第4話 3次元・神経衰弱 part②



「最初のターンはお前にあげる」


 お先にどうぞ。

 元神さまのレオレーシェの仕草に応え、フェイは頭上の二枚を指さした。


「じゃあ遠慮なく。俺は、この二枚……お? 勝手に開いた」


 フェイが指定した二枚のカードが、空中で表にひっくり返る。

 ただし同じ自己紹介カードではない。


 神経衰弱の一ターン目は完全に運頼みだ。初回でペアが揃うのは確率二パーセント未満。そうそうあたるわけがない。

 なお、どんな自己紹介だったかというと――


「『名前』と『血液型』……そもそも神さまに血液ってあるんです?」


「溶岩より熱いよ」

「はい?」


「わたしは炎と血の化身で、それが竜のかたちになった神だから。わたしが一滴でも血を流したらこのビルがドロドロに溶けちゃう」


「災厄にも程がある!?」


「もっと知りたかったら『血液型』のカードを揃えてね」


 炎燈色ヴァーミリオンの髪をくるくると指でまきながら、レオレーシェという名の元神さまがクスッと微笑んだ。


「じゃあ次はわたしのターンね。んー、どれにしよっかな」


 真剣なまなざしでカードを見上げる。

 そんな彼女はいま床に正座で座りこみ、前屈みになった姿勢でカードを見上げているのだが。


「あ……その態勢はちょっと」


「どうしたの?」

「いや、別にルール上問題はないけど……ないですけどぉ……」


 フェイは目を逸らすので精一杯だ。

 なにしろタンクトップの襟ぐりが緩いせいで、前のめりになった彼女の体勢だと

胸元がフェイから容易に覗けてしまう。

 しかも、ただ胸元が危ういだけではない。


「もしや神さまって、下着の概念がなかったりとか……」


「あー、下着ねぇ。わたし人間に受肉してみたけど、その下着っていうのがわかんないの。肌を隠すために服があって、その下になんでまだ着るのかな?」


「……いや。まあそれは」


 フェイとしては何とも答えにくい。


 そう。この元神さまの少女は、明らかに胸の下着をつけていないのだ。

 タンクトップの隙間から肌が丸見えなのである。人間に受肉しただけあって、女性らしい胸の膨らみもある。


「……俺が集中できないんで」

「あっ、じゃあよくないね。ゲームに集中できないのはよくないわ」


 レオレーシェがソファーに飛び乗った。

 その勢いで空中のカード二枚を指さして。


「これとこれ! んー残念。『出身』と『年齢』だから外れ。お前の番ね」


「俺はこの二枚。……お、『出身』のペアが揃いました」


 まずはフェイが一組。

 これでレオレーシェが、自分の『出身』を自己紹介をすることになる。


「じゃあ答えるわね、ほとんどの神で共通だと思うけど、わたしの出身は『神々の遊び場エレメンツ』。人間が霊的上位世界って言ってる空間ね。人間が入るには専用の扉が必要なのは知ってる?」


