な胸には、神の魔法をも凌駕する魅力があるって。王国一の賢者もそう言ってたし」
「そいつ本当に賢者か!?」
「パールもよ」
「きゃっ?」
パールの首根っこを掴んで、子猫のように軽々とレーシェが持ち上げた。
「いいとこ見せるんじゃなかったの?」
「え?」
「後ろの連中に。そんな泣き顔見せちゃっていいの?」
十メートルほど後ろをついてくる
焦燥しきった者もいるが、隊長オーヴァン含め、まだはっきりと意志の光を目に灯した使徒も残っている。
「前は自分の
「そ、それは……あの……」
おっとり顔の少女が、ぐっと唇を噛みつぶした。
「……レーシェさんの言うとおりです。そ、そうですよね! あたしこんなところで弱音吐けません!」
「頑張れる?」
「頑張れます!」
「走れる?」
「走れます!……え? 走るってどこへ?」
「この先までよ。頭か尻尾のどちらかだけど」
笑顔のレーシェが、パールの手首をぎゅっと掴んだ。
二度と離さんと言わんばかりの力で。
「この先がどうなってるか早く見たいでしょ。歩くなんか時間がもったいないよ」
「え? あ、あたしそれは別に構わないかなぁって……」
「というわけで、よーいどん!」
「いやぁぁぁぁぁっっ!?」
レーシェに連れられたパールが、あっという間に雲海の先へと消えていく。
「……おーい」
後ろにいる
フェイは、やれやれと溜息をついたのだった。
「チーム行動以前にさ、なんて集団行動のできないメンバーだよ……」
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