第9話 vs巨神タイタン① ―神ごっこ―




霊的上位世界『神々の遊び場エレメンツ』。


ここは、主となる神ごとに千差万別に姿を変える。巨神像から突入ダイヴしたフェイがたどり着いた先は――


「あれ?」


 見覚えある秘蹟都市ルイン。

 まさに今朝、神秘法院まで歩いてきた時のビル街がそっくり広がっていた。


「ずいぶん見覚えあるけど、ここってもう神々の遊び場エレメンツのはずだよな……」


「フェイ、こっちこっち!」


 声は、街の広場から。

 炎燈色ヴァーミリオンの髪をなびかせてレーシェが手招きしてきた。


「わたし待ちきれないよ! ねえねえ、どんなゲームになると思う?」


「俺だってわかんないよ。レーシェこそ元々は神さまだし、ここにいる神さまと顔なじみだったりしないのか?」


「全然」


 少女があっさりと首を横にふる。


「人間は『神々』ってまとめてるけど全然違うよ。猫とクジラを『動物』って一括りにしても、それって全然違うでしょ」


「じゃあ仲間ってわけじゃないんだ?」


「うん。ここにいる神も、わたしのこと知らないと思う」


 レーシェは「当然でしょ」という口ぶりだが、人間側フェイはそうではない。神自身から神々のことを語られる機会が無いからだ。

 この話も、神秘法院の研究者なら血眼で食いつく情報に違いない。


 ……この一年、誰もレーシェに聞かなかったんだろうな。近づくのを怖がって。

  ……そりゃレーシェも寂しくなるか。

 

 その反動ゆえだろう。

 今のレーシェは、始まる前から目を輝かせている。


「ああそうだ。レーシェ、ここってもう『神々の遊び場エレメンツ』で間違いないよな?」


 ビル群を見まわした。


 夕暮れ時――

 銀色に輝くビルや交差点、信号機の絶妙な汚れ具合など。フェイが今朝方に歩いてきた街並みを完璧に再現されている。


 ただし生物はいない。

 虫一匹たりとはいえ霊的上位世界に入れない。入れるのは神呪アライズという形で通行許可を得た使徒だけだ。


「神さまの住処が、なんで人間の都市なんだろ?」


「うーん……わたしも他の神が何を考えてるのか知らないのよね。ほら、あそこに

人間が集まってるから行ってみようよ」


 レーシェが指さしたのは広場の中心部だ。


 全部で十六人。

 これで一つのチームだろう。神秘法院の儀礼衣を着た使徒たちが、フェイに気づいて一斉にふり向いた。


「フェイ?」

「アイツが!? どうしてここに……!?」


 ざわめきだす。

 昨年を代表する新入りルーキーが突如に参加してきたのだ。驚かれるのも無理はない。


「フェイどうしたの!? 休職したって聞いてたわよ!」


「あ、どうもアスタさん、ご無沙汰です。実はつい昼間に戻ってきたところで」


 顔なじみの女使徒に、小さく会釈。

 アスタ・カナリアル――

 フェイの三期上。今年ちょうど二十になる長髪の女使徒だ。過去の「神々の遊び」で、二回ほど同じ遊びゲームに居合わせた仲である。


「え、今朝戻ってきたばかりでもう参戦ってわけ? リハビリは? いくらアンタだって休暇を挟んだら勘も鈍るわよ」


「いや、俺もそのつもりだったんですけど、引っ張られてきまして……」


「よろしくねお前たち」


 フェイの後ろからレーシェが登場。

 その途端、まわりの使徒が一斉に悲鳴を上げて後ずさった。


「竜神様!?」

「レ、レオレーシェ様!? ど、どどどどうしてここに!」


「わたしも参加するの。ちゃんと人間側だから安心してよ」


 と。

 ちょうどその矢先に。


『はいどうもー。ようこそ我が神の遊び場へいらっしゃいましたー』


 レーシェの頭上へ。

 薄緑色の小物体が、小さな翼を羽ばたかせながら降りてきた。


『我が輩、主神タイタン様の領域に暮らす端子精霊ミィプです。名はありませんので端子精霊ミィプとお呼びくださいませ』


 神は語らない。

 端子精霊ミィプは、そんな神に代わってゲームルールを教えてくれる仲介者だ。


『時刻となりましたのでゲーム参加を打ち切ります。ええと全部で十八名……ん?

あなたは少々毛色が違うようですね』


 端子精霊ミィプがレーシェの肩先に留まった。

 さすがは神の従者。

 たった一目で、人間たちの中からレーシェへの違和感を嗅ぎ取ったらしい。


『あなたは?』


「わたし元神さま。参加していいよね?」


『はい。参加されるなら誰だって大歓迎です。ではお待たせしました。我が神タイタン様のゲームをご紹介します!』


「……どうせ遊闘技バトルゲームだろう?」


 使徒の隊長が、薄型の機械端末を取りだした。

 ――内蔵アプリケーション「百科神書ビブリオ」。

 世界中の人間が挑み続けてきた「神々の遊び」の、その情報を神秘法院が集約してきたデータブックである。


「巨神タイタンは、過去のデータ上はすべて遊闘技バトルゲームだ。我々十八人でタイタンを打ち倒せば勝ち。そうだな?」


 バトルゲーム――

 神々の遊びでもっとも比率の高い遊戯ゲームの一つ。


 言ってしまえば「大乱闘」。

 すなわち、ヒトと神の取っ組み合いである。


 なお神呪アライズという力を与えられはいるものの、使徒と神々の力はまさしく天地の開きがある。そこで「神が膝をついたらヒトの勝利」「神をひっくり返せばヒトの勝利」など、神々ごとにルールが制定される。


