第10話 vs巨神タイタン② ―神ごっこ―



 巨神タイタンの拳に砕かれて――

 ビルの外壁が、何千何万という鋼の弾丸と化して降ってきた。


 フェイの全身よりも巨大な瓦礫が、広場へ。


「きゃあっ!?」

「防御しろ! 瓦礫に潰されるぞ、急げ!」


 悲鳴と怒号がこだまする。


 真っ先に動いたのは「超人」の神呪アライズを宿した使徒たちだ。人間離れした反応速度と脚力で、落下してくる瓦礫を蹴り落とす。

 続いて「魔法士」の神呪アライズを宿した使徒たちも。


「コノハ、キルギス。結界を急げ!」


「た、直ちに!」

「発動します!」


 風の魔法士と重力の魔法士。

 フェイと同年代であろう男女の使徒二人が、空に向かって両手を突きだした。


 ボンッと大気が破裂。

 嵐のような烈風が噴き上がるや、空からの瓦礫を破壊していく。

 

 これが神呪アライズ

 神々との勝負にあたって必要不可欠となる力だ。大人数で挑めば、遊闘技バトルゲームを好む神々とも十分に戦うことができる。


 だが。

 フェイだけは、悪い意味でその例外だ。


「……やばっ!」


 冷たい汗が滴り落ちていくなかで、フェイは全速力で跳び退いた。


 フェイの神呪アライズは、荒事には向いていない。

 超人のような身体能力はないし、魔法士のように瓦礫を受けとめることもできない。


「離れろレーシェ、ここは危な――」

「なにが?」


 炎燈色ヴァーミリオンの髪の少女がのほほんと振り返った。

 そんな彼女が、上を見向きもせずに放った裏拳が――


 降ってきた瓦礫を、木っ端微塵に砕いてみせた。

 大気が破裂したような、凄まじい衝撃波がフェイの肌を撫でていく。


「……あー、いや。何でもないです」


 砕かれた破片が地を転がるのを、恐る恐る凝視してみる。

 

 ただ破壊しただけではない。


 ビルの破片がチョコレートのようにどろどろと溶けていくではないか。レーシェの拳が触れただけでこの有様である。


 ……さすが元神さま。

 ……炎の化身とか自分で言ってただけあるよ。


 さらに言うなれば。

 レーシェは間違いなく、現実世界でも同じことができるに違いない。ミランダ事務長が怒らせるなといった意味がつくづくよくわかる。


 ちなみに、その本人はなぜかニヤニヤ顔で。


「ふぅん?」

「……何だよその怪しい笑み」


「キミってば意外と可愛いとこあるんだなーって。冷静クールに見えて、そうやって慌てるところもあるのね。しかも今、わたしを心配しちゃった? わたしにさっきの破片が当たると思って心配してくれたのかな? かな?」


