第2話 かつて神さまだった少女


「フェイ君、知ってる? 女の子の姿をした神さまが、北方にある永久氷壁から

掘りだされたって話」


 ミランダ事務長が、頭上を見上げた。


 二階,三階、四階……。

 ビルの上層階に向かって点灯するボタンを見つめながら。


「ああでもフェイ君って、そういうニュース見ないっけ?」

「そりゃ少しは知ってますよ。世界中で大ニュースになったし」


 神々は、人間が触れられない霊的上位世界の住人だ。

 それが人間世界に「受肉」して降臨してきたということで、一年前には大騒ぎに

なったのを覚えている。


 ……発掘現場から一番近いって理由で、ウチの神秘法院で受け入れたんだっけ。

 ……それが半年前、そういや俺と入れ違いか。


 フェイはその経緯をほとんど知らない。

 ちょうどここを離れて、一人の少女を血眼で探し続けていたからだ。


「どんな神さまです?」


「これが変わった神さまでね。大昔、人間との鬼ごっこで海底に隠れたんだってさ。ところが隠れてるうちに居眠りしてたら氷河期が来て、マイナス四十度の氷漬けの

なかうっかり三千年も寝過ごしたとか」


「うっかりの規模スケールが違いすぎる……」


「古代魔法文明を知る生き証人だしね、発見当時は大騒ぎさ。でも彼女を預かってみた結果、神秘法院ウチでも扱いに困ってしまったってわけ。やっぱり順応させるにも限界があった。何よりも下手に触れて怒らせるとまずいじゃん?」


 なにせ神だ。

 霊的上位世界の神々は、そもそも肉体がなければ寿命もない。さらに全能のごとき力を持っているのだから人間とは違いすぎる。


「ちなみにその神さま、炎と竜の二つの化身らしくてね」


 十四階、十五階、十六階……。

 さらに上へと進んでいく昇降機エレベーター内で。


「本人はもう自分は神じゃなくて『もと神さま』って言ってるけど、どうやら力は健在らしくてさ」

「力っていうと?」


「怒らせるとまずい。一時間でこの都市が世界地図から消える。焦土に変わる」


「はいっ!?」

「しかもこれ大袈裟じゃなくて、本人の自己申告だしね」


「……そんな危ない神さまを預かってどうするんです?」


「最初はそこまでヤバいって思わなかったんだよ。ウチで一年間かけてその神さまのことを調べて、最近ようやく結論が出たんだ。ああこれは、神秘法院で預かるには危険すぎる大物だって」


 ミランダ事務長が苦笑い。

 それとほぼ同時、チン、と軽やかな音を立てて昇降機エレベーターが止まった。

 十七階。ここが目的地なのだろう。


「本題ね。神さまソイツの見張りをフェイ君にやってもらうから」

「……はい?」


 ぽかんと瞬きするフェイを横切って、ミランダ事務長が歩きだした。

 神秘法院ビルの十七階。

 高級ホテルの内部のような、来賓が宿泊するフロアをまっすぐ奥へ。


「人間社会に不慣れな神さまの指導役チユーターっていう名目ね。その裏で、彼女の動向を観察して報告してもらうよ。それでフェイ君を呼んだってわけ」


「いやいや!? 俺に神さまを監視しろって!?」


「言葉に気をつけて。彼女は耳がいいから聞こえでもしたら大問題だよ。……彼女の正体、可愛い見た目でも強大無比な竜神だからねぇ」


 ミランダ事務長が、歩きながら肩をすくめてみせる。


「君が適任なんだよ。っていうか君しかいない」

「理由、わかるよね?」

「……予想はつきますけど」


 頷くかわりにフェイは嘆息してみせた。

 なぜ「適任」か。それは――


「……俺が死なないから」


「そう。神の力は大きすぎる。赤子が積み木を崩すような軽い気分で、容易にヒトを壊しうる。望む望まないにかかわらずね。だからこそ死なない人間に頼むのさ」


 神の監視者となる条件とは――

 神の力で壊されない人間であること。

 フェイに宿る神呪アライズが、まさにその条件を満たすのだ。


「ってわけではい決定」


「強制!? 待って事務長、俺はそんな危なっかしい役のために戻って来たんじゃないですってば。神々の遊びに挑みたくて――」


「あともう一つ」


 フェイが見つめる前で。

 眼鏡の薄いレンズごしに、事務長が微苦笑気味に目を細めてみせた。 


「今回の件ね、そもそも彼女からご指名があったんだよ。君を今すぐ呼び戻せって」


「……俺を? どうしてです?」


「さっき言ったでしょ。『この時代で一番遊戯ゲームの上手い人間を呼んできて』――ま、そういうこと」

 


