第22話 パール・ダイアモンドはもう逃げない



 神々の遊びの、攻略ダイヴシステム――

 神秘法院ルイン支部には、『神々の遊び』の入り口となる巨神像が五つ保管されている。


 竜の頭部をかたどった像。

 その扉がいつ開くかは、神さまの気分次第。


 ゲーム終了後すぐに再び開く場合もあるし、十年以上開いてない扉もある。


「巨神像が空いたら、それが神さまからの『ゲームをしよう』っていうお招きの合図だ。そうしたら神秘法院から参加チームの募集がかかる」


 コツッ。

 足音を響かせながら、フェイはレーシェと並んで廊下を歩いていた。


 その後ろには、転移能力者テレポーターの少女パールの姿もある。


「パールには言うまでもないけどレーシェに一応説明しておくと、巨神像の扉が開いたからって全チームが名乗りを上げるわけじゃない。メンバーが風邪をひいてたり、チームに欠員が出てる場合もある」


「わたしもそれくらい知ってるよ。巨神像が開いた時点で、参加したいチームがそれぞれ名乗り出るんでしょ?」


 ビルの七階を歩きながら。

 レーシェが指さしたのは、壁に取り付けられた大型モニターだ。


「あと事務長ミランダが言ってたわ。巨神像の扉が開いて大騒ぎなのは使徒だけじゃなくて、神秘法院の運営側も生放送ストリームの準備で大変とか」


「まあね。俺らのタイタン戦も高視聴率だったらしいし」


 神々の遊びは世界各地で視聴されている。


 ちなみにフェイがタイタンに追いかけ回されていた時、現実世界では人気司会者の実況解説で大いに視聴者が沸いていたという。


 史上最高との呼び声高い新人ルーキーフェイの復帰と、竜神レオレーシェの電撃参戦。

 これで盛り上がらないわけがない。


「俺も噂に聞いた程度だけど、この都市はもちろん世界中が俺たちに注目してるんだとか。――というわけでお願いに来ました」


「そういうのって、私の返事を待って扉を開けるべきじゃないかなフェイ君?」


 フェイが扉を開けた向こう。

 執務室の机で電子端末のキーを叩いていたミランダが、ふぅと溜息。


「要件、さっき送ったのが既読になってたので」

「はいはい。まあ座りなフェイ君、レーシェ様、それに……」


 薄い眼鏡レンズごしに、事務長が見やったのはフェイの隣にいる金髪の少女だ。


「使徒パール・ダイアモンドさん」

「は、はい……!」


転移能力者テレポーターは貴重だから。どうせ別のチームに移ると思ってたけど、まさかフェイ君のとこに拾われるとはね」


 事務長が、微苦笑まじりに立ち上がる。


「さてフェイ君の要件は、パール君の在籍してたチーム『華炎光インフェルノ』が、次に攻略ダイヴ申請を出した時に教えてほしい……と」


「まあそんな感じです」

「先に言っておくけど、規律違反だよそれ?」


 当然、知っている。

 チームが協力するには相互の同意が必要だ。今回のように「他チームの動きを一方的に知りたい」と神秘法院に尋ねても答えは返ってこない。


「使徒ってのは実力至上主義だしね。神々の遊びに勝てば勝つほど神秘法院での優遇も、市民からの人気も上がる」


 替えの眼鏡を取りだす事務長。

 眼鏡の丁番ヒンジに指をひっかけて、それをクルクルと器用に回し始める。


「ゆえに足を引っ張ろうとする輩がいる。これは困ったもんだよね」


 神々の遊びに挑んでわざと負ける。


 それだけではなく、あえて神が有利になるように立ち回ることで人気の使徒を敗北させ、ライバルチームを蹴落とす者もいる。

 法外の対価とともに、そんな裏取引さえ水面下では行われる。


「だからこそ攻略ダイヴスケジュールは信頼のおけるチーム同士が秘密にやり取りする決まり。事務方からは教えられないよ? ってのが立場スタンスなんだけどねぇ」


