プロローグ④




戸惑う私に、男は話を続ける。


「ルコークダは元々、人間や小人、天女や魔法使い、魔物や亜人など様々な種族でで成り立つ平和な世界だった。


だが、今より600年前。王家より禁呪の書を盗み出した者たちが禁呪を使い、温和だった魔物たちを狂暴化させ、世の秩序を壊してしまった。


それから100年かけてルコークダの住民を支配し、500年前。ルコークダは、禁呪の書を得た、魔法使いであるバラソ――魔王の支配する世界になった」


にわかには信じがたい話に、どこから突っ込めばいいのかわからない。

600年前なんて途方もないし、いきなりの異世界トリップにくわえて、内容があまりにハードすぎる。


「その魔王ってやつは、600年間ずっと生きてるの?」

「ああ、禁呪の書に不死の呪文があるからな」

「とんでもない書だね……」

「そうだな。禁呪の書は、先人がまとめた『使うべきではない禁じられた呪い』の書だ。本来であれば、ルコークダの王家に門外不出の秘密の書として受け継がれていたはずだったのだが……どこからか秘密が漏れ、バラソによって盗み出されたそうだ。恐らく、バラソの仲間に王家の者がいたのだろう」


話を聞きながらも、それはどこか現実味を帯びない。

けれどこれがもし全て本当ならば、相当絶望的だ。


(こういう異世界トリップ系って、聖女の力で適当になんとかなる気はするけど)


話を聞く限り、なんとも一筋縄ではいかなさそうだ。


「そしてこの書は、『解呪の書』だ」

「解呪の書ってことは、禁呪の逆?」

「そうだ」

「えっ!? じゃあ余裕じゃん! この本の呪文使ったらちょちょいのちょいじゃん!」

「何を言ってるか分からないが、そんな簡単な話ではない。」

「なんで?」


禁呪の書でやられたなら、解呪の書でその呪文を解けばいいと思ってしまうけれど、そう簡単な話ではないらしい。


「何事でもそうだ。壊すのは簡単だが、修復するのは難しいだろう? それが世の摂理というもの」


(たしかに太るのは簡単だけど、痩せるの大変だもんな)


納得しつつ、男に尋ねる。


「……どれくらい難しいの?」


その問いに、にいっとそいつの右の口角が上がった。


「500年間、達成出来なかったくらいに難しい……だが、今状況が変わった」

「え?」

「お前が聖女なら、この500年にピリオドを打てるかもしれない」


頼もしそうに言われて、目を見開く。

男は解呪の書を指さし、解説を再開させた。


「この書には、『チキュウという、遥か遠く、我々には辿り着き得ないその世界から、聖女がある日突然現れ、勇者と共に世界を変える』と、書かれている」

「それって……」

「お前のことだろう?」

「で、でも、わたし、ほんとに普通の女子高生だし!」


異世界トリップ系の小説は読んだことがあるけど、オムライスの卵を買い出しに行く途中にトリップしたとかそんな話は聞いたことがない。

こんなおつかい感覚で異世界の聖女になってしまうものなのだろうか。


「ジョシなんたらはよくわからないが、お前は間違いなく聖女だ」

「なんで、そう言い切れるの」

「お前が地球から来たこと、そしてお前を初めに見つけたのが俺だということが何よりの証拠だ。この書にも書いてある」

「なにそれ? あんたは何者なの?」


まるで自分が特別かのような物言いに、気になって問いかける。

すると彼は挨拶がまだだったと今更気づいた様子で、私に視線を向けた。


青い瞳が、まっすぐに私を見つめる。

今日、もう何度も目を合わせたはずなのに、心臓がどくりと疼いた。


「俺はヴィクター=ルコークダ。この世界を救う勇者であり、500年前滅亡した王家の末裔だ」

「え……勇者で王家?」

「ああ。この書にはルコークダ王家の末裔が勇者となり、聖女と出会い、世界を救うと記載されている。だから王家の俺がお前を見つけたのが、お前が聖女たる理由だ」


堂々たる物言いに、今更目の前の男が急に勇者で王子っぽく見えてくる。

変な服装もおしゃれでもギャグでもなく、本物の勇者だったかららしい。


「ええ……じゃあ、私は、本当に聖女……?」

「そうだろうな」

「もう、地球には戻れないの……?」

「いや。この書によれば、世界が平和になったあと聖女は地球に帰ったと書いてある」

「なにそれ、信憑性あるの?」

「解呪の書とは、一種の予言書だ。ほとんどが白紙だが最後のページには聖女は地球に帰ったと書いてあるから、間違いないだろう」


ヴィクターが見せたページには、たしかに何やら光に包まれる女の子のシルエットが描かれている。

もう戻れなかったらどうしようかと思ったけれど、これならまだ希望はある。


(でも魔王を倒すとか……、そんなんどうやって?)


RPGみたいにボタン操作で何とかできれば良いけれど、そうもいかないだろう。

どうにかヒントはないかとページを捲ってみたら、見事に最初と最後以外は白紙だった。


「ということだ。簡単な旅ではないが、一緒に世界を救ってくれ」


つい1時間前まで想像もしなかったイケメンの誘い文句に、項垂れる。

卵のおつかいから、魔王を倒す世界を救う旅へ。

恐るべき道草の始まりに、私はそのまま硬いベッドへ倒れこんだのだった。


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