第14話 vs巨神タイタン⑥ ―神ごっこ―


 二重三重に仕掛けられた神の悪知恵トリツク


 そこには同時に、勝利に至る提示ヒントも隠されていたのだ。


「やっぱりだ。見落としてたのは俺たちの方だったんだよレーシェ!」

「ひゃっ!?」


 肩を掴まれたレーシェがほんの一瞬顔を赤く染めたことに、フェイは気づかない。頭が一杯でそれどころではなかったから。


「レーシェ、この『神ごっこ』は、鬼ごっこと隠れんぼで構成されている」

「……ええ、それで?」


「それが俺たちの最大の錯覚だ」


 このゲームが「鬼ごっこ」であるとは、神は一言も言っていない。


「『神ごっこ』は鬼ごっこと隠れんぼ、そこにんだ。これなら敗北条件が二つあるのも説明できる」


 勝利条件は一つ。

 だが敗北条件は二つ。


 そんな捻れたルールも、すべて理に適ったゲームだったのだ。


「レーシェ、耳を」

「こ、こうかしら?」


 人間フェイの口元に耳を近づける。

 そんな慣れない行為に、レーシェがぎこなちさそうにしながら――


「あは、あははははっ」


 突然にその場で噴きだした。


「どうした?」


「キ、キミの息がくすぐったいよ!」

「紛らわしいから!?……まあ、気楽に構えてくれてるのは俺も心強いけど」


「任せなさいって」


 ポン、とレーシェの手が自分フェイの肩に触れてきた。


「二手に分かれましょ。階下した使徒ニンゲンたちを惹きつければいいのね?」


「ああ、きっかり半分ずつだ。こっからは別動向で」


「わたしは外」

「俺は上だ」


 頷き、二人は弾かれたように床を蹴った。


 窓ガラスを砕いて外へ飛びだすレーシェ。

 

 後方の使徒は十五人。

 自分フェイたちが二手に分かれたことを感知して、予想どおり、その半分がレーシェを追ってビルの外へと飛びだした。


「……間に合えよ!」


 レーシェを見送る余裕もない。

 ビル内に残ったフェイは、奥にある二つ目の非常階段へ。


 今こうしている間も、デパートを揺らすタイタンの足音が、過去もっとも近い距離まで迫ってきている。


「使徒たちもだ。俺を狙って階下したから上がってきてるはず……!」


 上へ、上へ。


 階段を駆け上がる。そんなフェイの鼓膜に響くのはビルの崩壊音。タイタンが、周囲のビルを立て続けに破壊している。


 ……レーシェに続いて俺がここを脱出すると予想してか。

 ……先に逃走先を断っておく。完璧だな。


 周囲すべてのビルを破壊すれば逃げ場のない王手チェツクが成立。最後にこのデパートを破壊することで絶対勝利チェツクメイトに至る。


 最適解だ。

 フェイがタイタンの立場でもそうするであろう、悔しいくらい完璧な手順だ。


「頼む、間に合ってくれよ! 俺もレーシェも!」


 あと少し。

 あと一手でこちらも事足りる。


「だから、ここだ!」


 十階建てのデパートの最上部。

 屋上へ――


 ぶ厚い扉を蹴り開けて、フェイは強風の吹きすさぶ外へと飛びだした。ここなら使徒たちが登ってくるまで時間を稼げる。


 そんな人間フェイの儚き願望が。


『――――――』


「なっ!?」


 待ち構えていた巨神タイタンの眼光に、消し飛んだ。


 屋上の高さと、そしてフェイを見つめる巨神タイタンの頭部の位置がほぼ水平。

 一人の人間と神の視線が、交叉。


「誘導か!」


 タイタンは待っていたのだ。


 配下となった使徒を利用して、最後に残った人間フェイをビルの屋上へと誘導させる。それでタイタン自らが確実に仕留めることができる。


 屋上はフェイ一人だが、レーシェがどこにいようと関係ない。


 


 神の拳。

 巨神タイタンが天に向けて振り上げた拳が、複合デパートビルを千々に破壊。


 そして。

 人間フェイは、ケシ粒のごとく消し飛んだ。


 神ごっこのルールにより、行動不能となった人間は脱落せずに神の配下となる。

 これにてゲーム終了――――


「全ビル破壊によりゲーム終了。そうだよな?」


『ッッ!?』


 タイタンのどよめき。


 吹き飛んだ人間が燃え上がったのだ。


 タイタンの見上げるそらで。

 フェイの肉体が鮮やかな炎に包まれ、そして生まれ変わるように再生していく。

 そう。

 フェイが、使徒として神から与えられた神呪アライズは――



 超人型、分類タイプ神の寵愛を授かりしメイユア・ゴツド」。



 擦り傷から致命傷、悪意、呪い、運命、あらゆる神々の干渉さえ問答無用で消し飛ばして「フェイを復元」する。


 究極の自己再生。


 ゆえに神ごっこのルール上でも行動不能と見なされず、神の配下にならない。

 その不知が、巨神タイタンの最後の計算を狂わせた。


っ。思いきり殴ってくれやがって。こちとら痛覚はゼロじゃないんだぞ……」


 目にかかる血を手で拭いとる。


 タイタンさえも見上げるそらから、フェイは地上を一望した。この『神ごっこ』の広大なフィールド上で、今すべてのビルが消滅した。


「俺が復活しても3対16でじぶんの勝ちだと思ってるだろ? 逆だ。勝利条件を満たしたのは俺たちなんだよ、タイタン


『ッ!』


「答え合わせの時間だ。この神ごっこで最後まで隠されていたゲームは――」


 眼下のタイタンめがけ、フェイは指を突きつけた。









「オセロだよ」









 神ごっこ――


 その名から、鬼ごっこを真っ先に推測した時点で人は心理的罠にかかっていた。

 見つからないよう隠れんぼに徹することが必要だとも錯覚した。


 だが本質はさらに別。


「神が追いかけてヒトが逃げる。神の配下が生まれてヒトがそれを救助する。これは明らかに『』の『』で成り立っている」


『――――』


「そして配下になった人間の上半身が塗り変わる。。これが最大のヒントだ」


 ① 先手後手のターン制。

 ② 駒が敵側にひっくり返ると同時に、片面だけがその敵色に切り替わる。

 

