第12話 vs巨神タイタン④ ―神ごっこ―



 商業ビルの裏へ。

 レーシェに視線で合図して、フェイは息を殺して物陰に滑りこんだ。


 それを追ってアスタが前を通過して――


「え?」


 フェイの姿を見失った。

 つい数秒前まで前を走っていた人間フェイが、ゴミ置き場の陰に隠れたせいだ。


「ちっと我慢しろよアスタ先輩。せーの!」


「ひゃっ!?」


 物陰からフェイは街角のゴミ箱を放り投げた。狙い違わず、ゴミ箱がすぽんとアスタの頭にかぶさって目隠しに。


「言っただろ。先輩の格好バランス悪すぎって。タイタンと同じ色に染まるにしても、なんで上半身だけなのかな」


「ちょ、ちょっとフェイ何を言って――」


「レーシェ」

「ほい。これで接触タツチ成功っと」


「ひゃあんっ!?」


「あ、ごめんね。お尻じゃなくて足にしとけばよかった? 下半身なら何でも良かったんだけど」


 アスタが飛び跳ねた。

 それもそのはず。ゴミ箱をかぶせられて目の前が見えない状態で、突然誰かにお尻を触られのだから驚くのも無理はない。


「ちょ、ちょっとフェイ! アンタね、いきなりゴミ箱を頭にかぶせたあげくお尻を触るなんていい度胸し――」


「先輩。

「へ?」


 ゴミ箱を放り投げたアスタの上半身から、みるみると溶岩色が剥がれ始めた。

 あっという間にいつもの彼女の姿へ。


「え? え?……私、動ける?」


「先輩はタイタン側になったけど脱落扱いじゃなかった。それなら何度でも復帰できるための隠しルールもあるんじゃないかってさ」


「……えっとぉ」


「となると、まだ神側に染まってなかった下半身が、人間に戻る復帰ポイントってことで予想がつくだろ?」


「っ! そ、そっか!」


 アスタが思わず声を上げる。


  ――隠しルールその2

 ――タイタンの配下の「塗りつぶされていない箇所」を接触タツチすることでヒト側に復帰。


 神色に塗りつぶされたのは上半身。

 だから下半身のどこかを触ればいい。とはいえフェイも、レーシェがいきなりアスタのお尻を鷲づかみにするのは予想外だったが。


「とにかく先輩、このルールを他の仲間にも――」


 直後。

 ビル群の向こうから、巨神タイタンの咆哮が轟いた。


「やばっ。また俺たちが標的か?」

「あのタイタンの咆吼、喜んでるんじゃない?」


 ビル倒壊の砂塵を見つめるレーシェ。

 その声が楽しげに弾んでいるのは、フェイの錯覚ではないだろう。


「フェイがじぶん遊戯ゲームを理解してくれたって。勝負しがいのある人間がいる方が、神さまだって楽しいもん」


「それで俺ら狙いか。走るぞレーシェ」


「ちょ、ちょっとフェイ!? 私をおいてく気!?」


「先輩は隠れてて。アイツは俺ら狙いだし、一緒にいるとまた踏み潰されますよ」

「……了解アイサー


 アスタがそそくさとビルの物陰に避難していく。 

 彼女はしばらく安泰だろう。一方で危機が差し迫っているのは、巨神タイタンに狙いをつけられたフェイたちだ。


 ……アイツが俺らを狙うのは大正解だ。

 ……俺とレーシェがヒト側の復帰条件に気づいた以上、俺らを放っておけない。


 神に捕まれば神の配下になる。

 しかしフェイとレーシェがいれば、何度でもヒト側に戻ってしまうのだ。


アイツ視点からすれば、俺たちさえ捕まえれば勝利同然だもんな、そりゃ全力で俺たちを追いかけるわけだ」


「フェイもっと速く。タイタンが近づいてきてるわ」

「これでも頑張ってるよ」


 後ろにふり返るレーシェだが、フェイはまともに答える余裕もない。

 全力で走っても所詮は人間。高層ビル並の巨体をもつタイタンと単純な追いかけっこで勝てるわけがない。


「タイタンの速さを考えると時速九百キロ以上が望ましいわ」

「……俺にジェット機を追い越せと?」


「着てる服が重いのかしら。服脱いじゃいなよ」

「どんな服だよ。ってやめろ、どこまで脱がそうとしてるんですかね!?」


「へえ。やっぱりフェイも下着を穿いてるのね。ほほぅ、女の下着とはかたちも違うのね。これは勉強になるわ」


「いま勉強しなくていいから!?」


 レーシェは余裕でも自分は違う。

 フェイの神呪アライズは、「とにかく死なない」だけで身体能力の向上はほとんどない。単純な徒競走では常人同然だ。


 ……実際、この『神ごっこ』じゃ役に立たないな。

 ……逃げるのにも隠れるにも意味がない。


 単純な追いかけっこを続ければ、すぐに自分は捕まるだろう。

 今すぐにでも策がいる。


「ビルの合間を縫ってアイツの目をくらませるか? レーシェなら俺を放っておけば逃げきれそうだけど」


「意味ないわ。逃げてるだけじゃ勝てないもん」


 レーシェが首を横にふる。


端子精霊ミィプが言ってたよね。逃げ続けても敗北する場合があるって。その敗北条件が気になるのよね」


 そう。この「神ごっこ」最大の謎が、まだ誰も解けていないのだ。


 


 まずはタイタンから逃げる。

 そこから先は?


