第1話 神に挑む少年


 秘蹟都市ルイン。

 世界大陸に点在する離れ都市アイルシティ、その最大級の都市の一つで――


『住民データ照合』

『住民番号、第68期80999区分シ-63』

『フェイ・テオ・フィルス、お帰りなさい』


 ぶ厚い鋼鉄の市壁に囲まれた都市。

 その入り口にあたる機械門で。


「あー……半年間も人捜しだなんて。俺、我ながら何やってんだろ……」


 住民カードを懐にしまいこんだ黒髪の少年フェイがしたことは、空を仰いでの

大きな溜息だった。


「結局あの人は見つからず。これなら『神々の遊び』に専念してればよかったな。

もう遅いけど……」


 気を取り直そう。

 よし、と勢いよく首を振って歩きだす。


 都市の公道は広く美しく整備され、そこを走る電気自動車はどれも目新しい。顔を上げれば、そこには鈍色に輝く高層ビル群。

 半年前と変わらない。

 秘蹟都市ルインの街並みの、なんと活気にあふれたことだろう。


 その最たる景観――

 フェイが足を止めたのは、ビルの壁面にある巨大スクリーンだった。


 電光表示されているのは「対戦中プレイング」という文字。そこに映しだされた生放送ストリームの映像を、何百人という観客が夢中で見つめている。


「……神々の遊び? しかも三つ同時か」


 三つの巨大スクリーン。

 そこに映っているのは三体の神々。そして神々に挑む数十人の使徒たちだ。


 ――人と神々の頭脳戦ゲーム


 その戦いを、何百人という観客が固唾を呑んで見守って、それを後ろからフェイが遠巻きに眺めている。


 そして決着。


 偶然に過ぎないが、フェイが足を止めて数分とかからずに、三つのスクリーン上でほぼ同時に勝敗が決した。


 ――『敗北』VS 精霊サラマンダー    攻略時間82時間 使徒16名全員の脱落

 ――『敗北』VS 魔神ナハト       攻略時間7時間 使徒40名全員の脱落

 ――『敗北』VS 無限神ウロボロス    攻略時間15秒  使徒69名総意の降参


 観客が一斉に「あーあ」と落胆。

 あまりの溜息の大きさに、木々に留まっていた鳥たちが驚いて逃げだしたほどだ。


「サラマンダー戦は惜しかったんだけど……」

「ナハト戦だって、あと一時間逃げ続けてれば勝ちだったのに……」

「ウロボロスを引いたチームは……運が悪かったな……」


 無念そうに呟いて、そして散り散りにわかれていく。

 人類最高の興行エンターテインメントであり挑戦である『神々の遊び』。その攻略風景の極めてよくある光景だ。


「……って、のんびり見てちゃだめか。俺だって挑む側なんだし」


 自分にそう言い聞かせて、フェイも背を向ける。

 と思った矢先に。


「おい、あいつフェイじゃ……」

「あのフェイか!? ここんとこ見なかったけど」


 フェイに気づいた観客の何人かが声を上げ、そして一斉に指をさしてきた。


「え? い、いや……あの、そんな注目される程の者じゃないんで!」


 慌てて走りだす。

 それが逆効果だった。まわりの住民たちがフェイに気づいて、さらに大集団になって駆け寄ってくる。


 史上最高の新人ルーキーを一目見るために。


「ああもうっ!……だから俺は、ここに帰ってきたばかりですってば!」


 大衆を振り払って、目指す先は神秘法院。

 神々の遊びに挑む使徒たちの本拠地へ、フェイは、半年ぶりに帰還した。



 ◇



 この世界には――

 人間が認識できない霊的上位存在、いわゆる「神々」が多く存在する。


 精霊、悪魔、天使、龍。

 太古から様々な名で呼ばれてきたものたち。

 しかし当然の疑問がある。目に見えないはずの霊的存在を、どうして人間は崇拝できたのか? 