「ええ。俺も半年前までは使ってたんで」


 人間は、神々の霊的上位世界には入れない。

 そこで神々の遊びに参加するには特別な「扉」が必要なのだが、使徒であるフェイには馴染みのある知識である。


 むしろ――

 真の収穫は、竜神レオレーシェの素直な返答そのものだ。


「出し惜しみなく答えてくれてるんだなって。少し驚きました」

「当然でしょ。それがこのゲームのルールだもん。ルールはただの制約じゃないわ」


「楽しむためのもの?」

「大正解。そういうことよ」


 元神さまの少女が、嬉しそうに片目をつむってみせる。

 思わずフェイが赤面しそうになるくらい、魅力的で愛らしい笑顔でだ。


 そして手番が進んでいく。

 次々と裏返しのカードが明らかになり、互いに覚えている札が増えていく。


「わたしは……『経済力』と『趣味』だから外れね。そういえばさっき『趣味』のカードがあったかも。覚えてる?」


「『趣味』のペアは、俺の真後ろを飛んでる四枚の後ろから二つ目、それと窓側を旋回してる六枚のうちの右から三つ目です」


 フェイの宣言した二枚がひっくり返って、「趣味」のカードが表向きに。


「わっ、流石ね!」


 竜神レオレーシェが嬉しそうに手を叩く。

  対戦相手フェイに組を揃えられてしまったのに、まるで自分の勝利のように楽しげだ。

 こういう人間を待っていた。

 そんなとびきりの笑顔を惜しげもなく称えて。


「ならば答えてあげる。わたしの趣味は、ずばりゲームよ!」

「――――」


「わたしとしても反応がないと寂しいよ?」

「……いや。まあそうだよなあ。それ以外ないよなって」


 愛らしい少女の前で、フェイはふっと苦笑い。 

 失敗した。


 実は、内心で期待もあったのだ。この元神さまがゲーム以外の趣味を持っていれば、そこから連鎖的に得られる情報もあるのではないかと。

 神の監視役としては、そうした情報がほしかったから。

 

 とはいえ、この神さまはやっぱりゲーム一筋らしい。


 ――だが。

 もしも事務長ミランダがこのゲームを見ていれば、仰天していただろう。


 この間にも数十枚のカード群が宙を旋回しているにもかかわらず、二人は談笑まじりに


 空中にあるカードの軌道と周回速度を記憶。

 特定のカードがいま背後のどの位置を旋回しているか、二人は常に脳内で計算しているのだ。


「ねね、わたし『名前』揃えたわ。お前の名前は?」


「ああそっか。まだ俺の自己紹介してなかった……フェイ・テオ・フィルス。見てのとおり、ミランダ事務長に引っ張ってこられました」


「あだ名は?」

「フェイ以外に呼ばれたことないです。そっか、名前ってカードはあだ名もアリか」


 自己紹介ゲームらしい応用だ。

 揃えたカードから連想させてどんな質問を繰りだすか。そんな機転でいくらでも

質問の幅が広げられる。


「俺のターン。『性別』が揃いました」

「えー。こんな可愛い子に性別なんて今さら聞いちゃうの?」


「……何そのわざとらしい反応」

「人間の本にそう書いてあったんだもん。ほら後ろ――」


 レオレーシェがソファーの後ろを指さした。

 床に何百冊と積まれているのはゴシップ誌、新聞、漫画、小説、歴史書、科学の

研究論文などなど。


「先週の分ね。今週また同じ分だけ届くわ。人間のこともっと知りたいし」

「……これだけの量を一週間で?」


 ふと思いだした。 

 彼女が氷漬けから目覚めたのは半年前。それがフェイと当たり前のように会話していることがそもそも異常だということに。


 ……読み書きも一年未満でここまで完璧に習得したのか。

 ……さすが神さま、学習能力まで半端ないな。


 貪欲なまでにヒトを理解しようとする。

 裏を返せば、それはすべて人間と遊ぶための努力なのだろう。


「それで現代言語の文法から発声まで覚えたんですか。すごいな……」


「一週間で完璧でござるよ」

「完璧じゃないし!? いま明らかに変な語尾が混じってたから!」


「まあいいじゃない。あと性別は元々無いけど、人間に受肉したらこの姿だったのよね。だから『女の子』って答えておくね」

「……そりゃそうか」


 レオレーシェという少女として受肉した以上、生物学的に女であるのは違いない。


「あ、でも見せてあげようか。ちゃんと服の下は人間の女子と同じで――」

「見せるなぁぁぁぁっ!?」


 タンクトップを脱ごうとするレオレーシェの手を、フェイは慌てて制止した。


「いきなり何してんの!?」


「え。ルールに従ってわたしの性別を見せてあげようかなって」

「答えるだけでいいですから!……ああもう、俺の方が汗かいた」


「タンクトップを脱ぐのが嫌なのね。じゃあこのロングパンツの方なら――」

「もっとダメだから!? だって下着履いてないんでしょ。そこは神さまとして恥じらいをもって!」


 神さまに挑んでいる気がしない。

 ゲーム好きな無邪気な子供とでも遊んでいる心境だ。


 が。


 そんなフェイの印象は、次の瞬間に吹き飛んだ。







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