第11話 vs巨神タイタン③ ―神ごっこ―



「アスタ!?」


 その場の使徒たちが青ざめた。

 何千トンという巨体に踏み潰されたのだ。即死以外にない。


 神のゲームにおける『行動不能』=脱落。


 霊的上位世界で受けた傷は、現実には影響しない。

 そして巨人の足裏には、もうアスタの姿はあるまい。脱落となって現実世界に送り返されたことだろう。


 と、思われたが。


「あれ……わたし……?」


 潰されたはずのアスタが、罅だらけのアスファルトから起き上がった。


 傷一つない。


 タイタンの足の下で悲惨な状況になっていたはずの彼女が、フェイたちの前で、

自分でも信じられなさそうにきょとんとしているのだ。


「……アスタ先輩、生きてます?」

「え、ええ。わたし脱落したはずじゃ――――――――――い、いやぁぁっっ!?」


 異変はその時だ。


 踏み潰された使徒アスタの上半身が、ペンキで塗りつぶされたように、みるみると鮮やかな溶岩色に染まり始めたではないか。


 巨神タイタンと同じ色に。


「アスタ先輩!?」

「な、何よフェイ! 私の身体どうなってるの。あ、あれ勝手に魔法が!?」


 上半身がオレンジ色に塗りつぶされた使徒アスタが、両手をこちらに突きだした。


 ――暴嵐弾テンペスト


 危険を叫ぶ余裕もない。

 アスタの放った風の砲弾が、間一髪でかわしたフェイの真横を抜けて、その場に立っていた使徒を撃ちぬいた。 


 暴風に突き飛ばされた者たちが、次々とビルの壁に叩きつけられる。


「……ぐっ!?……アスタ……血迷ったか!」

「ち、違うんです副隊長。身体が勝手に動いちゃうんですってばーーーーっ!」


 アスタの悲鳴。

 彼女の意思はある。だが身体が言うことをきかず魔法が制御できていない。



 仁王立ちのタイタンを見上げて、フェイは奥歯を噛みしめた。


「隠しルール。そりゃ当然用意してるよな。神さまとの知恵比べなんだから!」


 そもそも『ごっこ』とは真似るという意味だ。

 神ごっこであれば『神を真似る』。この神ごっこゲームでは、タイタンに捕まった者はタイタンの部下となって敵に回る。


 ――隠しルールその1。

 ――タイタンに捕まった者は、タイタンの手先となって襲いかかってくる。


 将棋という盤ゲームがある。

 捕らえた駒は自分の駒に利用できるのだが、それと同じだ。


「レーシェも知ってるだろ。神々の遊びってのは、人間にとっちゃ多人数で挑む方が勝率も高いんだけど」


「今回はそうじゃないみたいね」


 レーシェが肩をすくめる仕草。


 この『神ごっこ』では、捕まった使徒が脱落とならず敵に回る。

 タイタンの勢力がネズミ算式に増えていくこのルールは、多人数で挑むヒトの戦法が見事に逆手に取られたかたちだ。


「ふ、副隊長! 逃げてくださいっ!」

「風の魔法をこっちに連発しながら言うセリフか!……し、しまった!?」


 タイタンの手先となったアスタが再び風魔法を発動。

 強風に煽られて副隊長が転倒。そこへタイタンの振り下ろした踵が、逃げ遅れた副隊長をいともたやすく踏み潰す。


 やられた。


 アスタと同じく、タイタンに触られた副隊長までもが神と同じ色に染まっていく。

 それだけだと思っていたが――


「え?」


 レーシェが目をみひらくなか、男女の悲鳴がビル街にこだました。


 副隊長だけではない。

 彼の隣にいた部下の使徒二人まで、その上半身がみるみると溶岩色に塗りつぶされていくではないか。


「そ……そんな……!」

「どうして、!?」


 タイタンに触られたのはアスタと副隊長。

 なのに副隊長の傍にいた二人まで、まるで呪いが移ったかのように連鎖的に「捕まった」という判定が下されたのだ。


 ……どういうことだ!?

 ……この二人はタイタンにも副隊長にも触ってなかったのに。


 接触タツチ判定? 

