第19話 炎と氷はどちらが強い?
「さて仲間探しの続きですよ、と……」
通信機に登録された連絡先を眺めてみる。
チームの規模や運営状況、何よりフェイ視点での評価を複合的に足し合わせて。
「レーシェさ、次に連絡するの女の隊長だけどいいよな?」
「わたしより胸が小さかったらいいわ」
「だから俺も知らないよ。…………あ、もしもしユウキ隊長? お元気です? 俺です、フェイですけど、いまお時間ありますか」
『あらフェイじゃない。おひさー』
通信機から返事あり。
フェイの耳に届いたのは、実に色っぽい大人の雰囲気をした女声だ。
『ようやく私とのデートに応えてくれる気になったのね』
「いや全然」
『つれないわねぇ。まあそう言うと思ったわ……ああ、あとタイタン戦の
「隊長もですか?」
『それが仕事だもん』
クスッ、と大人びた艶笑が伝わってくる。
『神々の遊びに必勝法はないけど解法はあるわ。神々と使徒のプレイを見て、有効な定石を導きだすのも大事でしょ。ウチは優秀なゲーム
「ユウキ隊長のところはメンバー全員が粒ぞろいですからね」
チーム『
現役の使徒が十四人、アドバイザーの退役使徒が四人に、ゲーム
そこにユウキ隊長を加えて三十五人。
……神々の遊びは、優秀なゲーム
……過去のゲーム内容から定石を導きだす役目だから。
タイタンの『神ごっこ』も――
あのゲームは
他のスタッフもそう。
優秀な
「ユウキ隊長のとこ、今年も神秘法院の審査『A』ですよね」
『もちろんよ。あらフェイ、ようやく我が『
「俺は?」
『今すぐ席を用意するわ』
即答だった。
『タイタン戦見て、私ひさしぶりに震えちゃった。だってタイタンって今まで例外なく
「俺だけの手柄じゃないですよ」
『謙虚ね。まあそんなわけでフェイが来てくれるなら歓迎よ。ねえマネージャー、今すぐ部屋に一名分の机とロッカーを注文してちょうだい」
「あ……待ったユウキ先輩。俺だけじゃないんです」
レーシェも、興味津々にこちらの会話に耳を傾けている最中だ。
「もう一人いいですか」
『フェイの推薦? いいけど誰かしら』
「レオレーシェっていう元神さまです。いま俺の目の前にいるんだけど、真っ赤な髪の毛が特徴でって言うまでもないかな」
『…………』
「あれ? ユウキ隊長? 隊長ってば」
突然、通信機の向こうの声が静まった。
ユウキ隊長だけではない。彼女の声の奥で聞こえていた賑やかな部下たちの笑い声も、水を打ったように静まりかえったではないか。
「ユウキ隊長?」
そして。
『竜神レオレーシェですって!? い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ――――っ!』
ブツッと切れる通信。
フェイの手元で、通信機は完全に沈黙した。
「あれ切れた? なあレーシェ、お前の名前を出した途端にユウキ隊長が豹変したってか、悲鳴を上げて通信切っちゃったんだけど」
「…………」
「なんで目を背けるんだ?」
可愛らしい顔の少女が、目のまわりを痙攣させながらそっぽを向く仕草。
そして。
「…………何もしてない」
「何したんだよ!?」
「ご、ごごご誤解じゃ、ワシは何もしてない!」
「嘘だっ!?」
そっぽを向く少女の前に回りこむ。
「レーシェお前、さては動揺すると言葉に出るタイプだな。そのいかにも胡散臭い神さま口調になるのが動揺した時だ!」
「そんなことは無いのじゃ!」
「そんなことあるだろ! ユウキ隊長って名前に聞き覚えあるはずだ。いったい何したのか正直に言ってみろ」
「……う、うぅっ……」
口ごもるレーシェが、しばし視線を宙に漂わせる。
「昔々あるところに――」
「昔話かよ!? さも『終わった話です』みたいなノリでごまかす気だな!」
「わ、わかったわよ……」
観念したレーシェが、溜息。
まだフェイとは視線を合わせられないのか、バツの悪そうな表情で。
「ええと……わたしここ半年ヒマだったから、良さそうな使徒を選んで地下のコロセウムで遊んでたの。人間も
