出立の朝①
食事を終える頃には、外は真っ暗だった。
ようやく、夜が訪れたらしい。
ヴィクターの決定より、夜明けとともに魔法バラソを倒す冒険へ出発することになった。
今はみんながドタバタと出発へ向けての準備に勤しんでいる。
そして私は特に準備するものもないので、ごろごろとその様子を見守っていた。
床に寝転ぶ私を、時折ネヒリスやルーナが邪魔だと蹴り飛ばしていく。
(いやほんと、聖女の扱い雑すぎない?)
無駄にヨイショされるのもいい気はしないけど、適度にならヨイショされたい。
むーっと口を尖らせながら、右手の甲を見つめた。
青白く発光する刻印を眺め、もう一度こすってみる。当然だが、消えるわけもない。
(どういう仕組みで光ってるんだろう。夜、ライト代わりになってくれるかな)
自分の扱いに反抗するように王家の誓いを雑に扱っていると、頭上に影が差した。
下から見ても美しい造形をしているヴィクターの顔を見上げる。
「マコト、お前は本当に準備はいらないのか?」
「準備も何も、荷物はこれだけだもん」
隣に置いたカバンを指さす。
おつかいに行くとき、引っ掴んできた学校帰りのかばんだ。
役に立つものとは思えないけど、スマホや財布など、いつか帰るときにないと困るだろうし、簡単に捨てられるようなものでもない。
すると横から見ていたらしいネヒリスが、ふんっと鼻で笑った。
「あ? なんだよ、貧相顔。戦力外のくせに、一丁前に荷物はあるのか」
「戦力外って言うな。っていうか、そろそろ名前で呼んでよ」
解呪の書に載ったらどうする気なのだと不満を込めて言う。
けれど私の主張はオールスルーで、ネヒリスは私のカバンを手にした。
「ちょっと何する気?」
「こんなん持ち歩くの邪魔だろ」
ネヒリスがカバンに手をかざすと魔法陣が浮かびあがる。
その瞬間、どこかに吸い込まれるようにカバンが消えてしまった。
「うわああ!? どこやったの!? 食べたの!?」
「食べるか、バカ! いちいちこんなんで騒ぐな。地球にはこんな簡単な魔法もねえのかよ」
「魔法なんてないよ! ちょっと、ほんとにどこやったの!?」
思わず立ち上がった私に、ネヒリスが紫色の結晶がついたネックレスを差し出す。
「え……なにこれ。私、彼氏でもない人からのアクセサリーはちょっと……。まあでもネヒリスがどうしてもっていうならもらってあげても?」
「あ? 何言ってんだよ、気持ち悪いな」
「気持ち悪い!?」
(聖女捕まえて!?)
ネヒリスは面倒そうに魔法陣を出すと、魔法でネックレスを私の首につけた。
「収納用の結晶だ。そのなかに、お前のカバンが入ってんだよ」
「そうなの? 四次元ポケット的な? めっちゃ便利じゃん……」
「よじ? はよくわかんねえけど、荷物はそこに詰めりゃいい。取り出したいときは、触れながら思い浮かべたら出てくる」
「すっご……わたし、初めてネヒリスを尊敬したよ」
「ま、天才魔法使いだからな」
得意げに言って、ネヒリスは準備に戻ってしまう。
(この結晶、日本に持ち帰ったりできるのかな)
それから試しにカバンを出したり入れたりを繰り返していると、ようやく全員の準備が終わったらしい。
夜明けまで仮眠を取って、ついには出発の朝になった。
異世界トリップで聖女に!? ~世界を救うまで帰れません!~ ななこ @nanaco88
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