第7話 プロローグはここまでだ


 この世界は、過酷だ。


 約二パーセント――

 この世界大陸に占める、人類の全都市を合わせた面積割合である。神秘法院のチームが開拓を進めている面積を足し合わせても七パーセント。


 では、残り九十三パーセントは?

 

 それが秘境。


 恐竜レツクスと呼ばれる巨大原生生物が闊歩する草原。

 人間が一時間と経たずに倒れる灼熱の砂地獄。

 さらには、船をも丸呑みにする巨大水棲生物の棲む海。


 人間は、決して地上の支配者ではない。


 この秘蹟都市ルインも、まわりを鋼鉄の壁で覆っていなければ恐竜レツクスの群れに襲われて一晩で壊滅するだろう。


 人間には「力」が要る。

 残酷な大自然に抗い、生き残るための力がだ。


 ◇


「にしても、神さまたちはよく考えたよな……」


 使徒の寮。

 半年ぶりに戻った自分の部屋で、フェイは床に寝そべって天井を見上げていた。


人間おれたちは、この過酷な秘境を開拓していかなきゃいけない。でも人間だけの力じゃ無理がある……」


 だから『神々の遊び』が必要なのだ。

 

 神々の遊び七箇条ルール

 ルール1――神々から神呪アライズを受けたヒトは、使徒となる。

 ルール2――神呪アライズを授かった者は超人型・魔法士型どちらかの力を得る。

 ルール5――神々の遊びで勝利したご褒美に、神呪アライズの力の一部を

       で使えるようになる。

      

 神々が、人間に与えた奇蹟の力――

 それが神呪アライズだ。


 恐竜レツクスからも逃げきれる脚力の『超人』。

 灼熱の風をやわらげる氷の『魔法士』。中には、海の巨大水棲生物を吹き飛ばすほどの魔法士だっている。


 もともとは『神々の遊び』限定の力。

 だが神々とのゲーム対決で勝利することで、使徒はその力を現実世界でも使えるようになる。これが、秘境開拓には必要なのだ。


 十勝という完全制覇でなくていい。

 一勝や二勝するだけでも、神呪アライズの力は少しずつ現実世界で使えるようになる。


「神々は暇つぶしのために『神々の遊び』へ人間を招く。そこで勝利した人間は神呪アライズの力を現実世界でも使えるようになる。秘境を開拓する力をだ……」


 互いの利害は一致している。

 神々は思うさま遊戯ゲームを楽しむことができ、人間は外の世界を冒険する力を得る。

 

 それが神々の遊び。


 人類にとって最高の興業エンターテインメントであり、外界に挑む力を得るための場でもある。

 ゆえに神秘法院は実質的な世界政府であり、使徒は、世界的英雄として民衆から

称えられている。


「……まあ。だからこそ俺も不思議がられたんだけどさ」


〝はぁ!? 神秘法院を出ていく?〟

〝探したい女の子がいる!? おいおいフェイ君、それ本気!?〟


 リビングに置かれた写真立て。

 そこに飾ってある写真は、自分フェイがあるチームに入っていた時のものだ。そのチームで不満はなかったし、これからも続けていくとフェイ自身そう思っていた。


 半年前――

 自分フェイの探していた『あの人』に似た女性を見たという噂があるまでは。

  

〝フェイ、今日も来たのね。よしよし。早速勝負しましょ〟

〝本気で挑んできなさい。それが一番楽しいから〟


 炎燈色ヴァーミリオンの髪をした「お姉ちゃん」。

 フェイが子供の頃に遊んでもらった年上の少女だ。フェイの知るかぎりもっとも遊戯ゲームを愛している人だった。


 ……あの人のおかげなんだ。

 ……俺が『神々の遊び』で勝ててるのも、あの人にゲームを鍛えられてきたから。


 ある日、彼女は突然いなくなった。


 だから自分フェイは探しているのだ。

 見つけてお礼を言いたい。今の自分があるのはあなたのおかげだと。  


「……なのに、何で思い出せないんだろうな」


 あの時の「お姉ちゃん」の名前をフェイは知らない。


 一緒に遊んでいたはずなのに。

 名前だけではなく、顔立ちも朧気で思いだせない。

 唯一、彼女の髪だけが炎燈色ヴァーミリオンだったと記憶している。

 