「暇つぶしの取っ組み合いか。それで?」
「その最初がユウキって名前だったかなーって。まだ手加減の具合がわからない時だったから、危うく犠牲者が出るところで……」
「
手加減しきれていない神の力を受けて、無事生き残っただけでも表彰ものだ。ただし、傷は癒えても心までは癒えてないらしい。
「で、でもわたしちゃんとお見舞い行ったよ! お菓子も持っていったし!」
「ほう。それで?」
「悲鳴を上げて気絶したわ」
「さらに心の傷を抉ってどうするんだよ!?」
だめだこれは。
この竜神レーシェは、いわば動物園のライオンなのだ。
眺める分には楽しいが、檻がなければ近づきたくない。そういう動物アイドルのような認識をされているのだろう。
「……なるほどね。この感じだと、今あるチームをあたるのは厳しいか」
ただしその認識は、フェイからすれば半分正解で半分外れだ。
「ごめんねフェイ……なんかごめんね……」
「……大丈夫」
珍しく落ちこむレーシェに首をふり、フェイは席から立ち上がった。
「気長に探そう。今あるチームに入れなくても、最初の予定どおり俺たちでチームを作ればいいさ」
「前に言ってた
「そそ。新しい加入先を探してる使徒なんて珍しくないし」
神秘法院ルイン支部で、使徒はおよそ千二百人。
毎日のように誰かが加入先を求めてFA宣言し、チーム間で人員のやり取りが行われている。
「その相談先が廊下の向こうだからさ。見張ってれば誰かやってくるかも」
「……ふーん?」
廊下の先をぼんやり見つめるレーシェ。
「ねえフェイ、一応言っておくけど、わたし人数合わせの仲間は欲しくないな。ちゃんとゲームが好きな人間がいいよ」
「俺だって。やっぱりゲームで分かり合える奴じゃなきゃ」
そんな使徒でなければ神を相手に勝つなど不可能だ。
時間を忘れて遊戯に熱中して、没頭して、暇さえあれば常に新しい攻略を考えつく者。フェイが仲間に求める一番の条件だ。
「……あと、これは割と打算的だけど、もう一個条件がある」
「なに?」
「神々の遊びで使える能力を持ってること。たとえばレーシェさ、魔法士型の使徒が二人いたとする。炎の魔法士と氷の魔法士。二人の力が互角だったらどっち選ぶ?」
「もちろん炎よ!」
「なんで?」
「わたしが炎の神さまだから!」
言うと思った。
レーシェが炎の竜神だから、その親近感で選んだのだろうが。
「ぶー。答えは氷でした」
「なんでぇっ!?」
レーシェが子供っぽく頬を膨らませた。
「そこは炎よ! だってわたし超強いし!」
「炎はエネルギーで、氷は固体。この違いだよ」
「はい?」
「神々の遊びで、炎の魔法士ってのは
「……じゃあ氷はどうなの?」
「氷ってのは、氷の壁や階段を作ったりできるだろ? なにせ氷は固体だから」
巨神タイタンでの鬼ごっこで――
氷の魔法士がフェイ側にいたら、ビルとビルとを氷の道で連結させて逃走経路を新たに生みだすこともできただろう。
氷の方が、
「応用力がある能力って言えばわかりやすいかな。神さまとのゲームって千差万別だから、便利な能力を持ってる使徒を仲間にしたいわけ」
「……むぅ。まあ納得ね」
腕組みするレーシェが、やれやれと溜息。
「どうせわたしがいれば
「ああ。そういう使徒は他チームとの取り合いだけど」
「ふぅん? ちなみに、フェイがチームに欲しい能力は何なの?」
「俺がすぐに思いつくのは、たとえばテレポ――――」
その瞬間。
頭上で、ブォンッ、と大気が歪む音がした。
続けざまに虹色の『環』が虚空に出現。ドーナツのようなその輪っかの向こう側から、誰かの足音が聞こえてくる。
それは――
今まさに
「
「フェイ、そこ危ないよ」
レーシェに引っ張られて二歩後退。
フェイの目の前に、トンと軽い足音を響かせて愛らしい少女が現れた。
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