第18話 条件、わたしより胸が小さいこと


 神秘法院ビル――

 見渡すほど荘厳なビルで、もっとも賑やかなのがここ五階だ。


 大食堂とカフェは誰でも利用可能。

 昼の食事時は大混雑だが、朝十時の今はまだ利用者もほとんどいない。


「ねえフェイ。チームの斡旋ってどこでやってるの?」


「さっき俺の部屋で電子申請しただろ。俺たちがメンバーを募集してるのは他の端末から誰でも確認できる。希望者がいれば連絡が来るよ」


「? じゃあなんで、こんな場所でじっとしてるの?」


 カフェの席で、レーシェが退屈そうに頬杖をつく仕草。


 早くわたしの部屋に戻って遊ぼうよ――そう言いたげに見つめてくるのだが、あいにくフェイにもここに来た理由がある。


「廊下の奥、あそこの窓口に事務員がいるだろ。あそこが相談コーナー」


 カフェの隅っこに陣取って。

 フェイが指さしたのは廊下を挟んで向かいにあるスペースだ。いくつかのソファーと、丸テーブルが用意された簡素なホールがある。


「チームの申請はすべて電子管理されてるけど、結局それじゃ解決できない問題もあって。そういう時には事務員と相談するんだ」


「どんな時に?」


「たとえばチームの仲間と喧嘩しちゃって気まずいとか、入隊したけど思ってたのと違うから脱退を考えてますとか。仲間に相談しにくいけど自分だけじゃ思いきりがつかない時、誰かに話を聞いてもらった方がいいだろ?」


「優柔不断なのね」


「……まあとにかく。俺たちが見張ってるのは、FAフリーエージェントの使徒もよくあそこに来るからだよ。要するにチームを探してる使徒のこと」


 チームに入ったがすぐに脱退。

 次の活動場所を探している使徒が、あの相談窓口によく現れるのだ。


「このカフェで見張ってれば誰か来ないかなってさ。でも運頼みだし、待ってる間に俺も心当たりを探ってみるけど」


「……ふーん?」


 テーブルに両肘をつくレーシェ。


「そういえば、フェイって半年ぶりにここに戻って来たのよね? それまで入ってたチームを抜けて」


「ああ」

「私たち、そこにもう一度入れてもらうのはダメなの?」


「……物理的に不可能」

「?」


「諸事情あって解散したんだよ。色々あってさ……」


 レーシェにいつ話そうか。

 フェイもちょうど同じことを思い浮かべていたタイミングだ。


「喧嘩したの?」

「いや全然。みんな仲良かったよ」


 新人のフェイが加入して、瞬く間に神々の遊びで三連勝。

 まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長したチームだった。


「突然だったよ。俺がチーム部屋に行ったら解散が決まってて……」


「フェイも聞かされてなかったの?」


「ああ。だから俺も、この先どうしようかって途方に暮れてたわけ。そんな時にちょうどミランダ事務長から、俺が探してた女性ひとが見つかったよって教えてもらって。人捜しついでに気分転換もいいかなってさ」


