第16話 チュートリアルはここまでだ②



 神秘法院ビル、十七階。

 そこの特別顧問室がレーシェの住まいだ。


 ……って言っても、考えてみりゃ彼女と知り合ったのって昨日なんだよな。

 ……タイタンとの遊戯ゲームのせいで全然そんな気しないけど。


 扉を開ける。

 部屋に入ってすぐの廊下には、昨晩レーシェの履いていた靴がとても雑に脱ぎ捨ててあった。


「レーシェ、いる?」

「んー。ちょっと待って。いま良いところ」


 声は、応接間兼リビングから。


 昨日の昼間と同じタンクトップ姿のレーシェが、ソファーに座って目の前のモニターにかじりついていた。


 巨神タイタンとの『神ごっこ』戦。

 事務長室で流れていたのと同じ映像だ。 


「ここね、わたしたちデパートビルに逃げたけど、左に曲がって商店街の袋小路に逃げても良かったと思ったの」    


「反省会してたのか?」

「うん。次やる時はこうしようって。考えるだけでワクワクするでしょ?」


 無邪気な笑みの元竜神。

 我知らずのうちにフェイが見つめてしまうほど、彼女の横顔は澄みきっていた。


「ま、いいや。再放送はここで止めてと」


「いいの?」

「もう四回見たから」

「見過ぎだし!?」


「だってわたし、初めて『神々の遊び』に挑戦したんだもん。興奮冷めやらないよ」


 ソファーの上でくるっとレーシェが向き直った。


「でも、それはお互い様でしょ」


 あぐら座りのレーシェが、悪戯っぽくこちらを見上げてくる。


「どう? 久しぶりに神さまと戦ってみた感想は?」

「……そりゃ面白かったよ。久しぶりでドキドキしたし」


 神々との知略戦ゲームが楽しくないわけがない。

 さらに言うなら、昨日の一戦は、過去三回のどんな神々との遊戯ゲームよりも充実していた。


 自分と同じくらい――

 いや、自分以上に遊戯ゲームを楽しんでる元神さまが隣にいたからだ。


 ……今も昨晩もずっとだぜ?

 ……こんなにも夢中で楽しそうにしてるんだから。


 だからこそ自分も楽しかった。


「――――」


「どうしたの?」


「……これは蛇足っていうか世間話くらいのつもりで聞いてほしいんだけど、昨日さ、他の使徒たち一人も笑ってなかっただろ。ずっと表情強ばってた」


「うん」


「使徒にとって神々の遊びってのは遊戯ゲームじゃないんだよ。仕事に近いのかな。スポーツ選手みたいなもんだと思う」


 使徒とは、神に挑む英雄でありアイドルだ。

 神々の遊びを応援する市民から声援を受けるし、街を歩けばサインを求められる。

 ただし現役の間のみ。


 三度の敗北で、使徒は、神への挑戦権を失う。

 

 使徒というアイドルの座から転落する。

 その喪失感の恐怖は、使徒の誰しもが持っていることだろう。


「負けられないんだよ。みんな必死に努力するし、とんでもない責任感プレツシヤーと戦ってる。ただ、その裏返しでさ……負けた時にこれは誰のミスだとか責任だとか、言い争いになって、俺は、ちょっと居心地が悪かった」


 そうなりたくない。


 自分に遊戯ゲームのすべてを教えてくれた「彼女」から、まったく逆のことを教わったからだ。


〝勝っても負けても、「楽しかったねまたやろう」って言えること〟

〝それがわたしとフェイの、たった一つの約束ルール――〟

 

 


 誰かがミスしたって、運が悪かったって、それがゲームというものだろう?

