第八章 救貧院

第761話-1 彼女は女王陛下に提案する

 人口の増加とともに、農村をはじき出された者たちが都市へと流入。また、御神子教会の小教区や修道院と言った受け皿が破壊された結果、貧者を支える者が連合王国では喪失している。


 救貧はこれまで御神子教会の役割りであったが、『聖王会』の設立と、原神子信徒の教会が拡大した結果、特に、商人の多い都市部において施療院や孤児院と言った施設が大いに失われている。


 また、林野に住むなり、浮浪者として暴動に参加する貧者の増加から、社会不安が高まっているという事もある。


 王国との対決と並行し、新しい王宮の建築、海岸線の防衛設備の構築などで父王時代において、王領を売却するなどして王家の財政は困窮しており、その時代においては『働けない者』はともかく、五体満足で『働かない者』は「犯罪者」として捕らえられ、七万人余りが死刑に処せられている。


 それと並行し、『物乞いの禁止』『教区・都市単位での救貧』『不当な非就労者の強制労働』などを王令として定めるに至る。しかしながら、社会の下支えとなっていた小教区教会を解体して、同質的な原神子信徒の教会ばかりとなっている都市において、あまり状態は改善されておらず、不安はそのままとなっている。





 これに対して、女王は教会が設置していた孤児院・施療院に変わる施設を考えるに至る。父王の教会を隣地に持つ王宮の一つを『懲治院』として転用することがなされており、「孤児」を収容、「街娼」の鑑別所として運用されている。また、作業所・病院が設置されている。


 女王はこの『懲治院』を各地に設置することを願っているが、『教区・都市単位での救貧』を「救貧税」として徴収すること、救貧官を設置するなどに対し抵抗がある。納税者には都市の参事会の選挙人資格を与えるなど、受け入れの工夫を為しているものの、未だ途上であると言える。


 救貧官は各州の「治安判事」の元に数名が配され、名誉ある職務であるとされる。徴税官と『懲治院』の監督、孤児の就労の支援を担う役割を与えた。


 この一連の施策を法令化したものを『貧者救済法』あるいは『救貧法』と呼ぶ。このため、『懲治院』ではなく『救貧院』と呼ばれることが多い。





 彼女は女王に提案を行う。


「救貧院にいる子供の中から、資質のある子供を教育し、護衛侍女として育成するのです」

「ん……侍女になるのは、貴族や郷紳の娘の役割りではないか」


 花嫁修業替わりにあるいは、王宮に良い出会いを求めて女王の元に侍女が集まってくる。下女と呼ばれる使用人と異なり、侍女はあくまで女王の身の回りの世話や話し相手となる事が役割りの為、小遣い程度は支給されるが賃金労働を目指しているのではない。


 が、これも女の『護衛隊』のようなもの。賑やかしに過ぎない。


「陛下、馬上槍試合に参加したリリアルの女騎士を覚えておられますでしょうか」

「そこの騎士であろう。顔も名も覚えている。相手も見事であったが、そなたも敗れたとはいえ見事であった」


 灰目藍髪は深々と騎士の礼を取る。王から直接、私的な時間とはいえ賛辞を受けるというのは大変名誉であると言える。


「あなたの出自を陛下に話してもよいかしら」

「はい」


 灰目藍髪は王都にいる騎士の私生児であった。母親は幾ばくかの手当をもらって一人育てていたのだが、やがて他の男と出奔。仕事の間あずけられていた灰目藍髪は、そのまま孤児院の子供になった。


 やがて、微量であるが魔力を持っていることが分かり、最初は『薬師見習』としてリリアルにやってきた。薬師の見習は半年で一期となる。一期生であった灰目藍髪と碧目金髪は、その後教官役としてリリアルに残ってもらい、薬師の育成に協力してもらった。


 その後、魔力量が徐々に増え、なんとか冒険者・騎士として仕事ができる最低限のレベルに達した。年少者しかいないリリアル冒険者組の中で、成人したメンバーを必要としていた彼女が、自分と伯姪の補佐役として抜擢し、また、騎士学校に通わせ一人前の騎士としたのがこれまでの経緯である。


「なるほど。今いる者たちの中で探すのでは不味いのか」

「はい。そもそも、彼女達は護衛隊の従者も含め自らの利益のために側に侍っている者たちです。命を掛けてまで陛下を守る心算は毛頭ないでしょう」


 本当のことなのだから仕方がない。戻るべき実家なり地元があり、そこでの良い待遇を求めて『箔』つけに来ているだけなのだ。あるいは、王宮での顔つなぎから、次の段階に進む人脈づくりあるいは婚活に来ているのである。


