仲間探し①



「よし、出かけるか」


食事を終えると、ローブを身にまといながらヴィクターはそう言った。

もう夜では?と思ったけれど、案の定小窓からの景色はさっきと変わっていなかった。


「出かけるってどこにー?」

「仲間集めだ」

「仲間集め?」


カフェやお買い物ではないとは思っていたけれど、いきなりのRPG感あふれる言葉に首をかしげる。


「勇者と聖女で倒すんじゃないの?」

「2人で魔王を倒しに行ってどうする。しかも1人は戦力外だぞ」

「戦力外……聖女を戦力外……」

「あ、いや、今のはだな、まあ、気にするな」


うじうじと指先で床を突っついていると、面倒そうに慰められた。

仮にも聖女に対して、扱いが雑すぎる。


(ヴィクターの中で聖女が戦力外っていう扱いなのはよーーくわかった!)


その名の通り、戦力にならないよう気持ちよくサボらしてもらうことを決意し、ヴィクターに向き直る。


「それで、仲間ってあてはあるの? こんな無謀な旅に付き合ってくれる人なんて、そうそういるとは思えないけど」

「……あるのはある。さっきの禁呪の書の話は覚えてるか?」


ヴィクターはふっと真剣な顔つきに戻ると、私を見据えた。

頷くと、彼は話を続ける。


「禁呪の書は、代々王家が守っていた。にも関わらず、突如盗み出された。さっきも言ったが、王家に内通者がいたということだ。つまり、バラソに世界を乗っ取られた原因や責任は王家にある」

「……うん」

「というわけで、俺はルコークダの住民に嫌われている」

「えっ?」


驚いて見つめると、ヴィクターは感情の読めない瞳で視線を逸らした。

悲しいのか、諦めているのか、それとも割り切っているのか。

宝石みたいな青い瞳からは、どんな感情も見えない。


けれど、どこかで納得する。

仮にも王族の末裔なのにこんな質素な暮らしをしているなんて、彼を慕う人が周りにいないなんて、たしかに違和感がある。


「世界を救う、なんて言ってるが、俺にはついてきてくれる仲間を選ぶ権利もない」

「…………」

「悲観しても仕方のないことだ」


600年も前のことを責められ、嫌われるって、一体どんな気持ちなんだろうか。

何より、自分を嫌う民のために命を賭して魔王に挑むって、お人好しの度が過ぎているんじゃないだろうか。


一気に目の前の男が不憫に思えてくる。


(私、わりと不憫な男に弱いんだよなあ)


結局、『仲間のあて』が何なのかはわからなかったけれど、それ以上追及するのは憚られておとなしく口を閉じた。

すると、ヴィクターが手にしていたローブをふぁさりと私を覆うようにかけた。

フードをかぶせられると、見事に頭のてっぺんからつま先まで覆いつくす長さだ。


「とりあえず行くぞ。いつ日が暮れるか分からない」

「なんでこんなの着なきゃなんないの?」

「ここに来て最初に体を動かしたとき、痛かっただろう」

「そういえば……! めちゃくちゃ痛かった!」

「いわゆる毒のようなものだ。この地区にいる魔物が出す瘴気は、俺たちには有毒なんだ。だから、こうして全身を覆うローブを着ていないと体が痛くなる」


(ぜったい脱がない……!)


さっきのような激痛に見舞われるのは御免だ。

ぎゅっとローブをかき抱くように体に巻き付けると、ヴィクターが小さく笑った。


「そう長時間うろつかなければ、そこまで問題はない」


その横顔を眺めながら、笑うとちょっと幼くなるんだなんて思う。

年上のような気がしていたけれど、もしかしたら同い年くらいかもしれない。

年齢を尋ねたけれど、多分同じくらいじゃないかと曖昧に濁された。

というのも、時間の概念が成立しない以上、正式な年齢はわからないらしい。

確かにそうかと納得して、ローブに身を包んだ私たちは小屋の外へ出た。


「うっわ……」


外はなんというかまあ、想像していた通りだった。

心地の良い深緑の森などではなく、ただ立っているだけで心をざわつかせるような不穏な気配が漂う、鬱蒼とした森。


どこからか聞こえる虫の音や動物の鳴き声が、余計に不安を駆り立てる。

まるで踏み込んではいけないと本能が言っているような感覚さえする。


ヴィクターは慣れた様子で小屋を施錠すると、さっさと森の中へ踏み出してしまう。

さっきまで不安だったのに、ヴィクターが先導してくれることで私も自然と足を踏み出せた。


「どこに向かってるの?」

「ネヒリスという魔法使いのところだ」

「ネヒリス?」

「あぁ。バラソの右腕だったといわれる、イニリの末裔だ」


それを聞いて、そういうことかと納得する。

ヴィクターが言っていた『仲間のあて』、それはきっと自分と同じ境遇の人たちだ。


(それってすっごい、皮肉だよね……ある意味ドラマチックだけど)


「ネヒリスはいい奴だぞ。少し捻くれてるが」


私が黙っているのが不安からだと受け取ったのか、そんな風にヴィクターが声をかけてくれる。

お人好しの世話焼きが言う『いい奴』ほど信用ならないものはない。


「それって本当にいい奴?」

「お前よりはまともじゃないか?」

「なにそれ、私がまともじゃないってこと? ひどくない? 聖女様に向かって」

「……そういうところだ」


むっと頬を膨らませた私に、ヴィクターが呆れたように言う。

けれどすぐにその頬を緩ませた。


「あ、笑った。なに?」

「お前は変な奴だな」

「ねえ、貶してるよね? 世界救うのやめていい?」

「こら、マコト」


あやすようなヴィクターの声に名前を呼ばれて、私まで頬が緩みそうになる。

食事の席で教えたばかりの私の名前。どうやら聞きなれない名前らしく発音が難しいらしい。

ぎこちなく呼ぶのが、なんとなく可愛く思えた。




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