春の言葉@蜃気楼は消え去った

 桜はなぜか人を魅了する。他の花や樹も桜と同じ様に彩りを与えるのに人は桜を特別視する。多くの人が年に一度桜を囲んで花見を行う事からもそれは明らかだ。



「あれ?先輩ってお酒好きですよね?」


 後輩が僕に問い掛けた。

 花見を始めて既に一時間ほどが経過していたのにも拘わらず最初に開けた一本目がまだのが気になったらしい。


「ん?ああ、ちょっとね。気にしないで呑みなよ」


 僕は明確な答えを出さずにごまかした。

 社会人になって五年が経ち、事も無くなったが、それでも春になると追憶が胸を締め付ける。

 付き合いで参加しているが、春だけは騒いで呑む気分にはなれない。


『またよね?』


 あの日、君は最後に振り返らずに言った。


『またね』


 震える声で問い掛けた君に僕は答えではない応えを返した。それはあらゆる願いを込めた一言だった。

 僕らはまだ会えていない。

 君と僕の時間は蜃気楼の様に消え去ったのだろう…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る