異世界トリップで聖女に!? ~世界を救うまで帰れません!~

ななこ

第一部

プロローグ①



夢を、見た。

寒くて暗い空間で、ただ涙を流す、そんな夢。

意味が分からないし、泣いてる理由だって分からない。

だけど胸が痛いほどしめつけられて、とてつもなく切なかった。

まるで、誰か別の人の体の中に、私の魂だけが入ったようなそんな感覚。

何か分からないのに、誰かが“辛い”と“切ない”と“苦しい”と叫んでいた――。



+++++++++



あまりの痛みに顔を歪めながら目を開く。

意識がはっきりするのと同時に、全身が鋭く痛んでうめき声をあげた。


(なに、これ?)


痛みの原因を考えて思い当たるのは、最悪のシチュエーション。


(もしかして車にはねられた?)


体中を襲う痛みに意識が再び遠のきそうになりながら、これまでのことを想い返す。

学校帰り、家につくなりお母さんに卵を買ってくるよう頼まれて、しぶしぶ制服のまま家を出た。

顔見知りの商店街のおばさんたちに挨拶しながらスーパーへ向かって、横断歩道を渡ろうとしたら急に暗雲が立ち込めて、そのまま……。


(そのまま、どうしたんだっけ……)


記憶に靄がかかったように思い出せない。

ベッドにしては異様に硬いけど、恐らくここは病院のはずだ。

そう思って体を起こそうとしたとき、『誰か』にその肩を押し戻された。


「え……?」

「ようやく起きたか」

「……っ、痛っ!」


触れられたせいで、肩に激痛が走る。

目の前の男は少しだけ申し訳なさそうに眉根を寄せた後、呆れた様子で息を吐いた。


「当たり前だ。そんな格好でいたお前が悪い」

「……?」


何のことか理解できないけれど、口を開くことさえ辛い。

とりあえず目は開けたまま、やたらと端正な顔立ちの男を見つめた。


(芸能人みたいな顔だな……)


透けそうなプラチナブロンドと宝石みたいなブルーの瞳に、意志の強そうな切れ長の眼差し、すっと通った鼻筋、薄い唇と……完璧すぎる容姿に、状況も忘れて惚れ惚れとしてしまう。


(え、もしかして私この人の車にはねられたのかな)


罪悪感から寄り添ううちに恋に落ちるパターンもあったりするのだろうか。

脳内で妄想を繰り広げていると、今度は彼の異様な服装に気づく。


(すっごい個性的なファッション……)


まるでRPGゲームに出てくる勇者のような、今にも冒険に出ていきそうな服装の彼を見つめる。

似合っていないことはない。むしろ洋風な顔立ちの彼には見事にマッチしている。


けれど現代日本で、しかも病院で、こんな格好を真面目にしている彼は相当な変わり者じゃないだろうか。

けれど最近こういうサブカル系の服もはやっていないこともないし、ある意味おしゃれなのだろうか。おしゃれとださいは紙一重だと聞いたことがあるけれど、まさにそうだと思った。


(でもまあ、イケメンは何着てもイケメン。眼福……)


じろじろと黙ったまま不躾に眺める私に、何を想ったのか勇者スタイルの男が神妙な顔つきで口を開く。


「……魔法、使いか」

「……うん?」


一瞬、自分の耳が遠くなってしまったのかと疑ってしまう。

思わず疑問を漏らしてしまった私に、何を思ったのか勇者スタイルの男はもう一度口を開いた。


「魔法、使いなのか」


どうやら私が聞こえないと思ったらしい。

同じ言葉を繰り返した勇者スタイルの男に、口元がヒクリと引き攣る。


(え? いや? 本気で言ってんの?)


勇者っぽい服装もちょっとやばいなと感じていたけれど、いよいよおしゃれでは片付けられない。いわゆる、中二病というやつだろうか。


自分がはねた女子高生に向かって、『魔法使いなのか』なんて、気の動転どころの話ではない。もし彼がイケメンでなければ私は間違いなく今、大声で警察を呼んでいる。


(出会ったばかりの女捕まえて魔法使いはやばくない?)


契約して魔法少女にでもなってくれと言われたらどうしようと思考が駆け巡る。

そこで、はたと気づいた。


(もしかして渾身のギャグとか?)


出会ったばかりの私に恋して、俺面白いんだぜアピールの為の渾身のギャグという可能性もなくはない。そのための勇者スタイルなら納得もできる。


私が勇者スタイルに『なにその服~!』と笑わないを見兼ねて、駄目押しの『魔法使いか?』だったのかもしれない。


判断をしかねて男を再び見上げる。

彼は、私を見定めるように鋭いまなざしを向けていた。


(こ、これは……期待されている?)


不器用すぎるボケに対して、私が鋭いツッコミを入れるのを待っているのかもしれない。


(いや、でも、こんなボケ……なんて突っ込めば……!)


すっかり痛みも忘れて、目の前に置かれた確実にスベるであろうボケに対するツッコミに頭を悩ませる。


(やっぱここは王道が一番だよね)


そして意を決して口を開き……。


「……っ、ぶひっ」


(あ……)


緊張して漏れた鼻息が、息と詰まってそんな音が落ちた。



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