 この時点で、ほぼオセロだと特定できる。

 さらにそこから連想して――


「オセロだと推測できたなら、先手がカミで後手がヒト。ゲーム終了時の互いの駒数で決着がつく。その上で――」


「オセロ盤って、この街でしょ?」


 巨神タイタンが地上を見下ろす。

 そこには、燃えるような炎燈色ヴァーミリオンの髪をなびかせる少女が立っていた。


「あなたの端子精霊ミィプは優秀ね。まさかあのルール説明がヒントだなんて思わなかったわ。『この遊戯ゲームとなっています』って」


 さらにはこの都市の構造だ。

 等間隔の縦横に並ぶ街路は、さながら巨大なオセロ盤のマス目そのもの。だからこそ、巨神タイタンはこの街を選んだのだ。


 ひるがえって――


 オセロの終了は、盤上フィールドが埋めつくされて「これ以上遊べなくなった」時。

 神ごっこならば、フィールドが壊されつくして「これ以上遊べなくなった」時。


「だからゲーム終了よ。あとはカミヒトどちらが多いかで決着よね?」


「……はぁ……はぁ。も、もうフェイってば。先輩を酷使しすぎだってば!」


 息を荒らげてやってきたのはアスタだ。

 彼女を含めてもまだヒト3。タイタンを含めたカミ16には遠く及ばない。ゲーム終了直前まで絶体絶命だった。


 が――


「あったんだよ。俺たちが逆転するたった一筋の光明。それは連鎖だ」


 ヒトが、大量のカミ


 大逆転をもたらすオセロの定石だ。 

 この『神ごっこ』においても、非常に巧妙ながらそのルールが隠されていた。


〝そ……そんな……!〟

〝どうして、私たち触られてないのに!?〟


 アスタと副隊長がタイタンに触れられた時のこと――


 副隊長の傍にいた二人の使徒まで、まるで呪いが移ったかのように「捕まった」という判定が下された。


 あの時は、近距離ゆえの接触タツチ判定かと思っていたが。


「オセロだからこそ説明できる。あの時、アスタ先輩が風の魔法を使って三人の仲間をまとめてビル壁に叩きつけたよな? あれは動きを封じるためじゃない。タイタンためだった」


 ビル壁に沿って――


 カミ(タイタン)、ヒトヒトヒトカミ(アスタ)の並びが成立していた。


 だから副隊長が捕まった時に、一緒に挟まれていた部下たちもカミにひっくり返ったのだ。


「同じ手を使わせてもらったわ。フェイがタイタンを引きつけてくれてる間にね」


 ぽん、とアスタの肩にレーシェが手を乗せて。


「さっきわたしがデパートの外に飛びだした後、走ったのは、この人間の隠れてるビルに向かうためだったのよね」


〝二手に分かれましょ。お互いに階下した使徒ニンゲンたちを惹きつければいいのね?〟

〝ああ、きっかり半分ずつだ〟


 レーシェを追いかけた使徒は七人。

 彼らは知るよしもなかった。

 レーシェは逃げたのではない。離れて隠れていたアスタと合流するために走っていたのだ。


 ――それゆえの不意打ち。

 レーシェを追う七人めがけてアスタが風魔法を発動。彼らをまとめてビル壁に叩きつけることで強制的に一列に並ばせる。


 ヒト(アスタ)、カミカミカミカミカミカミカミヒト(レーシェ)の立ち位置へ。


 あとはカミの一人に接触タツチするだけ。

 アスタとレーシェに挟まれた七人が、連鎖的にヒトへとひっくり返る。


「だから俺は、それを信じておまえをここに惹きつけた」


 この時点でヒト9(内訳:レーシェ、アスタを含む使徒八人)

 そして――

 最後の最後、フェイが自己蘇生によってヒトに復帰したことで勝敗は決した。


  ヒト10(内訳:フェイ、レーシェ、アスタを含む使徒八人)。

 カミ9(内訳:タイタン、使徒八人)。


「俺たちの勝ちだ。反論は?」


『…………ナイ……』


 それが。

 人語を語らぬはずの神が、フェイだけにこっそり告げた、不器用な敗北宣言。


 空から地上めがけて落下するフェイがタイタンの掌に受けとめられて、そしてレーシェの隣にゆっくり降ろされる。


 フェイがふり返った時―― 


 巨神タイタンの姿は、「神々の遊び場エレメンツ」のどこからも消えていた。


 遊びつくした。

 満足しきったとでも、言うように。




 VS『大地の賢神』タイタン。

 神ごっこゲーム。攻略時間3時間31分にて『勝利』。


【勝利条件】ゲーム終了時点で、ヒトカミの駒数を上回ること


【敗北条件1】全員が捕まること(カミをひっくり返すヒトがいなくなるため)

【敗北条件2】ゲーム終了時点で、カミヒトの駒数を上回った場合


【隠しルール1】タイタンの攻撃で行動不能になった者は、神の配下になる。   

【隠しルール2】タイタンの配下を逆に接触タツチすることで、ヒト側に復帰可能。

【隠しルール3】前項1・2の達成時、敵駒を「挟んで」いる場合には連鎖が起きる。









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