第15話 チュートリアルはここまでだ①


 タイタン戦翌日――


 神秘法院ルイン支部は、朝から活気と興奮に満ちていた。

 なにせ、神々の遊びで、人類が勝利したのは実に三十五日ぶりである。


 参加していた十八名の使徒はそれぞれ階位が一つ上がると共に、現実世界で開放できる神呪アライズの力が上がる。


 だが何よりも単純に嬉しい。


「ゲームってのは勝てばそれだけで嬉しいものだからね。勝利のご褒美とかは二の次で。神さまに知恵比べで勝利したんだ。神秘法院の職員一人一人だって、みんな飛び跳ねるくらい嬉しいよ。もちろん私も」


「飛び跳ねました?」

「そこはほら、私にも事務長って立場があるからね。まあそれはさておき」


 朝陽のさす執務室で。

 スーツに身を包んだ事務長ミランダが、背後のモニターに手をやった。


「褒めるべきところは褒めた。さて本題だよ。神秘法院の地下ダイヴセンターの扉を破壊したあげく、警備員だった使徒たちを恐喝し、五つしかない巨神像の一つを勝手に運びだしたことについての話をする?」


「……あー」


 ミランダの呆れたまなざしに、フェイは天井を仰ぎ見た。


 なるほど。

 この早朝から呼びだされたのは、どうやらお小言の為だったらしい。


「レーシェが巨神像を持ちだした件ですよね。あの後、夜遅くにレーシェが返しにいったはずですが」


「そうだけど、無理やりに持ちだしたはずみで石像の一部が壊れてた」

「…………」


「補修維持代だけで、新入り使徒の年間契約金の五十倍くらいかかるんだよね。あれ」


「それは俺のせいじゃな――」

「君が彼女の監視者だ」

「……はい」


「彼女がこうする前に止めるのが君だ。そうだね?」

「詰みじゃないですか」


 言い逃れ不可能。


 さてどうしろと。

 不滅の身体をいかして貴重な人体臨床実験にでも参加して弁償しろと。そんな事を言われる前に逃げようか。


「次、同じことしたら医療センターで臨床実験送りだから」

「ホントに言うし!?」


「という冗談はさておきね」


 事務長ミランダがふっと表情をゆるめ、そして自分の眼鏡を外してみせた。

 上機嫌な時だけ見せる、彼女の裸の双眸。


「久しぶりに楽しい遊戯ゲームが見れたのは、まあよかったかなってさ」


 モニターを起動。

 そこに映しだされたのは、巨神タイタンが、そびえ立つ高層ビルを破壊しながらフェイに迫る光景だ。


「世界中で高視聴率。この都市だけなら視聴率七十パーセント超。ちなみにこの街にある屋外ビジョンでも、いま昨日の生放送を再放送してる」


「そこまで?」

「大反響だよ。ほら、この窓からも広場の人波が見えるだろう」


 神々は、ヒトには見えない霊的存在だ。


 ただし神々の遊び場エレメンツ突入ダイヴした状態ならば、使徒が持ちこんだ撮影機器も一時的に霊的な力を得ることがわかっている。


「使徒の携行する撮影機のおかげで、私や市民も『神々の遊び』の映像を現実世界で見ることができるし、その戦いを応援することもできる。今さら君に言うことじゃないけどね、大事なことなんだよ」


 使徒は、突入ダイヴ時に小型撮影器を携行する。


 神々との対決をリアルタイムで世界各都市に放送。この世界娯楽エンターテインメントが確立したことで、神秘法院は莫大な収益を上げている。


「おかげでウチも潤うよ。その収益で新たな使徒を育成したり、外の世界を調査する資金にあてられるわけで」


 たとえば巨神像――

 物理世界と霊的世界とを繋ぐあの石像は、現代技術でも再現できない。古代魔法文明の遺跡を探し、そこから発掘するしかないのだ。


 その調査にしても、この世界は、都市を一歩外に出れば恐竜レツクスのような巨大原生生物が闊歩する荒野である。


 強力な調査団を結成する必要がある。

 となれば、どうしても資金がいる。


「そんなわけで使徒諸兄には頑張ってもらわないとね。神々の遊びに勝利しないと

人類の未来が暗くなる」


「……話が大きすぎません?」

「じゃあ君個人の話でもいいよ」


 ミランダ事務長が眼鏡をかけ直した。


「レオレーシェ様とのタッグ、どうだったかな」

「どうって?」


「息ぴったりだったじゃないか。急造チームとは思えないくらい連携も取れてたし。特に二人がデパート内外で別れたところとか」

「――――」


「おやどうしたんだい?」

「……正直、俺も自分でびっくりしたんです。なんていうか『凄いな』って」


 どんなに難しい連携も、どんなに複雑な意思疎通コミユニケーシヨンも――

 彼女レーシェならきっと合わせてくれる。


 何なら会話もいらない。目と目を合わせるだけですべて理解してくれる。


 こんなにも――

 こんなにも意思が通じ合う相手がいたなんて。


「今までお世話になったチームじゃだめだったとか、そんなのは全然ないんですけど……さすが元神さまだなって」


「それはどうだろうね」

「え?」


「元神さまだからじゃない。君とレオレーシェ様だから成立したんだと思うわけだよ。私としてはね」


 眼鏡ごしに、ミランダ事務長がいたずらっぽく笑んだ。


「レオレーシェ様はね、君がいない間、ずっと一人で遊んでたんだ」


「一人で?」


「強すぎて相手がいなかったのさ。トランプもオセロも囲碁もルーレットも。ま、時々は私や他の使徒もお相手はしてたけどね。てんで歯が立たないし」


「……ああ」

「だからこそのフェイ君なのさ」


 かたや元神さま。

 かたや『神々の遊び』で三連勝という、前代未聞の記録を打ち立てた新入りルーキー


 ピタリと重なり合ったのだ。


 互いが互いを求め合う、パズルのピースのように。


「いいチームになると思うよ。神々の遊びの完全制覇っていうにも一歩近づくことにもなるわけだしね?」


「精一杯やりますよ」


 事務長が金色のマスターキーを放り投げた。

 それを空中で受けとめて、フェイは力強く断言してみせた。


「そのために戻ってきたんですから」



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