 女王もセシルも反論できず黙っている。


「リリアルの子らは皆孤児院出身だな」

「はい。魔力持ちでありながらそのまま放置されている子供を冒険者として育てようとして預かったのがリリアルの始まりですので。元々、魔力持ち孤児院に過ぎないのです」

「……そうなのか……」


 女王陛下は何やら王国に強力な魔術師の集団が生まれたと聞いていたのだが、実際は「孤児院」に過ぎなかったと聞き、正直驚いている。


 魔力持ちの男児は、貴族や軍関係者が才能を認め養子とて引きとっていく。魔力持ち男児であれば、魔術師として有効に活用されるのだ。


 しかし、女児や魔力量が少ない子どもはそのまま捨て置かれる。騎士や魔術師に育てられないと判断したからだ。だが、彼女は魔力の育て方を知っている。自らも実践して大いに増やした実績もある。故に、魔力量の少ない七歳前後の子供であれば、何とでもなると考えた。


 一期生の冒険者組は皆十歳前後である。


「それと、王宮に出仕する年齢では、魔力が伸ばせる時期が終わっています。七歳から十三歳の間が最も魔力を伸ばしやすく、ある程度伸び始めれば成長は十代の間継続します」


 最初から伸びないものは止まるのも早い。それでも、幼い頃から魔力を増やす鍛錬を始めれば基礎魔力が上昇し、成長期も延長できる。それでも十歳過ぎるとかなり厳しいのだが。


「救貧院の子供全員を確認するのか。見つけられるとは思えませんが」

「私は、最初の時は王都の孤児二千人を一人で確認しました。できます」

「「……」」

「わっはっは!! さすがよの。気持ちの強さが違う」


 気持ちの強さというよりも、貧乏性が近い感覚だ。とはいえ、薬師組の女の子たちは、それで探し当てたと言ってもよい。本来なら、冒険者組のメンバーだけでもおかしくなかった。少ない魔力でも育てられると考え、加えたのだが良い判断であった。


「リンデの救貧院だけで良いのか」

「おそらくは。騎士や傭兵で私生児を作って放置するのはリンデの街が多いでしょう。外から人も来ますし、そういった魔力持ちの父親を持つ孤児や捨て子も多いと思われます」


 連合王国においてリンデ以外は都市といってもさほど発展していない。人が集まり増えているという場所が少ないのだ。新しい人間が増えないのであれば、孤児が生まれるような機会も増えにくい。縁戚がある程度あるので、どこかで世話になることも十分ある。無責任な関係も起こりにくいと考えられる。


 仮に、事情のある子どもを産んだとして、その地に留まるよりは人の多い都会に逃げる可能性も高い。木を隠すなら森の中というではないか。

そして育てきれずに捨て子にする。


 あるいは、地方ならそのまま放置して赤子が死ぬのかもしれない。


「その捨て子の面倒を見ろと」

「いえ、その子供たちが陛下に仕えるというのであれば、何人かリリアルで預かり初歩的な手ほどきをしたのち、陛下の元へ送り返そうと思います」

「「「「は」」」」

「いわゆる、留学のようなものです」

「「「え」」」


 彼女以外の全員が驚く。が、冷静な者もいる。


『お前、攫われた王都の子供がいるんじゃねぇかとか思ってるだろ』


『魔剣』の指摘に内心頷く。数年前、王国内に人攫い・奴隷商人がはびこっていたころ、連れ去られた子供たちがいた。もうすでに成人したり死んでいる者もいるだろうが、その関係者が救貧院にいるのではないかと思っている。できれば……連れて帰りたい。元の住処で暮らす事は出来なくとも……例えば、領都ブレリアの街で仕事をするなど斡旋できるかもしれない。いや、是非住民になって欲しい。


 女王はしばし考えた後、セシルに話しかける。


「『救貧院』の視察、明日予定に入れよ」

「は……い、今からでございますか」

「そうだ。明日の予定はすべて中止、抜き打ち検査としよう」

「……承知いたしました」

「リリアル卿も同行してもらうが、問題ないか」

「はい。喜んでお供します陛下」


 彼女は笑顔で女王に応えるのである。


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