第21話 パール・ダイアモンドは逃げだした②


 翌日。

 神秘法院の敷地で――


「ねえフェイ、ここの通路でいいの?」


「男子寮と同じなら多分これで合ってる。……結局パールの部屋を調べるのに丸一日かかったから急がなきゃな」


 レーシェを先頭に、フェイはその後ろをついて歩いていた。


 使徒寮は二つ。

 フェイたちが歩いているのは、その女子寮である。


 昼間だから人影も少ないが、女子専用のビル内をフェイが歩いているのが不審なのだろう、こちらに振りかえる女子も多い。


「レーシェがいて良かったよ。俺一人で歩いてたら不審者扱いだし」


「ねえフェイ。前から聞きたかったんだけど、なんで使徒寮って男と女のエリアに別れてるの?」


 先を行くレーシェがくるりとふり向いた。

 後ろ向きでそのまま器用に歩きながら。


「あとトイレとお風呂もだよね。前にわたしが間違って入ったら男の使徒たちがすっごい慌ててたし。なんで?」


「そりゃあ一緒だったらマズイから」


「何がマズイの?」

「…………」


 もともと神には性別の概念がない。

 見た目はこんなに可愛らしい少女であっても、人間における性別のアレコレは理解しがたいに違いない。


 ……と思ったけど。

 ……コイツさては、絶対わかって訊いてきたな。


 なぜそう思うか。


 炎燈色ヴァーミリオンの髪を揺らすレーシェの顔が、思いっきりニヤニヤ顔だからだ。自分フェイがその問いかけに困るのを楽しそうに眺めている。


「ねえねえ何が困るの? 教えてほしーなー」


「絶対わかって聞いてるだろ。破廉恥神め……前向けってば。ぶつかるぞ」

「ぶつからないってば」


 歩いてくる少女の使徒を、後ろ向きのままさらりと躱すレーシェ。


「へへん?」

「勝ちほこるより急ぐぞ。パールを引き留めにいくんだから」


 階段を昇って二階へ。

 その突きあたりがパールの私室だ。

 

 名札を確認してインターホンを鳴らす。

 ただしどれだけ待っても返事はない。二度三度。どれだけ鳴らしているのに音沙汰ない。居留守か? それとも――


「ねえフェイ。ドア空いてるよ」

「ん? 鍵かかってないのか?」


 レーシェが扉を手で押した。ガチャリと音を立てて、あっさりと扉が開いていく。


 施錠されていない。

 フェイの脳裏を過ったものは、昨日の「引退」というパールの言葉だ。


「まさか部屋を引き払った後か!? おいパール!」


 間に合わなかったのか?

 もう昨日のうちに神秘法院を出てしまったのかもしれない。


「パール! 俺だ、いないのか!?」


 部屋の中に乗りこんだ。細い廊下を突っ切って部屋の奥へ。

 リビングの扉を蹴り開ける。


 その先で――

 金髪の少女がちょうど振り向いたところだった。


「なんだいるじゃん。って、あれ?」


「……な、ななな……!?」


 パールはいた。

 ただし着替えの途中だったらしく、下着しかつけてない半裸でだ。


 そして――

 パールは着痩せ派だった。


 ほんのりと色づいた胸の膨らみは、パールが両手で隠しきれてないどころか溢れそうなほど豊満で、熟した果実のように発育しきっている。


 お尻も、レーシェより明らかにずっしりと肉感的である。


「……何ですって!?」


 レーシェが目を見開いた。


 

