プロローグ②





(やばい)


恐る恐る男を見上げると、無言の圧力が落ちてくる。


「……」


(勇者ボーイ怒ってるよぉおおお!!!)


それもそうだ。

渾身の勇者ギャグを無駄にしてしまったうえに、私の『ぶひっ』のほうがどちらかといえば面白かった。

プライドを傷つけてしまったと申し訳なく思っていると、再び真剣な声が落ちてくる。


「……魔法か」

「は?」

「今のは魔法か、と聞いている」

「…………は?」


ブルーの瞳に、あほ面で口を開く私が小さく映る。


(え、うそでしょ? まだ勇者ギャグ押し切る気なの?)


プライドの高い男は魅力的だ。

けれどこういう場面で潔く負けを認めない男はかっこ悪い。


いくら顔が良くても、さすがにここまでプライドが高くギャグ線が低く、ましてや服のセンスはゼロの男は願い下げだ。


どうにか彼を退ける方法を考えていると、男が悩まし気に眉間にしわを刻む。


「どのような魔法を使った? 手荒な真似はしたくない。素直に白状しろ」

「ねえ、ほんとに、頭大丈夫?」


オブラートに包もうと思っていたのに、口をついたのはそんな率直なツッコミだった。

気づいたときには遅い。彼は驚いたような顔をして、また眉を顰める。


「……俺は特に怪我等はしていない。お前こそ、体大丈夫か」

「え?」


(そういう、意味じゃなかったんだけど……? もしかして天然?)


天然ならさっきまで謎に会話が噛み合わなかったのも頷ける。

首をかしげながら考えていると、再び男が口を開いた。


「そろそろ薬が効いてくる頃だ」

「薬?」

「体を動かしてみろ」

「あれ? ……痛くない」


さっきまで感じていた痛みが、嘘のように消えてなくなっている。

確かめるために体を起こして、異変に気が付いた。


「ん……?」


病院だと思っていたこの場所。

そこはコテージというには頼りない、8畳ほどの木造の小屋の中だった。

唯一ある小窓の外には、鬱蒼とした深い緑の世界が広がっている。


「……ここ、どこ」


無意識に、言葉が零れ落ちる。

私は、母に頼まれて卵を買いにスーパーへ向かっていたはずだ。

今日の晩御飯はオムライスで、卵を買いに行かないと私だけ卵抜きオムライスになると、母に脅されたのだ。

だから仕方なく家を出て、なじみの道を歩いて、スーパーへ向かったはずだ。


それなのに、ここはどこだ。


男が私の傍に屈む気配がして、呆然と見上げる。

彼はまっすぐな青の瞳で、私を見つめた。


「……ルコークダ」


落とされた言葉に、私はドン引いてしまった。


(え? まだそういうネタ引っ張んの?)


信じられない気持ちで目の前の男を見つめる。

中2になる弟でも、『ルコークダ』なんて意味の分からない造語は言わない。

百歩譲って時々、手やら足が疼くくらいだ。


(なにこの人。天然越えてただの頭痛い人じゃん……さっさと帰ろ)


どういう状況かはわからないけれど、このまま長居はよくない。

痛すぎる発言の数々にイケメンに対する甘い感情なんて霧散して、ため息交じりに立ち上がった。


「はいはい、ルコークダね? ところで今、何時? 早く買い物済ませなきゃいけないんだよね」

「……ナンジ?」

「なにその知らない言葉みたいな態度? 時間のことだよ!」

「ジカン……」


何やら呟いている男に気味が悪くなり、そそくさと前を抜けると、ベッド脇にある鞄を掴んだ。

中を漁るとスマホが出てきて、ほっと安堵する。

けれど、そこに映ったものにぞくりと背中が粟立つような感覚がした。



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