 竜神レオレーシェとまったく同じ色。

 そして無類の遊戯ゲーム好き。と一瞬頭を過ったのも事実だ。


 ……でも違うんだ。

 ……それならレーシェが俺を覚えていなきゃおかしいし。


 何より彼女レーシェは一年前に「発掘」されたばかり。

 フェイが『お姉ちゃん』と遊んでいたのは何年も前のことで、当時のレーシェは

永久氷壁の中で眠っていた。


 人違いならぬ神違い。

 ただ似ているだけの……


「……ほんと不思議だよな」


 寝っ転がりながら、思わず苦笑い。


「まさかここに戻ってくるなり、そんな元神さまに誘われて、神々の遊びに挑みましょうだなんて」


 深夜一時。

 とっくに就寝時間のはずだが眠気がない。頭から彼女レーシェの顔が離れない。

 憧れの「お姉ちゃん」と似た神さまの面影が。


「いや、レーシェは別人っていうか別神なんだ。わかってる。動揺するのは今日までだ。明日から冷静に接しないと」


「わたしがどうしたの?」


「いや、そりゃもちろん――――レーシェ!? ちょっと待てどうして!?」


 弾かれたように飛び上がる。

 寝転んでいたフェイを興味津々に見下ろしていたのは、鮮やかな炎燈色ヴァーミリオンの髪の

少女だった。昼間と変わらないタンクトップ姿である。


 なぜここに? 

 ここは自分フェイの部屋で、扉も施錠していたはず。


事務長ミランダが合鍵くれたの。『いつでもフェイ君に襲いかかってどうぞ』って」


「神秘法院の安全義務はどうなってんだ!? ってかどういう意味かな事務長!」


「さ、夜のゲームタイムよ」

「……はい?」


「出発!」

「っておいぃぃぃぃぃぃっっっっ!?」


 手を掴まれた。

 そう思った直後には、フェイはリビングの窓から外に投げ出されていた。

 寮の三階から、一階の外庭へ真っ逆さまに落下。


「ぐっ!?」


 地面を転がりながら着地。

 フェイの神呪アライズは『超人』に属する。その恩恵によるわずかな身体能力の向上が

なければ全身骨折は免れなかっただろう。


「何する気……え?」


 外庭に着地したフェイの目の前に――

 竜の頭部を象った巨大な石像。それも高さ五メートルにおよぶ古代遺産がポツンと置かれているではないか。

 

 霊的上位世界に続く扉『巨神像』が。


 古代魔法文明からの遺産。

 この石像の扉をくぐることで、使徒は、霊的上位世界である「神々の遊び場エレメンツ」に突入ダイヴできる。


「……どうしてここに。神秘法院のダイヴセンターが保管してるはずじゃ」


「そっから運んできたの。わたしが背負って」

「泥棒だ!?」


 ちなみに何キロどころではない。何トンという単位である。

 フェイよりも小柄で華奢な女の子が、高さ五メートルの石像をどうやって背負ってきたのか気になるところだが。


「ダイヴセンターの巨神像、まわりに警備員がわりの使徒がいたと思うけど」

「優しく説明したよ」


 可愛らしくウィンクしてみせる元神さま。


「『邪魔するなお前たち』って言っただけでみんなどいてくれたから」

「優しい要素はどこかな!?」


「借りただけだもん。ちょうど今から入れる巨神像が残ってたの。よかったね」


 竜の頭部を模した石像、その口の奥が輝いている。

 この先の霊的上位世界で、神々が「遊ぼう」と誘ってきている合図である。


「昼間にキミは言ってたよね。神々の遊びに挑むならチーム練習をしっかりしようって。互いを理解したり息を合わせたり」


「……そうだけど」


「そこでわたしは考えた! その練習を本番でやっちゃえばいいんだって!」

「それは練習とは呼ばな――」


「もう待ちきれないよ!」


 炎燈色ヴァーミリオンの髪の少女が、手を差しだした。

 興奮で可愛らしい朱に染まった頬。


 フェイが無意識のうちに息を止めて見入るほどの、満面の笑顔で――


「わたしはずっと、キミみたいな人間を待ってたんだから!」


 レーシェに手を掴まれて。

 フェイは、光り輝く竜像の口のなかへと飛びこんだ。





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