 自分フェイはそう教わってきた。


「ゲームで神に挑めるなんて最高だよ。あんな強い相手が他にも沢山いるなんて、考えるだけでワクワクする。まあ……神秘法院で、そんな俺の意見はむしろ少数派だったみたいだけど」


 勝つために神に挑むのか。

 楽しむために神に挑むのか。


 フェイと他の使徒たちの、それがもっとも大きな「遊戯ゲーム」の違いだと思ってた。


 レーシェと出会う前までは。


「――――だけど」


 ふっと肩から力を抜いて、フェイは微苦笑を禁じ得なかった。


「昨日は楽しかった。どっかの誰かさんがあんなにはしゃぎまくってたせいで、全然そんな重たい空気なんか感じなかったし」


 他の使徒たちは張りつめていただろう。

 だがそんな他人を気にするのも忘れるくらい、レーシェがいつも隣ではしゃいでいた。眩しいくらいに。


「……って答えで満足?」

「うん、大満足」


 ソファーの上で、レーシェが組んでいた足をすっと伸ばして。

 じっとこちらを見上げてきた。


「んー」

「何だよ」


「フェイって欲望あるの?」

「……はい?」


「あ、願いの間違いだった。ほらわたしだったら『神に戻る』って願い事があるじゃない。フェイは、なんかそういうの無欲そうなタイプだなぁって」


「あるよ」

「あれ? なんか意外」


 レーシェが目をぱちくりと瞬かせる。


「なになに。教えてよ!」

「そんな期待されるほど大したものじゃないけど……」


「はっ!? まさかえっちなお願いね!」

「どうしてそうなった!?」


「だって、キミくらいの年齢の男の子はみんなそうだって。事務長がくれた雑誌にもそう書いてあったもん」


「……神さまへの願いがそんなんだったら悲しすぎるだろ。いや、だから本当に大したことないんだって……その……」


 竜神レオレーシェに――

 探し人と姿も性格もそっくりな元神さまから、何となく目を背けて。


「……探したい人がいるんだ」


「だれ?」


「俺が、子供の頃にずっとゲームで遊んでもらった人。名前は知らないから『お姉ちゃん』としか呼んでなかった」


 遊戯ゲームのすべてを教えてもらった。

 幼い頃の自分が何度やっても勝てなくて、朝も夜も挑み続けて、それを嬉しそうに笑顔で受け入れてくれた。


〝また遊びましょうね、フェイ〟


 ある日、忽然といなくなった。

 また会おうという約束だけを残して。


「……恩師って言うのかな。一言会ってお礼が言いたいんだよ、今の俺があるのは間違いなくその人のおかげだから」


 神々の遊びの三連勝も、そう。

 フェイが天才だったからではない。何千何万回、その「お姉ちゃん」に負けて鍛えられてきたからだ。


「神々の遊びの完全制覇で『ご褒美』がもらえるっていうなら、俺は願うのは一つきりさ。昔一緒に遊んだその人を見つけてくださいってね」


「ふぅん、何だか面白いお願いね」


 レーシェが腕組みして何やら思案顔。


「でもフェイ? その人間って何も手がかりないの? ゲームが好きって以外に」


「それがさ、俺も名前も知らないし、声とか顔とかも朧気なんだ。そうだな、でも唯一はっきり覚えてるのが――――……」


 そう言いかけて。


 ――レーシェにそっくりなんだ。炎燈色ヴァーミリオンの髪色が。


 喉元まで言いかけた言葉が、なぜか出なかった。


 フェイ自身にもわからない。

 ミランダ事務長には人捜しの特徴として何度も伝えたことなのに。


「覚えてない? まあいいんじゃない、そういう『記憶を戻してください』ってお願いだって一緒にすればいいし」


 レーシェがソファーから跳ね起きた。


「だから――」


 炎燈色ヴァーミリオンの髪の少女が、とっておきの笑顔で手を伸ばしてきた。


「わたしは神に戻るために。キミはその子を探すために。チーム結成だね!」

「ああ、望むところさ」


 その指先に。

 フェイは、自身も手を出してハイタッチしてみせた。


「俺の全力で挑むって約束するよ。神々の遊びの十階層すべてを目指して」








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