 昨日、神秘法院の服を着ていた時も「もしや」と思っていたが、こんなおっとり

気弱そうな外見で、なんて見事な発育ぶりだろう。


「う、嘘でしょう……」


 レーシェが膝から崩れ落ちた。

 そう。

 パールの圧倒的な豊満グラマラスボディと、そして自分の胸を見比べながら。


「お、大きいわ。あまりに大きすぎる……そう、これが終末カタストロフなのね。あの胸の谷間に、何もかもが呑みこまれてしまうんだわ!」


「あたしの胸になに言ってるんですっ!?」


「その胸の肉を半分寄こせぇぇぇっっ!」

「ひゃぁぁぁ――――――――――っっ!?」


 目を血走らせたレーシェに胸を鷲掴みにされて、パールは悲鳴を上げたのだった。




 その数分後。


「……あたし、普段は扉を開けたりしないんです。玄関の扉なんて転移環ワープポータルで出入りできるから」


 部屋のリビングで。

 私服に着替えたパールが、おずおずとそう口にした。


「施錠してると思ってずっと確認してなかったんです。部屋の扉がまさか開きっぱなしだったなんて……」


「俺たちが来る前から開きっぱなしだったと?」

「……たぶん半年くらい」


 半年間、家の扉が開けっぱなし。

 今まで無事に過ごせていた方がむしろ不思議なくらいだ。


「お、おかげでその……見ちゃいましたよね? あたしの……いろいろ……」

「いやその……」


 思いだすだけでフェイも顔が熱くなる。

 私服のパールはいかにもおっとり内気型の少女だが、まさか服の下にあれほど刺激的なものを隠していたとは。


「……ごめん」

「い、いえ、こちらこそ! 扉を開けっぱなしだったのはあたしの不手際ですしぃ!」


 パールが顔を赤らめて手を振ってくる。


「あ、でも責任とって一生幸せにしてくださいね」


「どんだけ重い責任だよ!?」

「冗談ですぅ」


 パールがようやく表情をやわらげた。

 だがそれもつかの間。すぐに、愛らしい唇から深々と息を吐きだして。


「あたしも去年のデビューでしたから。デビュー早々に大活躍された同期のフェイさんを、本当にすごいなって思ってました。憧れちゃうくらい」


「…………」


「だからこそあたしは不釣り合いだと思うんです。フェイさんもレーシェ様もすごいのに、そのチームに入ってもあたしが足を引っ張っちゃうだけですし……」


 弱々しく首を横にふる。

 パールが見やったのはリビングの隅だった。出払うために整理された部屋で、唯一そこに大きな紙袋が並べられている。


「ああこれですか? 神秘法院をやめるので、元チームの人たちにお菓子をもって謝りに行ってきたんです」


 自分パールのせいで敗北したチーム『華炎光インフェルノ』。

 仲間の何人かが「三敗」となって退役したという。パールが使徒をやめるキッカケになった事件だ。


 一方でフェイが引っかかったのは――


「謝りにいった後? あのさ、聞きにくいけど、お菓子たくさん残ってないか?」

「……受けとってもらえませんでした」


 金髪の少女が、弱々しく俯いた。


「隊長は留守でいなかったんですけど、元チームメイトの皆さんが、お前は隊長に会う資格もないって。……あ、あはは。そうですよね、あたしが謝りにいっても嫌な記憶が蘇るだけですし」


 だから紙袋を持ったまま引き返してきた。

 このお菓子をどうしよう。そう途方に暮れていたところだったのだ。


「もう潔く……」


「ちーーーがーーーーーうっ!」


 レーシェが吼えた。

 座っているのも窮屈と言わんばかりに立ち上がって、金髪の少女を指さした。


「パールと言ったわね!」

「は、はいぃぃぃ!?」


「呆れちゃうわ。お前もだけど、そのチームの連中も全然ダメよ。ゲームというものをわかってない。これもそうでしょ」


 立ち上がったレーシェが、部屋の隅にあった紙袋を拾い上げた。

 お菓子の箱をじっと見つめて。


「ご機嫌取りにこんなお菓子いらないもん。勝っても負けても。それがゲームでしょ?」


「そ、それは……」


「神々の遊びなんて神が勝って当たり前。負けを一人のせいにするのは違うわ」

「……そ、そう言ってくれるのは嬉しいですけど」


 パールが唇を噛みしめる。

 拳を弱々しく握りしめ、何かを考えるように宙を見上げて。


「で、ですが! あたしどうしようもないです……」

「汚名返上できるだろ?」


 ソファーに座ったまま、レーシェの言葉にフェイは続けた。


遊戯ゲームの失敗は遊戯ゲームで償う。そのチーム『華炎光インフェルノ』だっけ。みんなが次に神々の遊びに挑む時に、一緒についていくってのは? そこで活躍すればいい」


「む、無理です!? そんなのあたし一人じゃ……」


「だから一緒にやろうって誘ってるんだよ」

「っ!」


 パールが、今度こそ言葉を失った。


 絶望からの閉口ではない。

 固く決した「引退」の決意に、初めて迷いが生まれたゆえの躊躇いで、だ。


「俺たち三人で、お前の元チームを手助けする。それならできそうだろ?」


「……で、でも……」


「正直、俺からすれば元チームを不憫だなんて思ってない。レーシェの言うように神々の遊びなんて負けて当然の難易度だ。でも俺が拘ってるのは別。ってこと」


 パール・ダイアモンドは一勝一敗。

 一生忘れられない形で敗北を喫したが、しょせんまだ一敗だ。


反撃リベンジの権利は残ってる。神さまにやり返せる挑戦権が」


「…………」


「一度だけ付き合ってくれ。それ以上は引き留めないから」

「……もう」


 金髪の少女が、くすっと苦笑い。

 目の端ににじんだ小さなしずくを指先で払って。


「あたし、こんな熱烈な勧誘スカウト受けたの初めてです……」


「お互い様だよ。俺らも人手が欲しいんだから持ちつ持たれつってことで」

「……ありがとうございます。じゃあ一回だけ」


 転移能力者テレポーターの少女は、深々と頭を下げたのだった。


「不肖パール・ダイアモンド、参加させて頂きますね」


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