第3話 3次元・神経衰弱 part①


「……さすが」


 元神さまの一声に、フェイは思わず苦笑いしていた。

 遊び好きの神さまとは思っていた。

 とはいえだ。まさか出会い頭にいきなり遊戯ゲーム勝負になろうとは。


「あ、そうそう。先にわたしの名前だけは教えておくね。神秘法院じゃレオレーシェって呼ばれてるわ」


 フェイにはなじみの薄い名の綴りだ。

 古代魔法文明の時代の名前? 現代ではあまり聞き覚えがない。


「俺からはレオレーシェ様でいいですか」

「いいよ」

「わかりました」


 まったくもう。

 内心、フェイはこっそり苦笑した。


 ……ミランダ事務長め。

 ……俺は『神々の遊び』のために戻ってきたってのに、こんな役を押しつけて。

 

 地上に降りてきた神さまの監視役。

 流れに流されるまま決まってしまったが、もう今さら断れまい。


 何より―― 

 遊戯ゲーム対決を挑まれたなら、自分フェイは、神さま相手にも退く気はない。


「あ、でもレオレーシェ様」

「なに?」


「俺もゲームは好きだから望むところですけど、その前に、もうちょっと互いに自己紹介しませんか?」


 ミランダ事務長からの頼まれごとは、この少女を見張ること。

 まずは遊戯ゲームの前に情報収集だ。


 この元神さまの素性を知らなければ、監視も何も話にならない。


「ゲームは受けて立ちますけど、あなたの指導役としては、その前にもう少し詳しくあなたのことを知りたくて――」

自己紹介ソレをゲームでやるのよ」


 元神さまの少女が、カードの束を取りだした。

 手書きで描かれた文字群のカードが合計八十枚。その内容がわかるよう表向きにテーブルに並べていく。


「ん? 名前、年齢、出身、性別、趣味って……」


「わたしが暇つぶしに作ったの。名づけて『自己紹介神経衰弱』」

「……なかなか直球な名前で」


 察するに、トランプの『神経衰弱』だろう。

 裏向きのカードを二枚めくって、それが同じ数字のペアなら持ち札になる。裏向きのカードの数字と配置を覚える暗記ゲームだ。


「ああわかった、ペアになるのは数字じゃなくて自己紹介の内容?」


「うん。神経衰弱と同じルール。たとえばわたしが『出身』のペアを揃えたらお前は自分の出身を答える。ペアが揃わなかったら答える必要はないわ」

「わかりました」


「揃ったペアの質問には素直に答えること。約束よ」

「もちろん」


 嘘はつかない。

 このゲームはそんな当たり前の条件がないと成り立たないが、監視役のフェイとしては願ったりだ。

 神自らが「嘘はつかない」といっているのだから、どんな質問も許される。


「よしよし。どんな自己紹介のカードがあるかはわかったね。じゃあ裏返しにして掻き混ぜてシヤツフル、それで並べて――」


「あ、待った」


「……うん?」


「そのカードシャッフル、やり直しでお願いします」


 裏返されたカード群をかき集める。

 それを、フェイは掻き混ぜシヤツフルし直した。


「最初テーブルに表向きに並べてたでしょ。俺にルールを教えるために」

「うん。でも裏返して混ぜたけど……え。まさか……」


 炎燈色ヴァーミリオンの髪の少女が、目をみひらいた。


「あの瞬間にカードの配置を全部覚えた。それで、わたしが裏返して混ぜたのも全部目で追っていた?」


「癖です。昔、ある人に死ぬほどゲームで鍛えられて、こういう神経衰弱ならトランプ十セット(五百四十枚)を使って七ゲーム先取でやるのが日常だったんで」


「…………」


 ポカンと口を半開きにする元神。

 神でありながらも、そんな驚きの仕草は人間と似ているらしい。そして――


「いいね!」


 少女が満面の笑みでそう叫んだ。


「お前すごくいい。気に入ったわ! 根っからのゲーム好きな人間、わたし大好き。何より、その態度が最高ね!」


 竜神レオレーシェは気づいたのだ。

 フェイが暗に含ませた意味。


 丸暗記した神経衰弱なんてイカサマは使わない。

 真っ向勝負で神に挑んでやる、という不遜極まりない挑戦状。


わたしを畏れぬその態度とってもいいわ。なら……このゲームも、こんな狭いテーブルの上だけでやるのは勿体ないかしら」

「え?」


 机上テーブルでなければ床で?

 フェイがそう尋ねるか迷う間もなく、竜神の少女がパチンと指を鳴らした。


「浮かべ。そして


 八十枚のカード群が浮かび上がった。


 淡い赤光に包まれた裏返しのカードが、フェイたち二人の頭上を、回転盤ルーレツトのごとく旋回しはじめたのだ。


 神の力による念動力サイコキネシス

 ぐるぐると宙を回り続けるカードは、一秒とて同じ場所に留まらない。さらに――


「まさか、空中回転の軌道と早さが、一枚一枚で全部違う?」

「お、気づくのが早い。いいねいいね」


 元神さまの少女が嬉しそうに声を弾ませた。 


「この八十枚、全部軌道が違うから。どういう周り方をするかはわたしも知らない。こっちの方が楽しそうでしょ。いま思いついただけだけど」


「……なるほど」


 いわば『三次元』神経衰弱。


 神経衰弱で、一度表になったカードの配置を自分フェイは絶対に忘れない。

 それは彼女も同じ。

 ならば「カードの配置を常に変えてしまえ」という追加ルールだ。覚えたはずの

カードが、一秒後には宙を渡って別の場所に移ってしまう。


「配置に加えて、カードが旋回する軌道も全部覚えろと」

「そうそう。いける?」

「もちろん」


「よしよし。あ、最後にもう一つ。この神経衰弱だけのオリジナルルールを追加したいの。構わないかしら?」

「……ちなみにどんなルールを?」


「『一ターン絶対制』よ」


 レーシェがもう一つ取りだしたカードは、正真正銘の正規なトランプだ。

 そこから二枚を引き抜いて――

 5と5。

 つまり同じ数字のペアをフェイへと手渡してきた。


「神経衰弱って、こんな風にペアを揃えたらもう一回自分のターンができるのは知ってるでしょ?」


「まあ……たぶん主流のルールかと」

「それは無しってこと」


 ペアを当てても外しても一ターン交代。

 ただそれだけだ。元神さまともあろう者が「オリジナルルール」と銘打ってまで

追加したがるとは思えないが。


 いや違う!

 心の内で、フェイは思わずそう叫んでいた。


 ……なるほどね。

 ……、その追加ルールはかなり面倒くさいことになる!


 とくん。

 胸が高鳴っていく。緊張と高揚感――久しく忘れていた感覚に、少しずつ全身の

体温が上がっていくのを禁じ得ない。


「それでいいかしら?」

「望むところです」


 こちらに微笑みかける少女へ、フェイは大きく頷いた。


 理解した。


 この神経衰弱は、ただの神経衰弱じゃない。

 最後の『一ターン絶対制』が追加された瞬間から、まったく遊び方の異なる勝負となったのだ。


 ……これは暗記ゲームじゃない。

 ……一ターンごとに取捨選択を問われる情報選別ゲームだ。


 八十枚のカード。

 


「よしよし。じゃあ始めましょう」


 竜神レオレーシェが楽しげに手を打ち鳴らした。




「わくわくするわ。わたしを楽しませてね、人間」









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