「巨神タイタン……ええと隊長のいうとおり記録があります!」


 少女の使徒が、百科神書ビブリオデータを引き出して。


「こ、これですね! 最新三十年の遭遇数は世界統計で二十三。勝率は……わたしたちの人数なら十七パーセントと統計が出ています」 


 神々の遊びにおける人間側の勝率は十三パーセント前後。

 巨神タイタン――

 ゲーム内容も勝率も、まさしく標準的な神だ。


「好都合ですよ隊長。だって遊闘技バトルゲームなら、こっちは竜神レオレーシェ様がいます。神さまが味方をしてくれるなら」


『いいえ』


 端子精霊ミィプの一声が、少女の言葉をピシャリと斬りすてた。


『我が主神タイタン様は、遊闘技バトルゲームはもう飽きたと仰いました』


「……え?」

『では改めてご説明しましょう――』





遊戯ゲームは「」です!』





 ……何それ?

 

 静まりかえる広場の十八人。

 使徒たちもそうだが、フェイもレーシェもまったく同じ心境だ。


 神ごっこ?

 そんなゲームは聞いたことがない。


『では楽しんで下さいませ』

「なっ!? ま、待ってくれ。タイタンといえば遊闘技バトルゲームだったはず……」


『我が主神は、別のゲームがしたくなったそうです』


「……何だとっ!?」


 百科神書ビブリオを手にした隊長が、青ざめた。

 神々は気まぐれである。

 百年におよぶ神秘法院の統計もあっさりと覆してしまうのだが、まさかこのタイミングでタイタンが気まぐれを起こすとは。


『はい、他にご質問などは?』

「じゃあ俺から。それって要するに鬼ごっこであってるか?」


 端子精霊ミィプに向けて、フェイはまわりの景色を指さした。

 秘蹟都市ルインの街並み。ゴミ一つなく整備された街路と、規則ただしく並ぶビル群がそこにある。


 ……何となく見えてきた。

 ……この道を走りながら、ビル群を鬼ごっこの障害物に利用しろってわけだ。


 意味があったのだ。

 この霊的上位世界が、人間の都市を模している意味が。 


「見た感じざっと数百メートル四方かな。ビルの並んでる範囲内で、人間側おれたちタイタンから逃げればいい。だから鬼ごっこならぬ神ごっこ」


『まさしくその通りです』


 端子精霊ミィプが地平線を指さした。

 青い光のカーテンが、まるで結界のように区画を仕切っている。


『今回のゲームの広さは有限。あの光より外に出ることはできません。正四角形のフィールドとなっていますので、その範囲内でタイタン様から逃げてください』


「了解、おおむね理解できた」


 ただしここからだ。

 真に解かねばならないルールはその先にある。


「これが鬼ごっこのアレンジなら、全員が捕まったら負け?」

『――――』


 ニコッ、と。

 使徒たちの視線が集中するなかで、端子精霊ミィプが楽しげに笑った。



「っ!」


 精霊の返事に対する人間側の反応は、二パターン。


 ぽかんと目を丸くした様子の使徒たち。

 対するフェイとレーシェは、同時に口を閉じて思案の表情へ。


「んー。なるほど?」


 レーシェが不敵な笑みを浮かんで腕組み。


「全滅以外に敗北条件がある。それってってことよね。フェイ、何かわかった?」


「いやまだ全然」


 レーシェの問いに、フェイは素直に首を横にふった。

 この『神ごっこ』は、巨神タイタンから捕まらないように逃げるだけ。要するに誰でも知っている鬼ごっこのルールだ。


 ……ただし敗北条件が不穏だな。

 ……鬼ごっこで「捕まらなくても敗北する」場合がある? そんなのあるか?


 逃げきっても負けることがある。

 裏返せば――


「俺たちの勝利条件も、そう単純じゃなさそうだな」


 宙を漂う端子精霊ミィプを見上げる。


「勝つために逃げる。でもそれだけじゃ足りないんだろ?」


『はい。くり返しますが、この「神ごっこ」は逃げ続けることが勝利に繋がります。でも無事に逃げても負けることがあります』


 うんうんと頷く端子精霊ミィプ


『あとタイタン様はお優しいので、ゲーム開始時、皆さんに三百秒の逃走猶予を与えると仰っていました。その間に遠くへ…………おや?』


 轟ッという地鳴りが大地をふるわせた。

 続けざまにズンッ、ズンッと巨大な足音が近づいてくる。


『あれ? まだ説明途中ではありますが』


 端子精霊ミィプがふり返った先で。

 二十階建ての高層ビルの間から、全身が岩でできた溶岩色の巨人が顔を覗かせた。


 巨神タイタン。


 フェイも実物を見るのは初めてだ。


『ありゃ、もうタイタン様が待ちきれないそうです。逃走猶予は無しで。皆さん頑張って逃げてください!』


「ちょっと待てぇぇぇぇ!?」


 フェイとレーシェを含む、すべての使徒たちの悲鳴が上がった。


 直後。

 巨神タイタンの振り上げた豪腕が、鋼鉄の高層ビルを粉々に粉砕した。

 

 それが合図――




 VS巨神タイタン。


 ゲーム内容『神ごっこ』。


 【勝利条件】 ?????


 【敗北条件1】全員がタイタンに捕まること

 【敗北条件2】?????(逃げきっても敗北する場合がある)




 遊戯ゲーム、開始。








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