王族の魔法①



ふらふらと気を失ってから次に目を覚ましたのは、シチューのような美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐったころだった。


「ん……」

「起きたか」


夢であれば……と願ったけれど、体を起こしたその場所は気を失う前と変わらない。

頼りない小屋と、勇者の恰好をしたヴィクターがいた。

さっきと違うのは、テーブルの上に置かれたお皿から湯気がたっていることくらいだ。


「うう……ほんとに世界救うの? 私……」

「とりあえず、飯でも食え。ここにきて、何も食べてないだろう」

「ここの食べ物食べたら、二度と帰れないとかない!?」


黄泉の国の言い伝えのように、その場所の物を口にしたら二度と……と想像して青ざめる。

けれど、向けられた視線は想像以上に呆れたものだった。


「知らんが、食わないと帰る前に死ぬだろうな」


仰る通りだ。

それにさっきからこのおいしそうな香りにつられてお腹が切なげに音を立てているのも事実だった。


「それじゃ遠慮なくいただいちゃお」

「ああ、食え」


テーブルに近づくと、そこには乳白色のスープと硬そうなパンが置かれていた。

オムライスを思うと質素だけど、家を見る感じかなり貧乏そうだし、これでも精いっぱいなのだろう。


「これ、ヴィクターが作ったの?」

「他に誰が?」

「まあ、そうだよねー。いただきます」


手を合わせた私を不思議そうに見ながら、ヴィクターが頷く。

スープは匂いどおり、まるでシチューのような味がした。


「おいしい。ん? 何この野菜、ニンジンっぽい」

「おい、口に物を詰めたまましゃべるな」

「うわ、パンかった! なにこれ!?」

「スープに浸して柔らかくして食え」

「すご……生活の知恵だね」


言いながら、パンをちぎろうとした反動でスープをわずかにこぼすと、すぐに布巾が差し出されて笑ってしまう。


「なんかヴィクター、お母さんみたい」

「なんだそれは。意味が分からん」

「お母さん、喉かわいた」

「……飲め」


不服そうにしながらも水を差しだしてくれるあたり、お人好しの世話焼きらしい。

よく考えれば、私が聖女とわかる前から自宅で介抱してくれていたのだ。

変な人かもと最初は思ったけれど、なかなかいい人なのかもしれない。


そこまで考えて、はたと気づいた。


「ねえ……いま、何時?」

「ナンジ? お前、さっきもそれを言っていたな」


こんな古ぼけた家で暮らすわりには丁寧な所作で食事をしながら、ヴィクターが首をかしげる。


「だから時間だよ、時間。私が来た時から窓の外の景色、変わってなくない?」


スーパーに向かっているとき、既に日本は夕方だった。

それと同じ時間軸だとは思わないけれど、眠っていた時間を思うと、もうここにきてから短針が一周していてもおかしくない時間に思えた。

それなのに、窓の外はずっと薄暗い曇り空のような色のままだ。


日が暮れることも、明けることもしていない。


私の疑問にようやく気付いたのか、ヴィクターが『ああ……』と短く声を落とした。




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