 ならばと都市を飛びだした。

 それが半年前、自分フェイが神秘法院を留守にしていた事情だ。


「残念だけど俺のチームはもう残ってないから、あたるなら知り合いのチームかな」


 フェイが取りだしたのは通信機の端末だ。  

 この神秘法院で、顔なじみの使徒数十人分の連絡先が記録されている。


「心当たりあるの?」


「数人だけな。この前のアスタさんみたいに、神々の遊びで何度か一緒になったチームがあるから。まずは……」


 チーム『猛火ブレイズ』。


 新人だった頃のフェイが二度ほど一緒になったチームだ。当時のフェイの活躍もあり、顔なじみの使徒が揃っている。


「あー、もしもし。アシュラン隊長お久しぶりです。俺ですけど覚え――――」

『フェイか!?』


 通話機を耳にあてるフェイに、鼓膜が破れそうな大声量が飛んできた。


 アシュラン・ハイロールズ隊長。

 二十六歳にして階位Ⅳ、すなわち四体の神々に勝利したベテランだ。どこか間の抜けた性格だが恩義に厚く、フェイが休職する時にも相談に乗ってくれた相手である。


『おいおいおいおい。ようやく連絡を寄こしてきたか!』

「へ?」


『この前の生中継ストリーム見たぜ。どこで何してんのかと思ったらちゃっかり神々の遊びに参加してんじゃねえか。しかも所属のないFAフリーエージェントでよ!』


 さすがの情報収集力だ。

 昨日の生中継ストリームを見てすぐに、自分フェイの所属状況を確認したのだろう。


 ……俺が連絡するのもわかってたのかな。

 ……相変わらず行動力があるっていうか、やる気十分だなぁ。


 手応えあり。

 このやり取りだけでも好意的な感触が伝わってくる。  


「話が早くて助かります。単刀直入に、隊長のチームに入れていただくことは」


『もちろん大歓迎だっつぅの。お前が入るってんなら今日にでもウチで手続き全部済ませるぜ? 断る理由ないっての』


「レオレーシェっていう元神さまも一緒で」


『ブツッ――――現在、この通信回線は使われておりません。通信番号を正しく――』


「あのぉっ!?」

『ちょっと待てフェイ!? あの竜神も一緒だってのか!? タイタン戦で一緒にいたのは確かに俺も見てたけどよ』


 通信機の向こうで、ごくりと息を呑む気配。

 ただならぬ緊張感が伝わってきて。


『竜神レオレーシェな……』

「どうしたんです隊長。急にそんな押し黙って」


『……知ってるかフェイ。その神さま、以前に人間相手に暴れたことがある』


「え? 何ですそれ?」


 アシュラン隊長と話しつつも、目線はテーブルを挟んで座るレーシェへ。

 耳のいい彼女なら今の会話も聞こえているはず。


「なあレーシェ。アシュラン隊長がこんなこと言ってるけど」


「……さあ何のことかしら」


「隊長。その話詳しく」


『その神さま、普段は可愛くて穏やかだってのは神秘法院でも評判なんだが、ほら、元々は「神々の遊び」を司る神さまだろ。そこに尊厳もあるわけで、「神々の遊び」をけなされたら放っておけないわけだ』


「ええ。それで?」

『で、あるチームが廊下でよ、ちょうど神々の遊びで負けてムシャクシャしてたわけよ。酒飲んで酔っ払って「神々の遊びなんてくだらねぇ」って騒いでた。そこに偶然』


「レーシェが通りがかって、怒ったと?」


『使徒二十人が病院送りになった。後に『血染めの神さま』事件と言ってな』


「おいレーシェっ!?」

「ぎくっ!?」


 少女が大きく跳びはねた。

 炎燈色ヴァーミリオンの髪を揺らしつつ、「しまった」と言わんばかりに動揺した表情で後ずさり。


「そ、それはワシが悪いわけではない!」


「嘘つけ! 何だその変な言葉遣い!」

「ワ、ワシはただちょっと肩を叩いてやっただけじゃ。ケガ人などいない!」


 罪を否定する少女。

 ただし動揺で頭が混乱しているせいか、言語が妙に古くさい。


「――と言ってますけど隊長」

『複雑骨折が八人いたらしいぞ。担架で運ばれていったからな」


「おいレーシェ!?」

「ぎくっ!?」


 さらにレーシェが後ずさり。

 だがフェイの視線に、とうとう諦めたのか大きく項垂れたのだった。


「……ついうっかり。霊的上位世界エレメンツと間違えて……」

「このうっかり神め」


 うっかり永久氷壁のなかで三千年ほど居眠りした挙げ句、うっかり神に戻れなくなり、そしてうっかり流血事件。


 ……神々の遊びをバカにされて激昂か。

 ……もう目を瞑るだけで想像できそうだよな、レーシェの性格からして。


 神々の遊びでは死者が出ない。

 だが現実世界では違う。レーシェと一緒にいると、彼女を怒らせた時に命の保証はまったくないのだ。


 今の事件も、一歩間違えば大惨事になっていただろう。


「ミランダ事務長が、レーシェの相方に俺を選んだ理由も頷けました……」


『悪いなフェイ。見た目はめちゃくちゃ可愛い女の子だし、そんな事情がなければ是非と思うんだが。まあ贅沢を言えばもうちょっと胸が大きい方が良かっ――』


 ピキッ。


 レーシェの握っていたグラスが、音を立ててヒビ割れた。

 強化セラミック製。

 そう簡単に砕けないはずのグラスがだ。


「……レーシェ?」


「胸の大きさなんてヒトそれぞれだよね」


 少女がにこっと微笑んだ。


「この姿を選んだ時にね、わたし人間の男の好みなんて知らなかったの。容姿を具現化するにしても体型がまっすぐな方が真似しやすかったし。それでいいかなーって思ったんだけど。男は、胸が大きい方が好きなんだね?」


「……いや俺に訊かれても」


「古代魔法文明の時も、神さまのくせに胸が控えめって噂されたのよね。あの時は、怒りのあまり危うく世界を焼きつくすとこだったよ」


「人類滅ぼす気!?」

「――フェイ」


 とても愛らしい笑顔で、レーシェが腕組み。

 組んだ両腕で、こぶりな双丘を一生懸命押し上げるように強調して。


「キミは、女の子の胸のサイズなんて気にしないよね? っていうかわたし、これでもそこそこよね?」


「…………」


「返事は?」

「……は、はい。その通りです」


 おかしい。


 チームの仲間を探すはずが、なぜ自分は異性の胸のサイズについて冷や汗を流しながら答えなければならないのだろう。


「よろしい」


 満足そうに頷くレーシェ。

 ちなみにだが、逆鱗に触れた本人との通話は既に切れていた。


 ……アシュラン隊長め、ヤバそうな気配を悟って先に逃げたな。

 ……後で文句言ってやる。


「さあフェイ。仲間探しの続きよ。条件、わたしより胸の小さい人間であること」


「知るか!?」







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