 答えはいたって簡潔。

 暇を持て余した神々の方から、人間に接触してきたからだ。


 神が力を授ける現象『神呪アライズ』。

 神のみぞ知る基準で選別された者が神呪アライズを授かり、超人型・魔法士型どちらかに分類される力を得る。

 その力が、神々にゲームを挑むための参加資格なのだ。


 ◇

 

 神秘法院ルイン支部。

 フェイの目の前にある建物は、地上二十階、地下三階という巨大ビルである。

 神秘法院とは「神々の遊び」に挑むための世界組織だ。神に挑むための拠点なのだから、それなりに立派でなければ示しがつかない。

 そんなビルの一階で――


「やあ。お帰りフェイ」


 片手をポケットにつっこんで、もう片手をフラフラと手を振ってきたのは眼鏡をかけたスーツ姿の女事務員だった。

 事務長ミランダ。

 キャリアウーマンの雰囲気をした切れ長の瞳に、知的な面立ちが印象的である。


「半年ちょっとぶり。だいぶ遠方に行ってたみたいだけど、フェイ君ってばちょっぴり痩せた?」

「ええ色々とあって……って、どーいうことですか事務長っ!」


 事務長に向かってフェイは詰め寄った。


「俺、今度こそ見つかるって期待してたのに!」


「あははっ。そういえば君が探してた女の子、結局別人だったんだって?」

「そのウソ情報を教えてくれたのは誰でしたっけねぇ!?」

 

 まったくこの人は。

 あっけらかんと笑うミランダ事務長に、フェイは今日二度目の溜息をついた。


「……俺が探してるのは、髪が真っ赤な女の子です」

「うん知ってる」


「全然っ、別人でしたが! そっくりな女性がいるよって事務長が言ったから探しに行ったのに……ええ、そりゃもう探しまくりで。半年も探しちゃいましたよ!」


「フェイ君って遊戯ゲームは誰より強いけど、そういう運は無いよねぇ」


「そのウソの情報源は誰でしたっけ……」

「そんな噂があるって言っただけさ。私はね」


 ミランダ事務長が肩をすくめてみせる。


「とにかくお帰り。ああ、身分証はいらないから。このビルで君以上に有名な使徒なんていやしないよ。半年ぶりでも顔パスでいいから」


「……相変わらず適当だなぁ」

「程よく手を抜く。ただし抜かりなく。事務全般のコツだよ。まあ入った入った」


 ビル内へ。

 受付ロビーは、一般的な商業ビルとほとんど変わらない。

 可愛らしい受付嬢がいて、事務スタッフが黙々と荷物を運んで出入りしている姿がある。違いがあるとすれば――


 一階ロビーのいたるところに、正装の使徒たちが佇んでいることだろう。

 白を基調とした神秘法院の服だが、いずれも真新しい。


「ああ。彼ら今年の新入りルーキーだよ」


 ミランダ事務長が、フェイの視線に気づいて微苦笑。


「去年の暮れに神呪アライズを受けて使徒になったばかり。今はとりあえず所属のチームを探してる」


「見所は?」


「そりゃ期待はしてるさ。でも君みたいなのはそうそういないね。神呪アライズを受けて一年未満の新入りルーキーが、あっという間に『神々の遊び』で三連勝だなんて。今も神秘法院本部から催促がくるよ」


