第20話 パール・ダイアモンドは逃げだした①


 フェイとレーシェの目の前に――

 少女は、突如として現れた。


 光り輝く環をくぐって現れたのだ。

 

 ……転移能力者テレポーター

 ……まったく姿がなかった。別のフロアから転移してきたのか!

 

 淡い金髪の少女。

 レーシェよりもいくぶん背は低いが、神秘法院の服ごしにも女性的な発育の良さがうかがえる体型だ。


 おっとりした愛らしい相貌も可愛らしい。

 そんな少女が、いまは悲しげに暮れた表情を浮かべていた。


「フェイの知ってる子?」

「いや全然。俺たちのこと気づいてなかったみたいだし」


 金髪の少女は封書を大事に抱えている。それに必死で、すぐ後ろの自分フェイたちにも気づかないらしい。


 そしてまっすぐ相談窓口へ。


「……おや?」


 その後ろ姿を見送って、レーシェが物珍しそうに腕組み。


「ねえフェイ、今の空間転移テレポート、たぶん下の階から渡ってきたんだよね」


「だとしたら凄いな。下のフロアからって結構な転移距離があるはずだけど」


「あの子もFAなの?」

「珍しいな。転移系ってかなり便利な能力だし。神々の遊びでも役に立つことが多いから、FA宣言する前にどっかのチームが声をかけるのが普通なんだけど……」


 空間転移テレポートは、転移系の代表的能力だ。


 空間を渡るという能力――

 たとえばタイタンの「神ごっこ」でも、その力を持つ仲間がいればビルの内外を

自在に行き来して逃走することもできただろう。 


「あ、フェイ! あの子、相談員に声かけてるよ」

「だな。もしチーム探してるってなら、お互いちょうどいいタイミングかも」


 後ろから近づいてみる。 

 金髪の少女はまだフェイたちに気づいてない。握りしめていた封書から三つ折りの紙を取りだして、それを窓口に向かって差しだした。

 

 辞表。

 そう書かれた申請書を。


「……パール・ダイアモンド、本日かぎりで引退しますぅ」

「ちょっと待てぇぇぇっ!?」


 窓口に差しだされた辞表を奪いとる。

 間を置かず、フェイめがけて横からレーシェが手を伸ばしてきた。


「それちょうだい!」


 フェイから手渡された辞表をレーシェが握りしめる。途端、ぼっ、と炎が燃え上がり、辞表が数秒とかからず燃えつきた。


「よし、我ながらいい仕事したわ」


「な、ななな、なーにがいい仕事ですか!?」


 パールと名乗った金髪の少女が、悲鳴。


「あたしの辞表をいったい…………って……あ、あれ?」


 きょとんと目を瞬かせる少女。

 レーシェと自分フェイの顔を、穴が空くほど覗きこんで。 


「……なんだか、竜神さまと去年の大物新人ルーキーフェイさんに良く似たお二人ですね」


「似てるっていうか俺らどっちも本人だけど」

「ひゃぁっ!?」


 そして飛び跳ねた。


「ごめんなさい! そんな有名人の方々とは知らず、あたしなんて無礼な真似を!」


「……いや全然無礼でもないけど」


「引退してお詫びしますぅ」

「だから早まるなぁぁぁっ!? ちょ、ちょっと待った頼むから!」


 この世の終わりのように落ちこむ彼女の肩を掴んで、フェイは精一杯声をかけた。


「落ちつけ、俺らはむしろ引退を止めたい側なんだ!」


 休職していた自分フェイが言えるセリフではないのだが――


 使退

 そもそも使徒が使徒でいられるのは、「神々の遊び」で三敗するまでだ。期間でいえばわずか二年か三年の間だけ。


 ……たとえアイドルみたいな扱いでも、神々に勝てなきゃ即引退だ。

 ……一瞬の花火みたいな輝きだって言われてる。


 だからこそ市民も、必死になって使徒を応援するのだ。


「三敗した使徒の扱いは『退役』だけど、いま『引退』って言ったよな。ってことは?」


「…………」


「神さまへの挑戦権が残ってるのに、どうして使徒をやめるのかなってさ」


「……言えないです」


 金髪の少女がうつむいてしまった。

 とはいえフェイたちもチームメイトの募集中だ。すぐさま諦めるわけにはいかない。


「率直に言うと、俺たちFA中の使徒を探してて」

「無理ですぅ」


「せめて話だけでも」

「ごめんなさいぃ」


「ぐっ……じゃ、じゃあほら、そこのカフェでパフェ奢るから! それ食べてる間だけでも話の時間をくれないか。って、そんなんじゃダメか」


「いいです」

「いいんだ!?」


 いかにもこの世の終わりのような暗い表情ながら、パールと名乗った少女は意外と元気に返事したのだった。



 ◇


  