 直接触れただけではなく、ある程度の近接距離に近づかれただけでも「神に触られた」という判定になるのだとしたら――


「フェイ、わたしたちもまずいかも」

「ああ。レーシェも迂闊に近づくな。離れるぞ!」


 アスタと副隊長、それに使徒二人。

 神側の陣営になってしまった四人に背を向けて、全力でビル街を駆けぬける。


「これで神側が四人か」

「タイタンを入れたら五ね。ってことはもう十四と五でしょ」 


 人間18vs神1から、人間14vs神5へ。


 しかもまだ開始早々だ。

 一時間とたたずに使徒の全滅が見える勢いで、戦力が逆転しつつある。


 ……最初に捕まったのがアスタ先輩ってのもタチが悪いな。

 ……彼女の魔法は、足止めには最適だ。


 強力な使徒であればあるほど、敵側に回った時の対処が難しい。

 そしてアスタの風魔法は、逃走には不向きだが、捕まえる側になればこの上ない

脅威となる。


『――――』


 地上を見下ろす巨神タイタン。

 フェイとレーシェを見下ろしていたが、突然くるっと明後日の方向に向き直った。


「方向転換した? わたしたちを狙ってこないつもり?」

「……後回しかな。多分だけど」


 タイタンは察したのだろう。

 他の使徒とは明らかに違う元神レーシェが参加してきたことに。


「俺たち以外を全滅させれば人間2の神17。その戦力差で襲ってくるつもりで、それまでは配下に任せるって作戦か」


「配下って何よーーーーーっ!?」


 叫んだのは、既に神側になってしまった女使徒アスタだ。


 上半身を溶岩色に塗りつぶされて動きを操られているものの、思考までは束縛されていないらしい。


「だって配下じゃないですか。あとアスタ先輩、下半身は元の色のままなんだ。バランス悪いな」


「うるさーーーい! なに暢気にしてるのよフェイ。さっさと逃げなさいって。私の身体、勝手にアンタたちを追いかけていっちゃうんだから!」


「言われなくても逃げますって」


 ビル陰を飛びだして、街をまっすぐ東へ。

 一方で巨神タイタンの進路は逆方向。別の使徒たちを見つけたのだろう、地響きを従えて、その途中にあるビルを次々と破壊しながら進んでいっている。


「……無茶苦茶すぎだろアイツ。鋼鉄のビルが積み木みたいに壊されてる」

「ねえフェイ。わたしたちも意外と危ないかも」


 隣を走るレーシェが、歩道をくるんとふり返った。

 追いかけてくるアスタを目線で示して。


「あの人間、妙に足が速くない?」


「アスタ先輩の脚力じゃないな。神の配下になった恩恵かも」


 フェイの全力疾走でも距離が離れない上に、向かってくるアスタは息一つ乱していない。体力も無尽蔵なのだろう。


「厄介だな、このままじゃ俺が先に息切れするかも」

「ねえフェイ。わたし良いこと思いついた。この遊戯ゲームの裏技」


 何を?

 目線でそう問うフェイに、レーシェが後ろを指さした。


「あの人間を消滅させるの。原型ないくらい燃やして炭にしちゃえばさすがに脱落するでしょ。神側の数が減るよ」


「怖っ!?」


 フェイには思いつかない、まさしく人ならざる発想だ。


 確かにレーシェが本気を出せば、たとえ巨神タイタンの配下になった使徒だろうと消し飛ばすことは可能だろう。

 それは間違いないのだが――


「斬新な裏技だけど、それは無し」


「どうして?」 

「アスタ先輩が気の毒すぎるってのもあるし、何より正攻法じゃない」


 ふしぎそうなレーシェに。

 フェイは、まっすぐ大通りを指さした。


遊戯ゲームってのは正攻法で攻略する方が楽しいに決まってる。やるからには本気で挑みたいんだよ。神さまとの知恵比べを、さ」


「ほほう?」

「……何だよ」

「キミらしい返事だなって思ったの。だからいいよ、じゃあそれで!」


 レーシェが声を弾ませた。

 スキップのように大きく足を踏み出して、加速。


「フェイ、こっちこっち」


「だから走るの速すぎだって!……あ、レーシェついでに一つ。結局のところ後ろのアスタ先輩はどういう扱いなんだ?」


 全力でビル街を駆け抜ける。

 タイタン側の追跡はアスタ一人で、他の使徒たちの姿はない。


「あの人は操られてるけど、それは神ごっこのルール内。つまり彼女もまだ脱落したわけじゃない。そういう理解であってる?」


「そうね。神々わたしたちって、脱落者はすぐに現実世界に放り出すことにしてるから」


 しばし黙考。

 レーシェと併走するフェイの脳裏に、泡のように浮かび上がった可能性がある。

 それは――


「……このゲーム、かもな」





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