誓いの正体①



「ヴィクターは?」

「解呪の書を取りに自分ち戻った。持ってくるの忘れたらしい」

「意外とうっかりさんだね」

「あいつ、真面目な顔して抜けてるからな。そういえば、お前わりとルーナとうまくやってんじゃん。相性いいのか?」

「ふっ……私が手のひらでルーナを転がしてるんだよ」


にやりと笑いつつ、手のひらで転がすジェスチャーをする。

その様子を呆れた眼差しで見ていたネヒリスが、急に私の手を掴んだ。


「な、なに?」

「これ、どうした」

「なんのこと……?」


いつになく真剣なネヒリスの声に、ルーナまで何事かと側にやってくる。


「ヴィクターか」

「え?」

「お前、ヴィクターに口づけされたか?」

「は!?」


いきなり何を尋ねるのかと顔が熱くなる。

そんな私の頬をぎゅむっとネヒリスは掴んで、顔を近づけてきた。


「冗談で言ってんじゃねえんだ、答えろ、マコト」


初めて名前を呼ばれるのがこんなシチュエーションだとは思わなかった。

さながら雌豚のように顔をむちむちにしながら、私は『口づけ』と思考を巡らせる。


「あ……へのほうはら」

「あ? まともに喋りやがれ」

「だから、手の甲になら!」


ネヒリスに解放され、勢いよくそう答える。

すると、ネヒリスは舌打ちをして、ルーナはなぜかその瞳に涙をためた。


「ふ、ふたりともなんなの? 手の甲のキスがそんな駄目でした?」


もしやルコークダではとんでもない意味合いを持つキスなのだろうか。


(奴隷契約とかだったらどうしよう……)


ヴィクターを奴隷として行使するところを想像して、それも悪くないと思いつつも、思考を振り切る。

ネヒリスは私が何も知らないと悟ったのか、諦めたように言った。


「お前、しっかり自分の手を見てみろ」

「え……?」


言われた通り、ヴィクターに口づけをされた手の甲を見る。

そこには、紋章のようなものが浮かび上がるように青く発光していた。


「な、なにこれ……」


試しにこすってみるけれど、消える気配はない。

そんな私の後ろから、ヴィクターの低い声がした。


「無駄だ。それは、魔法の刻印だからな」


3人で揃って振り返る。

ヴィクターはフードを脱ぎながら、持ってきたらしい解呪の書をテーブルに置いた。


そんな彼に、ネヒリスが飛び掛かるように迫った。


「お前! あの刻印がどういう意味か分かってやっただろ!」

「当然だ」


怒ったような、悲しげなようなネヒリスは、ヴィクターの返しに悔しそうに唇を噛んだ。

ルーナは何も言わず、ぽろぽろと涙をこぼしている。


(え? いやいや、何この空気……)


自分だけが置いていかれた状況に戸惑いつつ、真相を知るはずのヴィクターを見据えた。


「ねえ、魔法の刻印ってどういうこと?」

「言っただろう、誓うと。その誓いを魔法としてその手に刻んだ」

「どんな魔法……?」

「お前が死ぬような過ちが起きたとき、代わりに俺が死を受ける魔法だ」


驚きよりも先に、ああなるほどと納得してしまう。

いくら聖女といえど、突然現れたよくわからない女の命が、王族の末裔で勇者であるヴィクターの心臓に乗っかってしまったのだ。


ネヒリスの怒りやルーナの悲しみはもっともに思えた。


「どうしてそんなこと……」


私は、別に言葉だけで十分だった。

こんな具体的に心臓を捧げられるのは、さすがに重いし申し訳ない。


「悪いが俺はお前を戦力としてみていない。何かあった時、真っ先に死ぬ可能性が高いのはお前だ。全力を尽くしてお前を守るが、至らぬ時もあるだろう。その保険だ」

「保険って……もしそのせいで、ヴィクターが死んだらどうするの?」

「お前が死ぬよりはいい」


淡々と告げるヴィクターに、これ以上言っても無駄だと思う。

私の決めた覚悟なんて、彼にとってはミジンコレベルだったのだ。


彼は自分の命に代えても私を守ると、心から、心臓をかけて、誓っていたのだ。


(こんな気持ち、初めて)


怒りたいような、悲しいような、許せないような、たまらないような。

色んな感情が綯交ぜになって、ため息になって零れ落ちた。


「本題に入っていいか?」


死ぬほど重苦しい空気のなか、本人は気にした様子もなくそう言う。

無言を肯定と捉えたのか、ヴィクターは解呪の書を開きながら自分の手の甲を私達に見せた。


「さっき気づいたのだが、俺の手にも刻印があった」

「……は? お前、それって」

「恐らく、マコトが刻んだのだろう」

「え? 私?」

「おのれ雌豚、何をヴィクターの体に刻んだというの?」


多方向から色んな視線を向けられ、慌てて首を振る。


「ないない! 私、魔法とか使えないし! 刻んでないよ!」

「確かに誓いの魔法は王家にしかできねえんじゃなかったか?」

「俺にも分からないが、聖女には可能なのかもしれないと思ってな」


ヴィクターは解呪の書をひっくり返すと、私を手招いた。



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