神の遊戯その2「禁断ワード」

第17話 神を倒すのに必要な人数は?



 墨染め色が広がる、明け方。


 空気も凍るような寒さのなか、秘蹟都市ルインの街もまだ眠ったように静まりかえっている。

 そんな時刻に、神秘法院のビルだけは煌々と明かりがついていた。


 ビル七階の執務室で。 


「ねー事務長ミランダ、わたしフェイと組むことにしたよ」


「それは何よりです。ぜひ神々の遊びの完全攻略クリアを目指してください」


「さっそく神々の遊びに突入してくるね」

「ダメです」


「なんでっ!?」


 元神さまの少女レーシェが悲鳴を上げた。

 愛らしく整った小顔に、燃えるような炎燈色ヴァーミリオンの長髪がよく映える。


「わたしとフェイなら絶対勝てるよ?」


「ええ。レーシェ様とフェイ君が組む以上、間違いなく我が支部の最有力株になります。市民の期待も高いでしょう」


「だからさっそく神々の遊びに――」

「ダメです」


「なんでっ!?」


 悲鳴再び。

 そんなレーシェと事務長ミランダのやりとりを聞きながら。


 肝心のフェイはというと、出されたハーブティーをちびちびと口にしつつお菓子のクッキーに手をつけていた。


「フェイ君、お菓子を食べるのはいいけどレーシェ様に説明は?」


「昨晩ずっとしましたよ。二人じゃ無理だって」


 フェイとレーシェで組む。

 それは良しとしても、神々の遊びは二人だけでは参加できないのだ。


「タイタンの『神ごっこ』もだけど、神々の遊びってのは神vsヒト多数で成り立つルールが設定されてるから。俺ら二人だけじゃゲームの最低人数を満たさないことがあるんだって。だよなレーシェ?」


「じゃあ何人ならいいの?」


「――ってのがレーシェからの質問で。具体的に何人がいいかって数字はミランダ事務長の方が詳しいでしょ。神秘法院の統計データもあるだろうし」


 そして今朝。

 やる気の漲るレーシェに連れられて、朝から執務室を訪れたというわけだ。


「なるほど確かに、使徒に根拠を求められたのなら事務方としては数字を提示しなくちゃいけないねぇ」


 薄い眼鏡レンズの向こうで、切れ長の双眸がふっと微苦笑。


「ただしフェイ君。私のこの服装を見て、何か思うことはないかな?」


「ガウンです」

「そう。寝間着だよ」


 濃い葡萄酒色の、いかにも淑女然としたガウンを羽織っているミランダ事務長。

 そう告げる本人の目元は、眠そうに閉じかけていた。


「夜勤明けでようやく寝れると思った矢先にね。仮眠室に行こうと思った矢先にね。睡眠不足はすべての女性の肌の敵なのにね」


「ご、ごめんなさい……」


「過去同じ過ちをした部下は、一月ほどビルの中庭を掃除させる罪だったよ。葉っぱ一つでも落ちてたら全部やり直しの掃除をね」


「あんまりすぎる!?」


「乙女の睡眠時間を荒らした罪は重たいから。次から気をつけるように」


 溜息まじりにそう言って、ガウン姿の事務長がカップにそそいだ珈琲を一気に飲み干してみせた。


「さてレーシェ様。現状、神秘法院では二人チームという編成を許可しておりません。理由はフェイ君が話したとおりですが、もっと突きつめて言えば勝率です」


「むぅ……」


「レーシェ様もなんとなくわかるでしょう。神と人間の戦い。これが知略戦ゲームだとしても、人間の取るべき最善手は『数にモノを言わせること』です」


 神々の遊びにおいて――

 神は一体で固定。


 対して人間側は、何人が参加してもいい。

 神にとって、挑んでくる人が多ければ多いほど賑やかで騒がしくて楽しいことなのだ。


 そこを突く。


「神秘法院では一つのチームで『十人以上』を推奨しています。三十年の統計データで、九人以下で神に挑んだ勝率は四%未満。それが十人以上であれば九%に跳ね上がります。二十人なら十一%。人数が多ければ勝率も上がるのです」


「…………」

「神という強大な相手から勝ちを拾うには、数を要するものなのです」


 頬を膨らませたままレーシェは無言。

 その横顔をこっそり盗み見て、フェイはこっそり苦笑した。


 ……釈然としないけど反論できないって表情かおだな。

 ……レーシェの性格じゃ、不服があればすぐ口に出してるだろうし。


 歪んだ理を翳すなら、レーシェは迷わず力でもってその理を正しにかかるだろう。


 だが、そうはなるまい。

 フェイから見ても、ミランダ事務長の言葉には説得力がある。


「じゃあ何人ならいいの? わたしとフェイと、あと何人?」


 どうやら考えこむ時の癖らしい。

 炎燈色ヴァーミリオンの髪を指にくるくると巻きながら、少女の唇が言葉を紡いだ。


「数には拘らないわ。でもゲームに愛のない人間を入れるくらいならフェイと二人でいい。その気持ちはいけないことなの?」


「ごもつともです」


 静かに頷く、事務長。


「先ほど推奨は十人と申しましたが、三人四人と少しずつ仲間を揃えていけばいいのです。それまでは人数の足りないチーム同士で同盟を組むのもお勧めです」


「ふぅん……」


「よければ私から、お勧めの使徒を紹介します。新入りの使徒が速やかにチームに入れるよう斡旋するのも事務方の役目ですから。ねえフェイ君」


「はい?」


 突然に名指しされ、きょとんと目を瞬かせた。


「俺が、何か」

「レーシェ様に良い使徒を見つけてあげるよう頼んだよ」


「それ俺の仕事!? いま自分で事務の仕事だって言わなかったです!?」


「君も探しなよってこと。事務方はしょせん素人だし、報告レポートとかで客観的に優秀な使徒しかわからないんだよ」


 いわば批評家目線だ。


 プロスポーツにおける選手の評価が、解説者アナリストと実際のプロ選手たちで大きく割れることは珍しくない。


「レーシェ様も、神秘法院側わたしたちが薦める人間より、フェイ君が見つけてきた人間の方が信頼できるでしょう?」


「うん」

「……即答されるのは一抹の寂しさがありますが、まあそういうことです」


 話はお終いとばかりに、ミランダ事務長が大あくび。


「じゃあ私は寝るよ。候補者の選定は部下に連絡しておくから、あとはレーシェ様とフェイ君でチームメイト探し。いいメンバーが見つかるといいね?」






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