「俺らは足引っ張る側じゃなくて、むしろ協力したい側なんで」


「なら素直にそう言えば?」

「……試しに言ったら断られちゃって」


「あはは確かに、正面から言えばそりゃそうなるか。またパール君にあの時と同じことされたら困るしね」


 ミランダ事務長が小さく噴きだした。

 今にも泣きそうなパールの表情を一瞥し、苦笑い。


「まあいいよ。君らが参加するなら視聴率取れそうだし」


 眼鏡を外す。

 指で回していた替えの眼鏡に着け直して。


「私がこっちの予備レンズをかける日があったら、それが合図だから」



 ◇



 その数日後――


 巨神像の安置場、通称『ダイヴセンター』。

 十台以上もの放送カメラがずらりと並ぶ巨神像の前には、総勢二十二名もの使徒が集結していた。


 パールの元チーム『華炎光インフェルノ』が十九名。

 そしてフェイ、竜神レーシェ、パールの三名。


 神々の遊び場エレメンツでの映像を現実世界に送る神眼レンズを装着し、攻略ダイヴまであと三十分。


「フェイさぁぁぁん、や、やっぱりあたし無理ですぅ!?」


「大げさだな。ちょっと注目されてるだけだって」

「明らかに睨まれてますってばぁぁぁああああっっ!?」


 元チームメイトからの鋭い視線に、パールの顔は早くも真っ青だ。

 この待機中から生放送ストリームは始まっている。世界中が見ている前だから暴言こそないが、カメラの範囲外でのパールへの眼光は中々に痛いものがある。


「あ、ミランダだー」

「おはようございますレーシェ様」


 昇降機エレベーターからやってきたのは事務長ミランダだ。

 カメラの数を確認して、正面の巨大スクリーンに表示された生放送ストリームの同時視聴者数をちらりと流し見。


「わおっ。ゲーム前から世界同時視聴者数が八十九万人? とんでもない注目度だねぇ。さすがフェイ君とレオレーシェ様の公式初挑戦。話題性もバッチリじゃない」


「ああそっか。巨神タイタンの時は俺ら急参加だったから」


「うん。あの時も高視聴率が取れたけど、今回が君らの初舞台って位置づけだよ」


 上機嫌そうに事務長が声を弾ませる。

 それもそのはず、神秘法院の収益の大部分が生放送ストリームの放送による。はるか遠方の神秘法院本部も注目しているに違いない。


「ねえパール君。わかってると思うけど、この戦い、市民はもちろん世界各地の神秘法院が注目してる。頑張ってね」


「あ、あわわっわ……!?」


「気楽にやればいいんだよ。これはゲームだ」


 小刻みに震える肩を叩く。

 ふり向く金髪の少女に、フェイは、もう一度その肩を叩いてやった。


「借りは返す。元チームに最高の一勝をプレゼントで」

「……は、はい!」


「時間だよ」


 ミランダ事務長の一言に、その場の使徒とカメラが一斉に集中した。


 巨神像――

 竜の頭部にある口が輝いて、その先に光の扉が形成されている。


「行くぞ」


 叫んだのは、パールの元チーム『華炎光インフェルノ』の隊長だ。号令とともに部下たちが一斉に竜の口へと飛びこんでいく。


「楽しみね。どんな神さまがどんなゲームを用意してるかな?」


「え、ええと巨神像に飛びこむ時には息を止めて――」


「さあ行こう!」

「ちょ、ちょっと待ってまだ心の準備がぁぁぁぁっっっ!?」


 レーシェに手を掴まれたパールが、悲鳴を上げながら扉の向こうへ。


「じゃ。フェイ君も頑張って」

「適度にやりますよ。楽しむ範囲で」


 ミランダ事務長に頷いて、フェイは、光り輝く竜像の口へと飛びこんだ。

 

  次は――

 どんな神さまが、どんな遊戯ゲームを仕掛けてくるのか。そう思いをはせながら。








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