第5話 3次元・神経衰弱 part③


「次、わたしのターンね」


 炎燈色ヴァーミリオンの髪をかきあげて、レオレーシェが「これ!」と宙を指さした。


 一枚目にひっくり返したのは、表面が真っ白な札。

 二枚目も真っ白。


「あっ……」


 彼女が揃えたカード二枚に、フェイは声を上げていた。


 。偶然ではあるまい。今まさにレオレーシェが揃えたものは、フェイも狙っていたペアだったからだ。


 ワイルドカード。

 

 トランプでいうジョーカーだ。

 自己紹介の内容が何も書かれていない真っ白な表面は、『手に入れた者が自由に質問を考えていい』という効果を示している。


「えへへ、これほしかったのよね」


 嬉しそうにワイルドカード二枚を見せてくる。


「さてさて何を聞こうかな。人間、最初の約束覚えてるわよね?」

「……そりゃまあ」


 質問には素直に答えましょう。

 そう誓って始めたゲームだ、嘘はつけない。


「じゃあわたしが質問するのは――本当の目的」


 ぞくっ。


 フェイの背筋を、氷のナイフで串刺しにされたような錯覚が駈けぬけた。


 目の前にいる彼女――

 その声の雰囲気が一瞬にして猛々しくなり、こちらに向ける天真爛漫な瞳には、

人間を超越した竜の眼光が浮かびあがっていた。


「答えよ人間。我が問いに虚偽は許さんぞ」


 炎燈色ヴァーミリオンの髪の少女がさらに続ける。

 その声だけで人間を塵に還してしまいそうな、とてつもない言霊を湛えてだ。


 どくん、どくん、と。

 不死の神呪アライズをもつフェイでさえ動悸が止まらない。自分以外の人間であればこの場で息もできず昏倒しているだろう。


 そう。

 これこそが、神秘法院が「人間には制御できない」と判断した理由なのだ。


 ……なにが元神さまだ。人間に受肉しただって?

 ……俺の前にいるのは本物の神そのものじゃないか!


 既に「神々の遊び」で三体もの神に知略戦ゲームで勝利した。

 そんなフェイをしてなお、これほどの威圧感を受ける相手は初めてだ。


 ……最初から狙いは俺と同じ、と。

 ……のらりくらりと遊びつつワイルドカード狙いだったわけか。


 一度表になったペアをフェイはすべて記憶している。

 当然に彼女もだろう。その中で、ワイルドカードを先に引けるかどうかは純粋な運の対決だった。

 だからこそ――


「あははっ、いやぁ俺ら気が合うな」


 フェイは思わず噴きだした。 


「そりゃそうか、俺が狙ってたんだから当然に神さまもだよな」

「?」


 竜神がきょとんと目を瞬かせた。

 神の眼光に射すくめられて、なぜこの人間は笑えるのだ、と。


「いやはや。ミランダ事務長の狙い、やっぱ神さまにはお見通しだったじゃん。まあおかげで面白いゲームができたからいいけどさ」


 神からの問いは「フェイが近づいてきた本当の目的」だ。

 率直に聞かれてもフェイは「指導役をやれと言われたので」としか答えなかった。だが、この勝負を受けたからには事情が違う。


「じゃあ答えます……俺の目的だけど、素直にいうとあなたの観察です。霊的上位世界の神さまが突然に地上に降りてきた。それが人間にはまだ計りかねていて、あなたの目的や素性をしっかり確かめたかったと」


「――――」


 全身八つ裂きにされるかな。

 神の怒りに触れる。その覚悟で発したフェイに対し、竜神の少女はじっとこちらを見つめたまま動かない。


「今までの対応を見てもらえるとわかると思うけど、神秘法院も悪意があるわけじゃない。そこだけはご理解いただければと」

「…………」


 赤く燃えるような髪をさっと払って。


「ま、薄々そんな気がしたから訊いたんだけどね」


 目の前の彼女が、にっこり笑った。


「よしよしありがとう。素直に答えてくれたし、わたしのゲームに真面目に付き合ってくれた。キミはいい人間だ」


「そんな突然言われても……」


「最初に言ったでしょ、キミのこと気に入ったって。そうじゃなきゃ今の質問もしないよ。信用しない人間に聞く質問じゃないし」


 竜の眼光が、陽に溶けるようにふわりと消えて――

 レオレーシェという名の少女が小さく笑む。


 だがその笑顔以上にフェイがドキッとしたのは、自分への呼び名が突然に「お前」から「キミ」になったことだ。


「キミのことフェイって呼ぶ。あ、だからわたしのこともレーシェでいいよ。敬語もいらない。距離感があると楽しく遊べないもんね」


「……急に親近感が上がったっていうか。そんな馴れ馴れしくていいんです?」

「うん。キミはゲームの期待に応えてくれた」


 ワイルドカードの二枚を放り投げるレーシェ。

 代わりに、彼女がテーブル上から拾い上げたのはフェイが揃えていたペアだ。


「キミが狙ってたカードは『性別』『出身』『趣味』。最初から枚数で勝つこと狙ってなかったでしょ?」

「……ご明察で」


 フェイの狙いは総合枚数ではない。


 このゲームの真髄は「覚えていても」。

 なぜならこれは、神経衰弱本来の「ペアを取りあう」暗記対決ではないからだ。


 たとえば「名前」というカード。

 これは


 彼女レーシェの名前を、フェイは既に知っているからだ。

 神経衰弱本来の「ペアを揃えたらもう一ターン」がない以上、「名前」を揃えたところで自ターンを無駄に消費するだけ。


 ……すべては、あの『一ターン絶対制』が追加されたからだ。

 ……覚えてるペアをかき集めれば勝ちっていう神経衰弱の常識セオリーが通じなくなった。


 自ターンを消費してまで取る価値があるかどうか。

 覚えているカードと欲しい情報、それを天秤にかけて毎ターンごとに判断を強いられる情報選別ゲーム。


 それに気づいたフェイは、ほしい情報のカードだけをひたすら探していた。

 枚数の総合勝利を初めから放棄したうえでだ。


「…… あ、そうだわ!」


 竜神レーシェが、何かを思いついたかのように声を上げた。

 テーブル越しに身を乗り出して。


「ねえねえ今のゲーム。キミに一個聞きたいことあるの。教えて」

「ん?」


「――キミが本当に狙ってたものよ」






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