 ◇



 神秘法院ルイン支部。

 楕円型ビルの十七階は、来賓向けのフロアである。


「なにせ元神さまだからね。彼女には特別顧問室で寝泊まりしてもらってる」

「……寮生活の使徒と待遇違いすぎません?」


「そんなことないさ。一流ホテルのスィートルームとはいかないけど、それなりの個室を用意しているつもりだよ。君ら使徒こそが神秘法院の稼ぎ頭なんだから」


 ミランダ事務長が金色のマスターキーを取りだした。

 カード型の鍵を扉にかざした瞬間、特別顧問室の扉がスライドして開いていく。


「勝手に開けちゃって怒られません?」

「彼女に見られて恥ずかしいものなんてないからね。……おや、外に出てるのかな。待たせてもらおっか」


 応接間も兼ねたリビングへ。

 そこに散乱する遊び道具を見まわして、フェイは思わず苦笑いをこぼしていた。


「……へぇ。ほんとにゲーム大好きな神さまなんだな」


 ダーツにルーレットに種々のカード類。ダイスも定番の六面体から十二面体、さらには特殊な百面体ダイスまで。

 それらが机からあふれて床にまで転がっている。


「……『神はサイコロを振らない』ってことわざがあるけど、普通に振るんだな」


 床に落ちていた六面ダイスを二つ拾い上げる。

 それをテーブルめがけ、フェイはひょいっと放り投げた。


「四と六」


 机上を転がる二つのダイス。

 それがフェイの宣言通りの目でピタリと止まるのを見て、事務長が目を丸くした。


「何それ偶然?」

「簡単ですよ。出したい目の逆を上に持つんです。そこから転がして縦に半回転で止まる力加減で振ればいい」


 六を出したいなら一。

 四を出したいなら三の目が上になるよう持ち、そこから半回転するよう振る。


「でもフェイ君、いまテーブルに放り投げたから半回転どころじゃなくない?」

「今のは三十一回転と半回転。だから半回転と同じ目がでる」


「二つのダイスを同時に?」

「三つでも四つでも同じです。どうせこんな小手先、神さま相手じゃ役に立たない」


 神との勝負のためではない。

 フェイが披露した技術は対人ゲームで磨いたもので、さらに言えば、たった一人の相手のために習得したものだ。


 ……こんなダイスもルーレットも。

 ……『あの人』に毎日死ぬほど負けまくって、悔しすぎて練習したっけな。


 懐かしい。

 あふれんばかりの遊び道具を、我知らずのうちにフェイは見つめていて――


「あ、ミランダだー」


 のんきな声が応接間の奥から聞こえたのは、その時だ。

 ふり向いたフェイの目に飛びこんできたのは、炎がそのまま具現化したような鮮やかな炎燈色ヴァーミリオンだった。


「おやレオレーシェ様。お風呂でしたか」

「うん。人間の身体ってすぐ汚れるから。ちゃんと洗った方がいいんでしょ?」


 炎燈色ヴァーミリオンの髪の少女。


 燃えるような鮮やかな長髪。

 身軽なタンクトップ姿で、すらりと伸びた手足の細さがよく映える。好奇心旺盛そうな琥珀色の瞳は爛々と輝いていて、上気した頬には可愛らしい色気を感じさせる。


 そんな彼女の姿を――

 気づけばフェイは、息を忘れて見つめていた。


「ねえミランダ? そっちの人間ってもしかして?」


「ご要望の人間ですよ。フェイ・テオ・フィルス――半年前にデビューしたばかりの新人ながら、神々の遊びでいきなり三連勝した超有望株の使徒です。今日からレオレーシェ様の指導役として配属されます。ほらフェイ君ご挨拶……フェイ君?」


 ぽんと肩を叩かれて、何度も何度も名を呼ばれる。


「フェイ君、おーい?」

「…………あ……」


 はっ、と我に返る。

 そんなフェイの目の前で、レオレーシェと呼ばれた元神さまの少女がふしぎそうにこちらの顔を覗きこんでいた。


「人間? どうかした?」


「……フェイ君さ、レオレーシェ様が可愛いからって一目惚れは指導役失格だよ」

「ち、違います事務長!」


 顔が真っ赤なのは自覚しつつ、フェイは大慌てで首を横にふった。

 見とれていたのは認めよう。

 レオレーシェという少女に釘付けになっていたのも事実だ。


 ……だけど一目惚れじゃない。逆だ。

 ……『あの人』に酷似してたから。


 自分フェイには、探し続けている女性ひとがいる。


 今はどこにいるかわからないが、その唯一の手がかりが、まさにこの炎燈色ヴァーミリオンの髪色だったのだ。

 だからつい、その面影と重ねて見入ってしまった。


「……何でもないです。ちょっと考えごと」

「ふぅん? ま、フェイ君がそういうなら話を進めちゃうかな」


 ミランダ事務長が眼鏡のブリッジを押しあげて。


「さてレオレーシェ様、ご要望のとおり『この時代で一番遊戯ゲームの上手い人間』です。あとは煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」


「俺、生け贄っ!?」


「じゃあ私は事務方の仕事に戻るから。自己紹介や親睦は二人でどうぞ。……フェイ君、指導役の仕事、上手くやりなよ?」


 ぽんと肩を叩いてミランダ事務長が去って行く。

 上手くやれ――

 むろん指導役の役目ではなく、神の監視者としての意味合いだろう。


 これで神と二人きり。

 元神さまを「二人」という数字で表していいのかフェイも定かではないが、事務長がそう言うのなら無礼ではないのだろう。


「あ……ええと」

「や、人間! とにかくようこそ!」


 タンクトップの裾をはためかせ、炎燈色ヴァーミリオンの髪の少女がソファーに飛び乗った。


「そこに座って。いまテーブルを片付けるから」


 散乱するダイスやゲーム盤を片付ける……というより、ざーっと勢いよく床に落っことしただけなのは、人間と神の意識の違いなのだろう。

 しかしテーブルを綺麗にするとは?

 お茶とお菓子でも出して歓迎してくれるのか?


 そう思ったフェイの心境は、次の言葉であっさりと消し飛んだ。


「さあ。さっそくだけど始めましょ」

「何をです?」

「ふふん、決まってるじゃない」


 テーブルを挟んだ向かい側。

 対面に座る彼女が、目をキラキラさせて両手を広げた。



わたし人間おまえで、ゲーム勝負よ!」









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