背中合わせの会話@壁越しのぬくもり

 コンコン…


「起きてる?」


 男は壁に寄り掛かり、頭の横を軽くノックすると小さな声で言った。


「起きてるよ」


 壁も向こうから女の声が返ってきた。


「…何かあった?」


 女は男に訊いた。


「彼女に振られた…」


「…理由訊いた?」


「他に好きな人が出来たって」


「そっか。…哀しい?」


「泣きそう…」


「好きなだけ泣きなよ」


「失恋で泣くとか女々しくない?」


「ないよ」


 二人は壁一枚を挟み、互いを背もたれにする様にして暫く語り合った。

 出会いはだった。

 学生向けの安アパートの壁は薄く、隣り合う部屋に暮らす者同士の生活音が漏れるのは必然と言えた。

 だが、出会いから数ヶ月が経った現在いまはその壁の薄さがあたたかく、そしてやさしかった。

 壁を挟んで語り合う二人はまるで同じ空間を共有しているかの様だった。

 男は失恋した事を報告し、女はそれを聞いた。

 慰めるのではなく、ただ聞いた。

 二人が時折こうして行うに心の壁はなかった。

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