「俺ら側の勝利条件が問題だな。あのタイタンを倒す……ってのは単なる遊闘技バトルゲームになるから違う。たとえば一定時間逃げきったら勝ち?」


「可能性はあるけど根拠がないわ」

「いつまで逃げきればいいかって指標もないしな。なら――――」


 ふと気づく。


 隣を走るレーシェが、さっきから満面の笑みで自分フェイを見つめていたのだ。

 とても、とても幸せそうに。


「えへへー。えへへ、えへへへへへ」


「……なにさ」

「やっぱり思った通りだねぇ」


 元神の少女は、ニヤニヤ笑いを隠そうともしなかった。

 この笑顔を見てくれと言わんばかりに、走りながらも顔を近づけてきて。


「話が合うのよね。わたしが言いたいことちゃんと伝わってるし、何よりちゃんと本気で遊んでくれてる。


「? 当然だろ? こんな迫力スリル満点のゲームなんだから」


「それが嬉しいのよ。ほら、わたしも元神さまだし。神々の遊びに本気で挑んでくれる人間がいると嬉しいなあって」


 遊戯とは楽しむもの――

 人間が楽しんでくれたのなら、神さまだってやっぱり嬉しい。レーシェの弾む口ぶりが、ありありとそう伝えてくる。


「つっても、負けると悔しいから勝ちたいけどな」

「それはもちろんよ」


人間側おれらの勝利条件も絞りこまないと。そろそろ本気でまずいぞ」


 強大な気配がもう近い。

 ふり返る必要さえない。フェイの背中にぱらぱらと降りそそぐのは、タイタンが破壊したビルの窓ガラスとコンクリート片の混合だ。


 ……あのタイタンにとっちゃ高層ビルは障害物競争だな。

 ……飛び越えるんじゃなくて蹴り砕いてるけど。


 邪魔にはなる。

 タイタンが巨大すぎるがゆえに、ビルを破壊して進んでこなければフェイたちに近づくことができないからだ。


「このビル街を走ってる間、ちょっとだけ時間稼ぎできるか……あの端子精霊ミィプ、ヒト側の敗北条件が複数あるって仄めかしてたよな」


 整理しよう。

 この『神ごっこ』には、三つの勝敗条件と二つの隠しルールが存在する。



【勝利条件】?????


【敗北条件1】全員が捕まること

【敗北条件2】?????(逃げきっても敗北する場合がある)


【隠しルール1】タイタンの攻撃で行動不能になった者は、タイタンの配下となる。

【隠しルール2】タイタンの配下を逆に接触タツチすることで、ヒト側に復帰可能。


 

 これ以外のルールがある可能性は?


 無論ある。だがここまでゲームが進んだ状況で見つからないのであれば、今は無視して考えるべきだろう。


 ……厄介なのは当然に敗北条件2だ。

 ……俺たちが逃げきっても敗北になる場合があるなら、絶対に無視できない。


 フェイが思索に集中した、その一瞬で。


「っ! フェイ屈んで!」


 レーシェが独楽コマのように急旋回。

 すらりと伸びた足を跳ね上げて、フェイの脳天めがけ飛んできた瓦礫をボールさながらに蹴り落とした。


「助かったレーシェ、考えさせるヒマは与えないってか!」


 数百メートル以上離れた距離からの「狙撃」。

 偶然ではない。今の瓦礫は、フェイとレーシェとを狙って遙か遠くから巨神タイタンが投げつけてきたものだ。


「……やるなぁ」


 冷や汗が、一筋。

 心臓がドクンと早鐘を打つのを自覚しながら、フェイはそう口にしていた。


 驚愕で。


「追いつかれるまでもうちょい時間がある。完全にそうタカをくくってたよ。その心理を逆手にとって遠距離狙撃ね。……やっぱ神さまってのは手強いな」


 巨神タイタンは、ただ暴れるだけの木偶の坊デカブツではない。

 怪力乱心にして蓋世之才がいせいのさい


 知と力とを兼ね備えた、まさしく「神々」の名にふさわしい一柱なのだ。


「フェイ、次はどっち?」

「ここを右折……あ、もう一本奥の道か。似たような道が多すぎる」


 秘蹟都市ルインは、街路が等間隔で横と縦に走った「碁盤の目」の構造だ。


 さらにはビルの配置まで規則正しい。

 景観は美しいのだが、どこを見ても似た雰囲気のせいで、いま自分がどの区画にいるのか現在地を錯覚しやすいのだ。


「俺も半年ぶりに戻ってきたばかりだし、慌てると迷いそうだな。こういうのもタイタン側には有利に働くわけだ」


 ビルの裏へ逃げこむ。

 陰にまぎれて移動すれば、タイタンからは視認できまい。


 ……考えろ。俺たちの勝利条件は何だ?

 ……これだけ知的な神のゲームだし、ルール自体も相当に洗練されてるはず。


 ならばヒントも必ずある。


 既に自分たちが目にしている可能性が高い。


「ここまでの状況で確実にヒントもあったはずなんだ。見つからないなら、それは俺たちが見逃してる」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る