 パール・ダイアモンド、十六歳。

 神々の遊び一勝一敗(階位Ⅰ)。


 趣味は、栄養満点の創作料理。

 神呪アライズは魔法士型・転移能力者テレポーター。その表現が味気ないという理由で、パール自身はこの力を「気まぐれな旅人ザ・ワンダリング」と命名。


 そして事実、強力だ。


 階位Ⅰの使徒は、現実世界で発揮できる神呪アライズなど微々たるもの。空間転移もせいぜい数メートル先を渡るので精一杯。むしろ歩いた方が早い。


 ……でもパールは違った。

 ……階位Ⅰなのにビルのフロアを飛び越えて転移してきたんだから。


 フェイからみても驚くべき力だ。

 そんな有望株の使徒が、なぜ引退を決意したのか――


「事情はわかった気がするよ」


 カフェで少しは落ち着いたのか、パールはぽつりぽつりと話を聞かせてくれた。

 フェイが理解したのは次の通りだ。  


「自分の失敗でチームを全滅させてしまった。そんな自分に嫌気が差したと」


「はい……あたし本当にだめだめなんです。失敗ばかりの疫病神で……あ、この苺パフェもう一つ頼んでもいいですか?」


「……どうぞ」


 パールがメニュー表を指さす仕草。

 さすが趣味が料理というだけあって、どんなに落ちこんでいても何か食べてる時は喋る元気が出るらしい。


「話を整理すると、神々の遊びでの対戦中に、巨大な神さまに踏み潰されそうになって、その怖さで無意識的に能力を発動させちゃったと。しかもただの転移じゃなくて――」


位相交換シフトチェンジですぅ」


「ああ、あれか。応用の幅の広い能力だって聞いてるけど」

「全然ダメなんですってば!」


 パール・ダイアモンドの転移能力は二つ。


 一つは単純な「転移」で、これはフェイも見たとおり転移環ワープポータルによって空間を繋げて、目的地に移動する力。


 二つ目が「位相交換シフトチェンジ」。


 これは人間Aと人間Bの現在地を入れ替える能力だ。


「神さまに踏まれる直前に『位相交換シフトチェンジ』を発動。自分パールと隊長の位置を入れ替えてしまったことで、隊長が神さまに踏み潰されてリタイアしたと」


「そうなんです。踏み潰されるって思った瞬間、あたし本当に怖くて……無我夢中で力を発動しちゃって……」


 パールは生還できた。

 だが不運なことに、その時の対戦ルールが「リーダーを守ること」だったのだ。 

 

 隊長の脱落で、チーム全員が敗北。


 この結果、合計敗北数が「3」になってしまった使徒が多数退役。「味方殺し」となったパールは、その重責に堪えられずにチームを脱退。


 そして今に至る。


「あたし本当に怖がりだしドジだし、一勝できたのだってチームのおかげですし、みんなに迷惑をかけて居場所がないのも当然だし……」


「一勝ねぇ」


 テーブルを挟んで、頬杖をつくレーシェがパールを凝視した。

 睨みつけるような鋭いまなざしで。


神々わたしたちを舐めてない?」

「は、はいぃ!?」


「本当にドジでお荷物の使徒がいるチームが、神さまとの勝負に勝てるわけないでしょ。神々わたしたちはそんな甘くない。一勝でもできたのは、そうじゃなかったってこと」


「へ?」


「足手まといなんかじゃなかった。とわたしは思うけど?」

「そ、それは……!」


 竜神の言わんとする意味をようやく察して、金髪の少女がハッと顔を上げた。


「パールとか言ったっけ」

「は、はい。レオレーシェ様……」


 名指しされて、パールが肩を強ばらせて姿勢を正した。


「ま、いっそ足手まといでもいいわ。神々の遊びはわたしとフェイで何とかするし。数さえ揃えばいいの。何なら参加してすぐ脱落してもいい」


「直球にも程がありますぅ!?」


「わたしはウソが嫌い」

「せめてもうちょっと優しくお願いします!」


「そのかわり、たとえ負けても仲間おまえのせいにしない。わたしもフェイも」 

「…………」


「どう?」


 微笑にもどったレーシェが、手を差しだした。  


「まずは一回やってみましょ? 今ならなんと無料タダで遊べちゃう。簡単だから。ちょっと試してみればきっと楽しくてやめられなくなるはず」


「それ悪徳商品の押し売りですっ!?」


「むぅ。人間を誘うのはなかなか難しいわねぇ……」

「と、とにかく!」


 パールが勢いよく立ち上がった。


「もうあたしは決めたんです。潔く使徒をやめて新しい人生を見つけようって! だからごめんなさい!」


 カフェの壁に向かって走りだす。

 

 壁にぶつかる?

 店内の誰もがそう思った瞬間に、壁に光り輝く転移環ワープポータルが生まれ、そこからカフェの外へと逃げだした。


「追いかけようかしら。あ、転移環ワープポータルが閉まっちゃった」

 閉じてしまった壁を見てレーシェが嘆息。


「うーん。しょうがないから別の子を探そっか。ねえフェイ」

「…………」


「あれフェイ?」


 パールが消えた宙を見つめ、フェイは隣のレーシェに向き直った。


「ちょっと調べよう」

「何を?」


彼女パールの住んでる女子寮の部屋番だよ。引退する気なら部屋も片付けてるはずだし。早めに止めないと」


「へ?」


 レーシェがきょとんと瞬き。

 あの娘は諦めて別を当たろう。そう考えていたところに、フェイの言葉はさぞ意外だったに違いない。


「このまま終わるの勿体ない気がするんだ」

「? あの子の空間転移テレポートが便利だから?」


「ここで終わったら彼女、だ。そんなの勿体ないだろ?」


「……あっ」


 ハッと目をみひらくレーシェ。

 それから、ほんの少しだけ嬉しそうに口元をほころばせて。


「いいよ。その理由ならわたしも賛成」


「だろ? もう一度だけ引き留めたいなってさ。最後は彼女次第だけど」


 小さく頷いて、フェイは足早に歩きだした。  



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