 ミランダ事務長がおかしげに肩をすくめてみせた。


「使徒フェイ・テオ・フィルスは半年もサボって、いったい何してるんだって」

「……俺だってせいぜい一週間のつもりでしたよ」


 探し人がいたという情報。

 それを頼りに延々と探し続けたのに人違い。あまりに悲しい半年間だ。


「だから事務長、俺としては半年分の無駄ブランクを今すぐ埋めたくて」


「すぐにでも『神々の遊び』に挑戦したいって? ほんと君らしいね。神々との知略対決に尻込みしないなんてどんな心臓してるんだか」


「ただのゲーム好きですよ」

「知ってる。ただのかどうかは同意しかねるけど、君の復帰は法院ウチとしても嬉しいよ」


「じゃあ早速――」

「と言いたいところだけど」


 ミランダが、中央昇降機エレベーターを指さした。


「実はね、フェイ君に見てもらいたいものがあるんだ。十七階においで」

「何をです?」

「着いてからのお楽しみ」


 昇降機エレベーターに乗りこんで。

 フェイはふと、自分がよりかかろうとした壁際に振り向いた。昇降機エレベーターの壁に刻まれていた文字列――


 それは、神々がヒトに授けた七つの約束だ。



 神々の遊び七箇条ルール


 ルール1――神々から神呪アライズを受けた人間は、使徒となる。

 ルール2――神呪アライズを授かった者は超人型・魔法士型どちらかの力を得て、

       神々との頭脳戦ゲームに挑むことできる。


 ルール3――神々の遊びは、すべて霊的上位世界『神々の遊び場エレメンツ』で行われる。

 ルール4――神呪アライズの力は、『神々の遊び場エレメンツ』でしか発揮できない。

 ルール5――ただし神々の遊びで勝利したご褒美に、神呪アライズの力の一部を

       で使えるようになる。

       勝利すればするほど、現実世界で開放できる力も増大する。


 ルール6――合計3回の敗北で挑戦権を失う。

 ルール7――神に10回勝利することで完全攻略クリアとなる。


 完全攻略クリア――神に10勝することで『神の栄光セレブレイシヨン』が与えられる。 



 神々の遊び。

 人類が課せられた目標は、「神に頭脳戦ゲームで十勝する」ことだ。


 完全攻略者には神々から「ご褒美」が与えられる。

 ご褒美の中身はわかっていないが、古くから囁かれているのが「好きな願いを叶えてもらえる」という、何とも人間に都合の良い噂である。


 もっとも――

 完全攻略者がゼロである以上、真偽は不明だ。  


「世界中が待ち望んでるよ。いつになったら神々に十勝する人間が出るんだろうね」


 ミランダ事務長が、ふっと微苦笑。


 ここ神秘法院の役目は二つある。

 一つは「神々の遊び」を世界最大の興行エンターテインメントとして人々に公開すること。

 だが何よりも、神々に挑戦する使徒への支援サポートである。


「人類史上の最高勝利数は八。これはもう大天才の記録だよ。遊戯ゲームの英雄といっても過言じゃない。だけど、そんな英雄さえも十勝はあまりに遠かった。九勝目への挑戦中に三敗したことで引退を余儀なくされた」


「……ええ」

「だけどフェイ君、私はね、君なら完全攻略も夢じゃないって思ってる。なにせここ数年で最高の新入りルーキーなんだから」


 フェイの成績は三勝ゼロ敗。

 神々との知略戦でいまだ無敗。近年稀に見る最高の新入りルーキーとして、世界中から完全攻略クリアを期待されている。


「…………」

「おや、何か不満かい?」

「いえ。ただ俺としては、早く用事を済ませて神さまに挑みたいなぁって」


「ぶっ!……ははっ。ほんと君はゲーム好きだよね。これだって本当は大事な話なんだけど、まあ君、そういうのじっと聞くタイプじゃないか」


 ミランダ事務長が噴きだした。


 そう。

 フェイにとって人類史上の最高勝利数がいくつだとか、自分が史上最高の新入りルーキーとか、そんなのはどうでもいい。


 ただ神さまと遊戯ゲームで戦いたい。

 その情熱だけでここに戻って来たのだから。


「……ほんと、君たち良いコンビになりそうだよ」 


「はい?」

「話があるって言ったでしょ。フェイ君に会ってもらいたい女の子がいるの」

「女の子?」


「ご指名だからね」


 ミランダ事務長が振り向いた。

 半分はいたずらっぽく、そしてもう半分に、熱を帯びた期待をこめて。


「『この時代で一番遊戯ゲームの上手い人間を連れてきて』――ま、それならフェイ君しかいないじゃん?」


「……俺を指名? それ誰が?」









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