 レーシェが顔を近づけてくる。

 何が言いたいのかフェイには理解しがたいが、なんとなく気恥ずかしい。


「……心配無用ってのはわかったよ。とにかく逃げるぞ。まずは鬼ごっこの定番セオリーどおりに」


「うん、異議なしよ」


 広場を抜けてビル街へ走りだす。

 鬼役タイタンに捕まらないよう、とにかく遠ざかるのが鬼ごっこの定番セオリーだ。


「で。向こうもまだ無事か?」


 フェイたちの前を走る使徒は十六人。

 今のビル崩壊に巻きこまれて一人くらい脱落してもおかしくなかったが、全員が無傷で生き残っているのはさすがである。


 ……ってか、今のはタイタンにしちゃただの開始の合図だもんな。

 ……こっからが本番か。


 フェイが振りかえる。

 それに呼応するかのように、最後尾にいた使徒の一人が叫んだ。


「隊長、タイタンが動きだしました!」


 ビルが倒壊。

 濛々とたちこめる砂埃の中から、高層ビルにも迫る岩巨人が飛びだした。


 うっすらと輝く眼で、地上の人間たちを凝視。

 そして一直線に走りだした。一歩一歩ごとに爆発のような衝撃音が走り、アスファルトの舗装が悲鳴を上げて砕け散っていく。


「は、速っ!?」


「隊長ダメです。こんなの追いかけっこじゃ超人でも絶対勝てません! 飛行の魔法士が……い、いえそれでも無理です!」


「ここが都市のど真ん中であることを忘れるな!」


 隊長が大通りを指さした。


「散れ! 一人一人わかれてビルの陰に紛れろ。奴から見れば我々はアリのようなものだ。アリが草むらに隠れるように逃げればいい」


「はっ!」


 散開する使徒たちが、複数のビルめがけて走りだす。

 フェイとレーシェもそこに続く。使徒四人とあわせて六人で、高層ビルの陰へと回りこんだ。


「……はぁ……っ……はぁ……もう、あんな巨人との鬼ごっこなんて。これじゃ魔法士わたしの出番ないじゃない!」


 フェイの女先輩にあたるアスタが、息を切らせてビルの壁面によりかかる。


 彼女の神呪アライズは魔法士型。

 超人型と違って身体能力の向上がほとんどない。ここまで走るだけでも一苦労だったことだろう。


「上っ面は鬼ごっこだが、我々がすべきはむしろ『隠れんぼ』か?」


 ビル陰から道路を覗くのは男の使徒だ。

 フェイは面識ないが超人型だろう。タイタンに追われてここまで走ってきても息一つ乱していない。


「体格差がありすぎて単純な競走は超人型オレでも分が悪い。ビル陰で身を潜めるのが正解だ。いっそこのビルの内部なかに隠れるか」


「そ、それですわ副隊長! 裏口から入ってしまえば気づかれません!」


「悪手だ。やめとけアスタ先輩」

「……へ?」


 裏口に走ろうとしたアスタが、自慢の金髪をなびかせてふり向いた。


「ど、どうしたのよフェイ?」

「ビルに逃げこむのはヤバすぎる。まず危険度が半端じゃないし」


 ズンッ……と唸る足音。

 走行から歩行に切り替えたタイタンの足音が、徐々に近づいてきている。フェイからは見えないが、もうかなり近い位置にいるはず。


アイツは、俺らが逃げた位置を大まかに認識できてる」


「だからビルの中に隠れるのよ! そりゃあ……アイツがその気になったらビルを粉砕することもできるけど、どのみち逃げても追いつかれるだけだもん」


 見つかれば敗北つかまる


 ならば一縷の望みに託してビルの内部に逃げこんで、ビルの粉砕に巻き込まれないことを祈ってみよう。

 その選択肢は、確かに通常の鬼ごっこであれば有効だろう。


「くり返すけど悪手なんだよ。

「どうして!?」


「それは――――――っ! やばい先輩、こっちに走れ!」


「? どうかしたの?」


 立ち止まったままの女使徒アスタ

 会話に夢中になるあまり気づかなかったのだ。彼女のすぐ後ろ――ゾウよりも巨大な神の顔が、ビルの向こう側から彼女を見下ろしていたことを。


 ……こんなに早く見つかった!?

 ……俺たちの声か臭いか。あるいはその両方か!


 悔いる時間はない。


「アスタ、こっちに向かって走れ! 後ろを見るな!」


「え? どうしたんです副隊長?」


 後ろを見るな。


 そう言われてふり返らない人間は皆無だろう。副隊長の声に、つい無意識的にアスタがふり返る。そして。


「き……きゃぁぁぁぁぁぁぁあっっっっっ――――――――…………」


 踏み潰された。


 悲鳴がビル群にこだまする中、タイタンの足に、あまりにあっけなく金髪の女使徒が踏みつけられた。


 まだ――

 この瞬間、誰一人として気づいていなかった。



 神の遊戯、その「真のルール」が発動したことに。




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