第6話 わたしは神に戻りたい


「……俺に聞きたいことって?」

「あのね」


 竜神レオレーシェが、じっとこちらを見つめてきた。


「キミもワイルドカード狙ってたでしょ。それ使ってどんな質問する気だったの?」


「答えてくれるんですか?……ああいや、敬語は使わない方がいいっていうなら普段どおりに話すけど、俺の質問にも答えてくれる気があると?」


「質問次第」


「……なんで俺を呼び寄せたのかなって。階位の高い使徒は他にもいるし」


 使徒フェイの階位はⅢ。

 これは神々の遊びに三勝したことを意味するが、この神秘法院支部にはフェイより階位の高い者もいる。


「特に、神秘法院の本部にいけば――」

「そうだけど、新入りルーキーで三連勝したのはキミしかいない」


 この世界では、神の選別によって毎年千人を超える人間が神呪アライズを受けると言われている。つまりは使徒もそれだけ増える。


 だがフェイの「神に三連勝」を越える者はいない。

 過去百年を遡っても該当する新入りルーキーが数人いるかどうか。


「そんな有望なのに、所属していたチームも離脱して半年間もどっかに行ってたんでしょ。神秘法院も困ってるってミランダが言ってたよ?」


「いや、その事務長から教えてもらった話が間違ってたせいなんだけど……」

「それでね!」


 トランプを床に放り投げたレーシェが、前のめりに顔を近づけてきた。


「キミも、わたしのこともっと知りたいんでしょ。なら互いに協力するのが一番よ。わたし、キミと一緒に『神々の遊び』を攻略したいんだよね」


「……神々の遊びを?」


 竜神レーシェは神々の遊びを司る神の一柱のはずだ。

 一般的なゲームなら制作者クリエイターで、さらには物語上で立ちはだかる撃破目標ユニークボスで、撃破後にはご褒美をくれるヒロインでもある。

 

 ただし挑戦者ではない。

 神に挑戦するのは、人間側だ。 


「わたしね、人間と遊びたくて受肉したはいいんだけど、霊的上位世界からこっちの物理世界って一方通行らしくて……」


 炎燈色ヴァーミリオンの髪をくるくると指に巻きながら。

 レーシェが、ほんの少し気恥ずかしそうにはにかんでみせた。


「神に戻れなくなっちゃったの。ついうっかり」

「うっかりで済むのかそれ!?」


「問題ないわ。神々の遊びに挑めばいいのよ」

「……というと?」


「神々にゲームで10勝するの。そうすれば、わたしは神に戻れる」


 神々の遊び七箇条ルール

 ルール7――神々に10回勝利することで完全攻略クリアとなる。


 完全攻略者には『神の栄光セレブレイシヨン』が与えられる。

 その「ご褒美」が具体的に何なのかは誰も知らない……が。

 元神さまならば話は別だ。


「……もしやレーシェって、神の栄光セレブレイシヨンの正体を知ってる?」


「もちろん。人間が言ってる噂で大体あってるわ。神さまが願いを一つ叶えてくれるって。そこまで的外れじゃないかしら」


「本当にそうだったのか……。でも的外れじゃないってことは、逆にいえば完璧な

正解ってわけでもないと?」


「願いを一つじゃなくて、百でも千でも好きなだけどうぞ」


「ヤバすぎだろ!? 神々ってのはどんだけ太っ腹なんだよ!?」

「でも達成した人間はいないわ」

「……っ。まあそうか」


 レーシェの一言に、我に返る。


 かたや、思いつく願望すべてを叶えても余りある見返りリターン

 かたや、「神々にゲームで十勝」という前人未踏の難題。


 天秤は、釣り合っている。


「ってわけで、わたしはキミと一緒に組みたいの。っていうか一緒に遊びたい」

「……俺たちでチームを結成すると?」


「だめ?」

「いいや。むしろ光栄っていうか……」


 神々の遊びは、神ならではの壮大なゲームによる神VSヒトの頭脳戦だ。


 ……正直、俺もチーム選びは迷ってたし。

 ……前に入ってたところは半年前に一度脱退しちゃったから。


 どこかチームを選んで加入するしかない。

 内々でそう思っていたところに、まさかの勧誘である。


「望むところだよ」


 我知らずのうちに、フェイは拳を握りしめていた。


 遊戯ゲームは楽しむもの。

 子供の頃に「あの人」にそう教わって以来、フェイが守り続けている信念だ。

 

 かつて神だった少女とチームを組む。

 こんなにも胸躍る経験は、望んだって手に入るものじゃない。


「元神さまのプレイを誰より間近で見られる。考えるだけでワクワクするよ」

「……えへ」


 元神さまの少女がにこりと笑んだ。


いね。やっぱりキミは、わたしが思ったとおりの人間だ。じゃあ決ま――」

「あ、ただし」


 レーシェの言葉半ばで、フェイは二の句を継いだ。


「俺たち会ったばかりだし。俺もチーム経験はあっても元神さまと組むのは初めてだから。準備はしっかりしたいんだ」


 元神さまならば遊戯あそびの実力は文句なし。

 唯一の懸念は、意思疎通コミユニケーシヨンだ。

 なにしろ元神さまだけあって、レーシェの考えや判断は人間のソレと大きく違う。


「チームの連携って大事なんだよ。テニスや卓球のダブルスも、相棒との息の合わせ方って大事だろ? 俺が、神々の遊びに挑んだのはまだ三回だけど……」


「ぜんぶ勝ったんでしょ?」


「どれも超接戦だった。俺が勝てたのは運に恵まれたからで、三勝〇敗が〇勝三敗だって全然ふしぎじゃなかった」


 ゲームとは――


 持てる知略を尽くすものだ。

 駆け引きマインドゲームがあり、読み合いリードがあり、幾度もの試行錯誤を経て最適解を見いだして、最後に、ほんのわずかな運に祈って勝利を得る。


 神々の遊びはその究極形である。


「なおさら本気で挑みたいんだよ。即席チームなんかじゃなくて」

「…………」


「ほら、たとえば道ばたで出会った男女がいきなり『結婚!』にはならないだろ。まずはお友達から始まって、そこからお付き合いに発展して……って、こんな喩えは逆にわかりにくいかな」


「ううん大丈夫」

「ならよかった。まずは互いをちゃんと理解しないとさ。時間をかけて連携を――」


「さっそく神々の遊びに挑戦ね」


「俺の話は!? 俺の話は聞いてたかなっ!?」


「さっそくミランダに話をしてくるわ!」

「ひとの話を聞け――――――っ!」


 元神さまは、思った以上に厄介だ。


 目を輝かせて部屋を飛びだすレーシェを、フェイは全力で追いかけた。





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